23 ナイトスター邸の茶会
昼間ということもあり、淡い色のドレスを選ぶ。
ふくらみを抑えて波打つ平織りの絹生地の裾には白いレース。さらにその上からドレスの共布で作った小花が、輪のように広がっている。幅広の装飾帯もまた同じ生地で、髪の毛には白いリボンを入れて捩じりあげ、片側に垂らした。
コルセットにはいまだ慣れないけれど、前の世界では縁がなかったこういうきらびやかな衣装は、たまに着る分にやはりよいものだ。
「――今日も美しいよ、俺のローズ」
兄がそっと私の手に紳士の口づけをする。
そしてそのまま耳朶をくすぐるようにたった一言、耳元で囁く。大人の男の色香漂う、蠱惑的とも言える笑みに固まってしまう。
兄のスキルも日々上達していて恐ろしい。
以前、女の子が勘違いしちゃうからそういうことを言うときは気を付けてねと言ったら、お前にしか言わないから大丈夫だよと返ってきた。
……レオ様がここにいます。フラグ折ったはずなのに……。
「ようこそ、オールドローズ様!」
「お招きいただきありがとうございます、セ、……ランダストン伯爵夫人……?」
案内された庭で出迎えてくださったのはセルジュ様、ではなく別の女性だった。
以前、姉がいると教わっていたので、彼女がその人と思われる。
栗毛と髪こそ違う色だが、目は同じく鮮やかな青。顔だちもセルジュ様とは少し異なるものの、美しいことには変わりない。生命力に満ち溢れ、華がある。
咄嗟に名前が出ず尻すぼみになってしまったのに、彼女は気に掛けた様子もなく、
「まぁまぁ、夫人だなんてそんな他人行儀な。よろしければ、ルイザとお呼びくださいな。お義姉さまでも構わなくってよ?」
「……は、はい?」
「ところで、弟の事はどのくらいご存じかしら? 身長と体重はお知りになりたい? ああみえて剣も魔法もそこそこ使えますから、結構頼りがいがございますのよ? どうぞ安心して街歩きにでも連れまわしてやってくださいな! それから趣味はご存じ? 情趣を解さない男ですので、あまり甘い言葉は期待できないかもしれませんけれど、詩は嗜んでおりますから鍛えればなんとか――って、っちょ、ちょっとセルジュ! わたくしまだローズ嬢とお話のとちゅ」
私が返事をする前に、すごい勢いでどこからかセルジュ様が飛んできて夫人を連れて行ってしまった。いったいどういう反応をすればいいのかわからない。今のはナイトスター流のジョークなのだろうか。
そもそもなぜ、お姉さんがいらっしゃるのだろう。
挨拶をするタイミングを失った兄もぽかんとしている。
「大人気ですわね」
「シシー様!」
くすくすと品の良い笑い声に振り返る。
淡いオレンジ色の髪に知性を感じさせる灰色の瞳。若草色の落ち着いたドレスがとてもよく似合っている。
昼の催しにしては一見地味だが、花の部分にパールを用いた共色の刺繍――シロツメ草だろうか――が丁寧に施され、ふんだんに重なったフリルと袖の白いレースから覗く金の縁飾り、同じモチーフの髪飾りに至るまですべてが一級品だと見て取れる。
さすが公爵家。王家に次ぐ資財を誇るだけのことはある。
特にシシー様が領地経営の手助けをするようになってから、益々の隆盛を誇っているというのだから、この方は本当に優秀なのだろう。
……よくこんな方と張り合おうとしたわね、ローズ。
「失礼いたしました。わたくし、フォーロマン家の娘、オールドローズ・フォーロマンと申します。どうかお見知りおきを」
「同じく、長男のフリード・フォーロマンと申します」
「まぁ、ご丁寧に。ええ、存じていてよ。シシー・ティアットですわ。お二人とも侯爵からお噂はかねがね」
シシー様が思い出したようにふふっと笑う。
父に何を話したのか後で問い詰めようと心に刻んでおく。
「わたくし、オールドローズ様とお話ししたいと思っておりましたの。お会いできて嬉しいですわ」
兄がこちらをうかがうので、大丈夫だと目配せする。
優雅に挨拶するとそっと離れていく兄を見送り、
