25 学院の茶会
「ティアット様、フォーロマン様、この度のご招待、ありがとうございます!」
「皆様よくいらしてくださいましたわ、どうぞお楽しみくださいませ」
優雅に、だがてきぱきとシシー様が招待客をさばいていく。
入学して一月というちょうど新緑が香る季節、学院の一角が生徒たちに解放される。お茶会の専用庭だ。
交流という名目で開かれる一見和やかなこのイベント、実のところマウントのとり合いである。子息子女といえど、背負っているものは家名。家と家、プライドとプライドのぶつかり合いだ。
どこどこの家に招待されたなら、それをさらに上回る豪華さで招待し返す、といった具合に見栄は留まるところを知らず、最終的に限られたごく一部の人間だけが、金銭的事情で開くことのできない者、格の低い茶会しか催せなかった者などを憐憫という甘い蜜でのどを潤しながら眺め楽しむことになっている。
去年、ローズもご多分に漏れず財の限りを尽くして催したが、殿下への招待状をことごとくセルジュ様に邪魔されて、結局一人で冷たいお茶をすすることになった。
今年はイベント自体無視しようと決めていたところ、なんとシシー様に共同開催を持ち掛けられた。
確かにこのお茶会、連名で開くことはある。ただし、それは家門の格下の名前を載せることで、主催者の懐の深さを見せつけ優越感に浸るというやはり歪んだものに他ならない。
だが、シシー様にはそれが友情の証と見えていたらしい。きらきらの笑顔で誘われてしまった。天然恐るべし。
公爵令嬢からの誘いを断るなんて当然できず、しかしシシー様の茶会ともなれば殿下を呼ばないわけにはいかず、困った末に考え付いたのが、「殿下に会いたくないなら数を増やせばいいじゃない」作戦である。
つまり、母集団となる学院の生徒全員を招待した。公爵と侯爵、この2つの財力があったからこそできた力業である。
上級貴族からの招待、ともなれば断ることもできない。私のせいで無理やり呼ぶことになるので、せめてドレスコードは制服にしてもらった。
さすがにシシー様はドレスでよいと言ったのだが、お揃いねと嬉しそうに着用されている。まさに天使……。
「すこしこちらでお休みなさって、ローズ様」
「お気遣いありがとうございます、シシー様」
「フ、フォーロマン様、お久しぶりでございます! お会いできてうれしいです!」
「ええ。こちらこそ、お会いできてとても嬉しく思いますわ、エリーシアさん」
シシー様の言伝に誘われ、お茶の席に寄ってみれば、そこにはシシー様だけでなくエリーシアさんもいた。
知っていたら来なかったのに……。
それにしてもリィンルートかと思っていたのに、シシー様とこうしてお茶を飲んでいるということは殿下ルートなのだろうか。確かに、初期であれば、出会いイベントなどいくつかを同時にこなすことは可能だったが……。
それともまさか、逆ハーなの?!
エリーシアさん、そんな可愛い顔して全員囲い込むつもりなの?!
と一瞬思ったが、「恋キン」にそのルートはなかった。各キャラのグッドか共通ノーマルのどちらかだけ。
そういうところも不評だったなと、なんとなく思い出した。
今は単純に彼女のフラグ管理が上手なだけだろう。その内誰かのルートに入るに違いない。念のため兄にもう一度確認しておこう。
「あの、フォーロマン様、その後、御加減はいかがですか?」
エリーシアさんがおずおずと尋ねてくる。
「問題ございませんわ。エリーシアさんのお力は本当に素晴らしいですわね」
私の返答に、ほっとした表情を浮かべる。いちいち可愛いですね、本当ならお友達になりたかったです。
「何かございましたの?」
シシー様が興味津々と言った顔で話を促してくる。それに対してエリーシアさんが興奮気味にあの時のことを説明しだす。
「――私の前に立ちはだかって、身を挺して助けてくださったのです!」
いえ、わりとコントのようにふっとばされた記憶があるのですが……。彼女が語ると、まるでヒロインのピンチに颯爽と現れたヒーローのお話のようになってしまっている。
皆様、記憶を美化しすぎじゃないかしら。お兄様と言いセルジュ様と言い、いつかみんなころっと騙されるんじゃないかと心配になってくるレベルだわ。
「まぁ、そのようなことがあっただなんて。美しく聡明なだけでなく、勇敢な方ですのね、ローズ様は」
鈴を転がすような声でシシー様が笑う。完全無欠の彼女に言われるだなんて、恐れ多すぎて顔が上げられない。エリーシアさん、もう許してください……。
そこへ、もう一人の完全無欠が現れた。
「やぁ、シシー。お招きありがとう」
殿下である。私がセッティングした、特別席という名の隔離席でひとりお茶を飲んでいたはずでは?!
慌てて立ち上がり、深くお辞儀をする私に見倣い、エリーシアさんも礼をする。……帰りたい。
「シシー、麗しき花園に僕がお邪魔してもいいのかな?」
「あら、こちらにいらっしゃる皆様は、いずれもこの国の未来を支えてくださる素晴らしい方々でしてよ。ぜひとも、殿下にも交流を深めていただきたいですわ」
もう一度言うわ。帰りたい。
「オールドローズ嬢、また会えて嬉しいよ」
「わたくしこそ再びお目にかかることができ、光栄でございます、王太子殿下」
「……初めまして、エリーシア嬢。シシーから君の話はきいているよ」
「は、はい。お初に御目もじつかまつります、ユーリウス様」
エリーシアさんの使い慣れてない言葉遣いがキュート。若干かみ気味なところもポイントだろう。
その後、一見和やかなお茶会が続いた。
さすがのシシー様が殿下との話を私とエリーシアさんに均等に振ってくださるので、不敬にならないよう気を使いつつ、私はそれをすべてトスのパスでエリーシアさんに投げた。緊張でほほを紅潮させ、一生懸命しゃべるエリーシアさんはとても可愛らしい。
これは殿下もきたでしょうね。
シシー様も上品で美しい方だけれど、悲しいかな美しい人なら見慣れているのが殿下である。エリーシアさんのようなうぶな可愛さに興味を持ってしまうのも男なら仕方ない、とは浮気男の言い分で納得なんぞできるわけがないが、まぁそうなってしまうのだろう。
そんなことを考えて気を紛らわせつつ、なんとか恐怖のお茶会をつつがなく終わらせた。
その後、兄に改めて確認をしたところ、彼女とはほとんど言葉を交わしていないことが分かった。やはりレオ様ではない時点でルートは消えていたのだろう。
そして、なんとリィンともあの出来事の後、進展はなかったらしい。案内どころか、リィンはエリーシアさんに男たちの特徴を確認し、犯人確保に街を駆け回ってくれていたらしい。ありがとう、リィン。
となると、やはり殿下ルートで間違いない。ある意味、天は私に味方したと言ってもいい。
殿下ならほぼ関わってないし、今後も関わることは絶対にない。そして、お兄様とリィンとは友好な関係を築き続けられる。セルジュ様は殿下ルートの登場人物だが、一応私の誤解は解けているらしいのでまぁ大丈夫だろう。
この世界に目覚めて、はじめて私は神に感謝した。




