32 殿下の茶会 2
「やっと口を付けたな」
紅茶を口に含んだ途端、そう言われた。
「今まで俺がいる間は茶にも菓子にも一切手を出さなかっただろう」
「よくご存じで……」
既にこうして謎のお茶会も数回目。
開催の度に肝を冷やしていたが、初回以降、剣呑な雰囲気は特にみられなくなった。気を抜けないことには変わりないけれど、それでも、お茶を飲むくらいの余裕ができただけマシだ。
会話は毎回似たようなもので、殿下が質問し、私がそれに答えるの繰り返しだった。内容はその時々により異なるが、大体学院についてや身の回りのことなどが多い。追放への情報収集かと疑問には思うものの、訊くのが怖いので、話し過ぎず噤み過ぎずのギリギリの情報公開を心がけている。
「それで、お前はその後問題はないか?」
階段から落ちた時のことを告げているのだとわかった。
「はい、わたくしは問題ございません。あの、エリーシアさんのほうはいかがでしょうか」
「特段何も報告は上がっていないな」
ほっと安心した私を見て、殿下が首をかしげる。
「なぜ、彼女をそんなに気に掛ける」
「彼女は編入生ですし、貴族の中では不自由もあるかと」
「まぁ、平民だからな。学院ではいろいろとあるだろう。前の学校でもあったらしい」
もうそういった話をするところまでイベントは進んでいるのか。
彼女が転入ではなく編入だったのには訳がある。魔力が発覚した際、学校が彼女の通学を拒否したのだ。魔力の暴走を恐れて。彼女はただ負傷した友人を慮っただけだと言うのに。しかも、彼女が自宅学習に切り替えているうちに、断りもなく除籍にした。
この学院で彼女が2年から入れたのは、ひとえに彼女の努力の賜物だった。
進行具合で言うならば、もうそろそろシシー様を介さず2人きりで会うようになるはず。
そんな設定を思い返していると、こちらをじっと見つめる殿下と目が合った。
「お前は、彼女と仲が良いのか?」
「悪くはないと思いますが、なぜでございましょう?」
「お前のことをよく口に――……いや、なんでもない」
何か考えているのか、それきり彼は口を開かない。
外に目をやれば、日差しを浴びて青々と茂る葉の間から、競うように花が咲き溢れている。そよ風と共に香りが部屋の中まで運ばれてくる。
もうすぐ夏だ。
この不思議なティーパーティーはいつまで続くのだろうか。




