29 殿下の茶会 1
テラスより初夏を感じさせる風が、壁に這う蔦の葉を揺らしながら入ってくる。
「どうした、オールドローズ嬢?」
だが、私にはそれが地獄の吐息のようにしか感じられない。
「なぜ、そんな死んだ魚のような目をしている?」
私は今、王都のとあるカフェの個室席に殿下と2人きりでいた。
2人というだけでも恐怖なのに輪をかけてこの状況をホラーにしているのが、殿下が猫を被っていないことである。
入室したときから、一人称が「俺」であり、足を組んでふんぞり返っていた。
なぜなのだろう。
扉は閉まっているけれども、廊下には人が待機しており、いつ誰が入ってくるかも分からないというのに。
ゆるゆると不安が這いあがってくる。
もしや私は今日で終わりだから、偽る必要もないということだろうか。
言った内容に後悔はないが、うかつだったのは否めない。
追放を避けるため行動していたというのに、学院のお茶会で煽り、王宮でヘイトを稼ぎ、なぜ破滅への道を自ら歩んでしまったのだろう……。
「どうした、遠慮なく頼むといい」
卓上のメニューを目で指し示している。
いえ、飲まずに帰りたいのです、とは言えなかった。
「ふむ――おい、メニューの上から下までぜん……」
「紅茶をお願いいたしますっ!」
お茶が運ばれてくる。頼んでいないケーキもついてきた。
今にも口から心臓が飛び出しそうなこの状況で食べられるはずがない。
これが最後の晩餐になるのかしら。
爵位の剥奪だけで済むだろうか。勉強については基礎は修了しているが、まだまだ完璧とは言い難い。外国語だって幾つかは生活できる最低レベルまではいったが、あちこちを回ったリィンに比べると心もとない。
「今日は、随分と雰囲気が異なるな」
「申し訳ございません。王宮からのご招待としか伺っておらず、シャーロット様にお会いするものと思っておりましたので……」
「なるほど。子熊を提げているのはその所為か」
腰のリボンに結び付けていたぬいぐるみを殿下の視線から隠す。
「お見苦しいものを。大変申し訳ございません」
殿下が手をこちらに向けて出した。
「あの?」
「シャルにだろう? 渡しておく」
「で、では、お願いいたします」
熊を机の上にのせてそっと押し出す。突然その腕をつかまれた。ひゅっと私ののどが鳴る。
「なぜ、そんなに怯えている?」
そちらが最高権力者で、私がそれに喧嘩を売った大バカ者だからでございます。
などとは口が裂けても言えない。
「以前、殿下に失礼な態度を取ってしまいましたので、その件に関してお咎めをうけるものと思い……」
「失礼な態度――ああ、あのことか。「失礼」というものが理解できない頭だと思っていたが、できるようだな。まぁいい、その件に関しては水に流してやろう」
「か、寛大なお心、感謝いたしいます」
許す、といった割には目が笑っていない。
だが、私の言葉に対して一瞬本当に考え込んでいた。あの事を咎めに来たわけではないとしたら、この方は一体何の用で私に会いに来たのだろう。
「失礼と言えば、あの時俺に言ったな、臣下は国と民を導く王家のためにある、と。今もその言葉に嘘偽りはないか」
「ご、ございません」
射貫くように見つめてくる目が、怖かった。
これではまるで何かの試験のようだ。私は何を試されていると言うのか。
「――そうか、質問ばかりして悪かった。あぁ、そういえばまだ茶も飲んでいないな、欲しいものがあれば追加で頼むといい。俺は用事を思い出した。先に失礼するとしよう」
やっと私の腕が解放された。
よくわからないが、とりあえず助かったらしい。息をつく。
「そうだ、オールドローズ嬢」
殿下が戸口で立ち止まる。
「次は、俺のために着飾ってこい」
一瞥もせずそれだけ言うと、今度こそ帰っていった。
息が止まる。絶望しかない。
「嘘でしょ……。次もあるっていうの?」




