27 魔法学の授業 1
いよいよ魔法の実技が始まった。
一つ、うっかりしていたことがある。
「狼の門」に通うリィンはこの授業をうけていない。つまり、わたしはぼっちなのである。
ひたすらリィンと組んでいたおかげで、今更前の子にお願いしますとは言いにくいし、他の子も1年を経てグループができ上がってしまっている。
もちろん侯爵令嬢の私が頼めば、誰でも受けてくれるだろう。しかしそうすると、今度はその相手の子がはぐれてしまう。
そんな団体の中、一人だけ相手のいない子がいた。
うつむいて佇む姿は、慎ましく咲く花の如く。編入生のエリーシアさんだ。
「――エリーシアさん、良かったら組んでいただけるかしら?」
私がここで彼女以外を選んだら、平民を嫌がっていると捉えられてしまうかもしれない。それだけは避けねばならない。
「あ、あの……」
快諾してくれるのかと思ったが、彼女は手を背に隠し、もじもじとしている。
侯爵令嬢に気後れしているのだろうか。恥じらう彼女は可愛らしいが、このままだと私が虐めていると受け止められかねない。
「さっ、始めましょう!」
「あっ」
やや強引にその手を取り、やっと彼女が躊躇っていた理由が分かった。
さらさらの桜色の髪、ぱっちりとした目に長いまつ毛、紅をさしてもいないのに頬はうっすらと染まり、唇は咲き誇る花のように瑞々しい。彼女はまさに皆から愛されるために生まれてきたという他ない。
だが、その容姿とは異なり、つないだ手は傷だらけで指はかさつき、爪の先はあちこち欠けてしまっていた。
そうだったわ……。彼女は3年前に両親を亡くし、それからずっと一人で生きてきたのだった……。
「申し訳ございません、フォーロマン様! あの、やはりどなたか他の……」
私の沈黙を勘違いしたのか、ひっこめようとする手を慌ててしっかりと握りなおした。
この世界の常識を学びなおしている私は知っている。男女平等、などという概念が存在しないこの国で女性が一人で生きるというのがどれほど大変なことなのか。
「努力なさって来たことがよくわかるわね」
今、私の手の中にあるのは、この不条理な世界で懸命に生きてきた少女の人生の一部だ。恥じることなど何もない。
私は悪役令嬢だから貴女と関わることはできないけれど、どうか幸せになってほしい。それは本当だった。
「――貴女の手、わたくしは好きよ」
そう告げた途端、彼女の顔が一瞬にして真っ赤になった。
「エ、エリーシアさん、どうかなさったの!?」
「え? いえ、あの、えっとわ、わたし……」
心なしか呂律も回っていない気がする。
「大丈夫? 先生をお呼びしようかしら?」
「いえ! 私、元気です! さ、さぁ、始めませよう!」
噛んでるわ。
若干の不安を抱えつつ、彼女の言葉に押され、改めて手を握り合った。
今日行うのは魔力の受け渡し。基礎中の基礎である。こうすることで己の中にある魔力を意識するのだ。
手のひらを伝わって届く何かを体で受け取って、ゆっくりと送りかえす。それがまた、相手から返されてくる。そんなラリーを延々続ける。
エリーシアさんは花束だった。力が送られてくるたびに、花が一輪増えていくような感覚。心なしか香りもするような気が。
なんという圧倒的なヒロイン感。これが主人公の力なのね。
あまりの私との違いに、もはや乾いた笑いしか出ない。
「あ、あの、フォーロマン様?!」
エリーシアさんの驚いた声に目を開けて、私も驚いた。
なんと、私たちを中心に半径2メートルほどの円を描くように、花が咲きみだれている。香っていたのは気のせいではなかったらしい。
「さすが、エリーシアさんね。すごいわ」
私の感嘆の声に彼女が慌てる。
「いえ、私の力ではありません! 今までこんなこと起こったことがありません。きっとフォーロマン様のお力だと思います」
絶対にない。
エリーシアさんだ、いえフォーロマン様です、そんな押し問答を続けているうちに異変に気が付いた教師がやってきて、結局授業は中断となった。




