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Side : リィン

「本日もありがとうございました。失礼します」


挨拶をして、退室する。そのままエントランスを後にして、研究所を出た。

自身は何も変わっていないのに「狼の門」の制服を着用したと言うだけで、門兵から研究員に至るまですべての態度が軟化した。この国の身分制度とは実におかしなものだ。

うららかな春の日差しに目をやって、ふと昼食を食べ損ねたと思いだす。

数か月に一度のこの術のかけなおしは非常に面倒だが、奨学金の条件でもある。これからますます忙しくなる。致し方ない。

人目を引きにくくし、色も変化させると言ってかけられた術。

守るためと言われたが、それは建前で実際にはこちらの居場所を常に把握しておきたかったのだろう。

学院には殿下も通っている。その側を自分のような者がうろつくのは不安なのだ。

魔術とは、魔石や陣などの媒体のみで発動させるもの。そのため、大掛かりなものになればなるほど相応の材料が必要になり、手軽に使えるものではなくなる。

それでも属性という制限がない分、幅広い応用が期待され、渡り歩いたどの国でも研究が進んでいたが、まだ貴族制度が残り、戦でも魔法が主流のこの国ではあまり使われていなかった。

言い換えるなら、自分はていのいい実験体である。

それでも、思っていたよりは効果があるらしく、近づかない限り教室などでも気取られない存在でいられたのは有難い。

ただ一人だけ、術が効いていないことを除いて。

彼女のことは研究員たちには話していない。

憶測ではあるが、魔術はあくまで魔法の亜種、下位でしかない。強大な力をもつ者にはそれ相応の強さでなければ、通用しないのだろう。

ましてや、彼女は2つの加護を持っている。なおさらだ。


「……ローズ様」


愛しい響き。

心の中では何度もそう呼んでいたが、先日、思い切ってその許可をとった。

学院の門の前、ラサの花に囲まれ静かにたたずんでいた姿を思い出す。

まさに女神そのものだった。

風に舞い、彼女の髪に、頬に、存在を祝福するかのように花が降り注ぐ。手に触れるので精いっぱいだった自分よりもなお近く、彼女に許されている花片に嫉妬すら覚えた。

風が吹く。全てを巻き込んで舞い上がる。

街中のラサは先日の花嵐でほとんど散ってしまった。これからも季節は廻り、いずれまたラサの咲く時期がやってくる。何度も目にすることになる。

それでも自分はあの日のあの景色を生涯忘れることはないだろう。


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