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24 街で

「少し早めについてしまったわ」


今日は護衛の訓練も兼ねたリィンと街でお買い物をする予定だった。

ただ急用が入ってしまい、急遽侍女に伝えて時間をずらしてもらったものの、結局早々に終わり本来の時刻に間に合ってしまった。

何をして時間をつぶそうか思案していると、なにやら争う声が耳に入ってくる。


「なにかしら?」


聞こえてきた方角、細い路地を窺えば、1人の少女と男性2人がなにかもめている。

立派な体躯の男を前に、怯まず何かを訴えている少女の髪は淡く金の混じった桜色。腰までのサラサラのストレートヘアに白いカチュームが良く似合っている。そして、金色の目。

間違いない。ヒロインだわ。

更にこの光景には見覚えがある。これはリィンとの出会いイベントだ。

やはり、ゲームの通りに話は進んでいるらしい。仲良くなれたと思っていたけれど、みんな最後には、対立することになるのだろうか。

そう考えると胸がチクリと痛む。

だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。

ハラハラと見守る私を前に男たちはヒートアップしていく。

おかしい。もうそろそろリィンが出てきてもいい頃ではないか。颯爽と現れ、姫を守る王子のように華麗に悪漢を撃退するはず……。

一歩も引かないヒロインを前に男たちはかなり激高している。

だが、リィンは全く現れる様子がない。

ふと、嫌な予感がした。

私、待ち合わせの時刻を1時間ずらしたわ……。本来ならここにリィンがいて、ゲーム通りの展開になっていたはず。しかし、私が予定を変更したおかげで彼はまだ「狼の門」にいるのだとしたら……。

青ざめる私の目に、手を挙げる男が映る。大きな手がヒロインに向かって振り下ろされる。

とっさに体が動いた。


「エリーシアさん!!」


瞬間、鼓膜が破裂したんじゃないかと思うくらいの衝撃と音に襲われる。体が壁にたたきつけられ、肺が悲鳴を上げた。


「フォーロマン様?!」


エリーシアさんの悲鳴が辛うじて聞こえた。

私じゃ撃退できないから早く逃げて、と言いたいのに、相当の衝撃だったらしくうまく口が回らない。

たぶん軽い脳震盪を起こしているのだわ。それに血の味がする。歯を食いしばらなかったから、切れたのかもしれない。

エリーシアさんが駆けよってくる。私を助け起こした。

そうじゃないのよ、逃げて。そう言いたいのだが、やはり話せない。

だが、私の不安をよそに男たちは突然現れた私を呆然とみていた。


「フ、フォーロマンって……まさか」


彼女の言葉で、絶対に手を出してはいけない相手に喧嘩を売ってしまったことに気が付いたらしい。そこに、


「ローズ様!」


約束の時刻よりも早くリィンが現れた。士官学校の制服に帯剣をしている彼をみて、男たちが我先にと逃げだす。

リィンは二人を追おうと走り出しかけたものの、私たちを思い出したのかすぐに戻ってきた。


「馬車を呼んできます。エリーシアさん、しばらくここをお願いします」


私の様子を見て言うが早いか、大通りへと姿を消した。


「フォーロマン様、お顔に触れることをお許しいただけますか?」


うなづく私に、エリーシアさんがそっと触れる。温かい光が広がり、一瞬にして痛みが消えた。痛みだけではない、めまいも耳鳴りもすべて。

これがヒロインの癒しの力……光の加護。


「……ありがとう。エリーシアさんは本当にすごいのね」


「あの、私をご存じなのですか?」


「え、ええ、とても優秀な方が編入されたと伺っていたから……」


「私の力など大したものでは……。私の方こそ、フォーロマン様のお話はいろいろと伺っておりました。お名前を憶えていただいてたなんて、本当に光栄です」


確かに、主人公は入学と同時にさまざまなローズの噂を耳にする。

いわく、ある獣人にドレスを汚されて退学にさせたとか、いわく、位の低い貴族を召使のように扱っているだとか。まぁ、ゲームではすべて本当のことだったけれど。

やはりシナリオ通りにストーリーは進行しているらしい。リィンは退学になっていないが、それに代わる黒い噂がのぼっているのだろうか。

落ち込む私に彼女がほほ笑む。


「こうしてお会いして実感しました。まさにお噂通りの方だと。ですが、そのような方をこのような目に遭わせてしまい、お詫びのしようもございません。大変申し訳ございませんでした」


「わ、わたくしが勝手に飛び出したのだから、エリーシアさんは何も悪くないのよ」


地に額をこすりつけんばかりの謝罪に慌てる。

ですが、と渋る彼女の腕を引っ張って無理やり立たせた。


「それよりも、いったい何があったというの?」


「露店で目の悪いおばあさんにお釣りを少なく渡そうとしていたのです。それに抗議したら……」


やはりヒロインらしく設定どおりの性格。騙されている人を見過ごせなかったのだろう。


「そう。とてもお優しいし勇敢なのね。けれど、次からは周りの人も頼らなくてはだめよ。まぁ、わたくしが人のことを言えた義理ではないのですけれど……」


そこへ、馬車が到着したとリィンが戻ってきた。

さすがに今日はこのままのんびりお買い物というわけにはいくまい。ドレスも汚れてしまったし。


「ごめんなさい、リィン。お買い物はまた改めてでいいかしら」


「もちろんです。……失礼いたします」


抱えあげられた。お姫様抱っこで。

慌てる私と幾重ものスカートも合わせて相当な重量だろうに、リィンの体幹は全くぶれることがない。エリーシアさんに治してもらって歩けるからとの抗議も聞き入れられず、馬車まで運ばれた。服越しでもリィンの体がかなり鍛えられているのが分かる。

私を気遣ってだろう、馬車が普段よりもゆっくりと走り出す。窓からはこちらを見送る二人が見える。角を曲がって見えなくなるまで、彼らはずっと頭を下げ続けていた。並んでいる二人はとてもお似合いだ。

この後リィンは彼女に街を案内するのだろうか、ゲームのように。


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