「素敵なお兄様ですわね。わたくし、一人娘ですから羨ましい。オールドローズ様のお噂、いろいろと伺っておりましたのよ。学院では学年も異なりますし、なかなか切っ掛けがなくて……ふふっ、セルジュ様に感謝ですわね」
おっとりと微笑する。
本当にすごい方だ。
ローズは、デビュタントでこの方を押しのけて殿下にダンスをねだるという暴挙に出た。相当の屈辱だったはず。
なのにその際、レディーに祝福をと言ってローズにファーストダンスを譲った。
今も、そんなことなどなかったかのように穏やかに私と話をしている。
「オールドローズ様、恥ずかしながら、わたくし友人が少なくて……あの、もしよろしければ、お友達になっていただけないかしら」
少し恥ずかしそうに、シシー様がほほ笑む。
もともと上品で穏やかな顔だちのかただが、泣きぼくろに少し垂れ気味の目と相まって一層柔らかな雰囲気になる。
友人が少ないのは王妃教育でそのほとんどを学びに捧げているからだろう。それに加えて領地にも目を配っているのだから、その有能さには頭が下がる。
攻略対象でもなく、危険人物でもない。そして殿下ルートのラスト、他人の幸せを心から祈れる人の好さ。
そんな方からの申し出、もちろん断るはずがない。
「光栄です」
「まぁ、本当にうれしい!」
私の方が格下なのに手を握って感謝された。
本当にいい人すぎる。天使がここにいる。
シシー様が何かに気づいたように扇を口元に広げ、楽しそうに笑う。
「先ほどから、セルジュ様がこちらを気にしておられますわね。わたくしとしたことが、主催者をないがしろにするなど、品位にかけてしまいましたわ」
そう言うと、私に一礼して、セルジュ様のもとへ向かう。何か少し言葉を交わしたと思えば、向こうにいる兄の方へ行ってしまった。
代わりに、ものすごい勢いでセルジュ様がやってくる。
「ローズ嬢、よく来てくれた。その……今日もとても美しいな。貴女を目にして私の心にもようやっと春が訪れたようだ。貴女の存在こそが、この私に限りない喜びを与えてくれるのだと今ならわかる。私もまたこの庭に舞う花片のように、少しでも貴女の心に積もることができればよいのだが……」
先ほどの夫人の言葉を気にしているのか、今までにない長文がきた。
助けを求めて兄を見遣ると、なんとシシー様と夫人にブロックされていた。
夫人に至っては、こちらに向かってなぜかこぶしを突き上げ親指を立てている。
どういう意味なの……?
「ローズ嬢、こちらに」
セルジュ様に紹介したい場所があると案内されたのは、かぐわしい香りに満ちた見事なバラ園だった。
園へとつづく小径、そこをぐるりと囲むようにあざやかな新緑のつるがからみついて天蓋となりつつあるアーチでは、のばした枝の先々でとおるものに挨拶するかのごとく淡いピンクのバラが花弁から黄色い蕊をのぞかせており、進んだ先でも案内役をかうようにあざやかな大輪がとぎれることなく灌木をつないで噴水のように顔を出し、見渡す限り天と地の両方をあらゆる色で覆いつくしていた。そして、あたり一面にただよう砂糖漬けのフルーツとわずかにスパイスを思わせるしっとりと濃厚な香り。
咲き誇る、そのすべてが古い品種の薔薇。
バラがもっとも美しく見えるよう空間にいたるまで計算され尽くした庭はどこまでも華やかで、それでいて見事に調和しており、庭全体が荘厳な教会に飾られる一枚のフレスコ画を思わせた。
「貴女に見てもらいたくて、冬の間に庭師を手配したのだ。間に合ってよかった」
セルジュ様がはにかむ。
まぶしいわ。美形は何をしてもまぶしいわ。
このすごい花園に負けない雰囲気のセルジュ様の存在が改めてこわい。帰りたい。
「ま、まぁ、わたくしのためにですの……。公爵家の庭に、このようにわたくしと同じ名の花を植していただけるなんて光栄ですわ」
「本宅には池の離島に東屋があり、そこから見るバラ園もまた格別なのだ。ぜひ招待したい」
「まぁ、光栄ですわぁ……」
実家とか絶対行きたくない。
だがこういう時にさらりとかわせる技術を私が持ち得ていない。その後も続いたセルジュ様のよくわからない数々のご招待に対して、ひたすら私は同じ言葉をただ繰り返すしかなかった。




