33 祝祭に向けて 1
リィンのエスコートで降り立った「狼の門」。
建物は無骨で、屋根の上には大きな黒い狼の像が、まるで侵入者にその資格があるのか見定めるようにこちらを見下ろしている。
魔法や神話を象徴した絵画をあちこちに掲げ、随所に漆喰による装飾が施された魔法学院とは異なり、飾りを一切排除した内装は質実剛健と言った感じだ。
女性がいないということもあろうが、おしゃべりであふれていることもなく、ただ剣戟を振る音と鍛錬の声だけが響く。
そう。女性がいない。ただの一人も。
聞いたところ、教師や事務員ですら男性で構成されているというから驚きだ。
そのような中を私が歩けば言わずもがな。それはもうあちらこちらから視線を感じる。とは言ってもぶしつけなものではない。
仮にも宮廷勤めを視野に入れている彼らは平民であってもマナーも徹底されており、軽く会釈すれば、恭しく礼を返され道を空けてくれる。数多くのロイヤルガードを輩出した名門なだけはある。
「レディ、どうぞお先に」
「レディ、お足元にお気を付けください」
「レディ、扉を支えておきますのでどうぞお通り下さい」
なんというお姫様感!!
悪役令嬢だって、たまにはこういう気持ちを味わったって許されると思うの。
そのような感動に浸っているうちにたどり着いた目当ての場所には、すでに一人の青年が入室して待っていた。紫がかった瑠璃色の髪に菫色の目。20代後半くらいと思われる彼もまた、リィンとは異なる色の制服を着用している。
「以前、一度お会いしましたわね? ティーラウンジで」
「覚えておいででしたか。光栄です、レディ」
リィンに資料を届けに来たとかで、見かけたのだ。
さすが乙女ゲーの世界。モブすら美形だわ。と、感動したのを覚えている。
「「狼の門」の理事を務めております、アーサー・クエイクと申します」
「えっ」
「狼の門」の理事長といえば、ゲームでリィンが士官学校に入学するきっかけを作った人だ。
設定として語られるだけで顔どころか名前すら出てこない人物だが、街中でリィンに助けられるぐらいだから、しわしわのおじいさんだと思い込んでいた。
よくある反応なのか、彼は私の驚きを気にも留めず、
「確か、我が校の生徒の遠征についてお話があると伺っておりますが」
「ええ、領地で行われる祝祭の警備に彼の力をお借りしたいと思い、参りましたの。こちらが、申請書ですわ。わたくしの父、領主のサインも入っております」
警備と言ったが、本当は彼と一緒に領都を歩き回るのが目的だった。
オールドローズはもう獣人を嫌っていないと知ってもらうために。彼には話してあり、僕でお役に立てるなら、と快諾してもらっている。
「――確かに。承知いたしました。許可を出しましょう。リィン、レディをお守りするは騎士が務め。「狼の門」としての一端を担っていることをゆめゆめ忘れず、勤めを果たしてきなさい」
「はい。承りました」
「――あの、「狼の門」に本当に女性はいらっしゃらないのですか?」
門まで見送ってもらう途中、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
この世界で女性は騎士になれないわけではない。たとえば、ブロッサム公爵お抱えの騎士団などは3割が女性だと聞いている。
「ええ、御存じのようにこの「狼の門」は独立独歩の組織。貴族からの寄進は受け付けておりません。故にお恥ずかしい話ではございますが、受け入れたくとも施設を整える余裕がないのでございます」
ようするに女性用の更衣室やトイレを作るお金がない、という訳か。
「でしたら、近日中に神の祝福がございますでしょう」
「レディ、それは……」
干渉を避けるため貴族のお金を受け取らないだけで、無名の寄付については可能だろう。だから、理事長も私もそれ以上は語らなかった。
父と兄の有能っぷりは留まるところを知らず、今や領地の財政は黒字万歳どころではなかった。私も派手すぎて使えない宝石がいくらでもあるし、ローズ名義の土地や農園がいくつかある。足りなければそれを担保にすればいい。
そんな勘定がさらりとできてしまうところに、改めて「ああ、私って侯爵令嬢なのね」と感動する。
実力云々は置いておいて、騎士になる気はさらさらないけれど、この世界で女性の職業選択の幅が広がるならそれに越したことはない。
「……承知いたしました。女神のご期待に沿えるよう精進いたしましょう」




