Side : セルジュ
「フォーロマン卿、訊きたいことがある」
アスター領からの帰路、向かいで肩にもたれて眠る少女を大切そうに見守る男に尋ねた。
疲れが残っているのだろう、かなり頑張っていたが揺れるたびにあちこちに頭をぶつける彼女を見かねて、少し休むよう勧めた。普通はそう申し出があっても眠らないものだが、あっという間に熟睡してしまった彼女には重ねて驚かされた。
「なにか?」
「オールドローズ嬢は、本当にあのオールドローズ嬢なのか?」
「……意味が分からないのだが」
うまく言葉にできない。
「私の知っている彼女と違う」
「知っている、とは?」
「高慢で無礼で無教養でマナーも何もなっていない――」
「何か嫌なことをされたのか?」
「……いや、直接受けたわけではないが、デビュタントを見た。酷いものだったぞ。それに、流布されている言動も誉められたものではない」
「この子は体が弱くて、ずっと一人だったそうだ。母親は彼女を産んですぐにこの世を去り、父親は仕事で忙しく、それゆえベッドの上以外を知らず、友もなく、貴族に必要な教養もデビュタントの半年前にやっと学ぶことができたらしい」
体が弱いとはきいていたが、そこまでとは知らなかった。友人がいないのもあの性格ならしかるべきだろうと思い込んでいた。
彼女が初めて社交場に出た時のことを覚えている。
威圧的な口調に、教養もなくマナーもなっていない態度、とんでもない令嬢がいたものだと目を見張ったが、自分もデビュタントのとき緊張のあまりしでかしてしまった愚行を今更ながら思い出した。
「私の噂を知っているか?」
フリードが訊ねる。世俗に疎い私でも、いくつか不道徳な話は耳にしたことがある。それを言うべきか迷った。
「すべて嘘だ。だが、流れた。おそらく、侯爵家をよく思わない連中がまいたんだろう」
「つまり、オールドローズ嬢についても同じだと?」
「全てがとは言わない。私を立てるために、自ら汚名を被ったこともあるだろうからな」
「どういうことだ?」
「私が養子だということは知っているな?」
もちろん、と返した。
「私は義父のお眼鏡にかなわなかった。そのために、再度家を出される予定だったのだが、水面下で私を残すべきだとずっと訴えていたそうだ。義父の前でローズは宣言した。義兄の方が優れており、自分には能力がないのだから家を継ぐべきは義兄だと。最後には子供を物のようにやり取りするなと義父に説教していたくらいだ」
その情景を思い出したのか、フリードが笑う。その表情から彼が妹を心の底から大切に思っていることが見て取れた。
「つまり、今までの彼女の愚行は、お前をかばっての演技だったと?」
「ああ。世間知らずなお嬢様が必死に考えた策だったのだろう。そして、私が家に残れるようになり、この子も自分を偽る必要がなくなった」
にわかには信じがたい話だった。だが、ある時を境に今までがウソのように彼女が変わったのをこの目で見ている。
平民にも、対等に同じ目線で話そうとするあの姿が本物であることは、一緒にいてわかった。
労働は下品な行為であると今でも考えている貴族は多い。料理など貴族の令嬢なら恥ととってもおかしくないものだ。なのに彼女はアスター家で年かさの下働きを慮って手伝いすら申し出ていた。しかも普段からそういう行為をおこなっているのだろう、酒の肴はずいぶんと手馴れていて美味しかった。
有名だった獣嫌いも、祖父の仇なら理解できる。そうした上で学園で実際に会い、己の認識を改め、彼とは友となることを選んだのだろう。
成績もいつの間にか上位者として名を連ねている。信じていなかったが、彼女に紹介した家庭教師からも報告を受けていた。
知識に偏りはあるものの、とても努力家で勤勉な人物であり、噂の令嬢とは似ても似つかない、と。
「私の目も曇っていたということか……」
学院では、殿下に挨拶をしようとしたオールドローズ嬢をうつつをぬかす馬鹿な女だと思い込んで、殿下に近づけてはならぬ、と彼女の言葉も聞かず全てすげなく追い返していた。思い返せば、何度も訪れたのは、入学したのだから礼儀にのっとり臣下としての挨拶をすべきだと考えていたからだろう。
さらに、訪問しなくなっても何か企んでいるに違いないと事あるごとに彼女につっかかってしまった。だが、その度に彼女は怒りもせず静かに言葉を返してくれた。
それどころか、己の至らなさを認め私に頼ってきたことすらあったというのに、私は疑って彼女にわざと上等教育の教師を紹介した。彼女には到底理解できないだろうと踏んで。
「つくづく己が恥ずかしい……」
己の浅ましさが悔やまれる。
私が紳士にあるまじき無礼な態度であったにも関わらず、彼女は常に――本物の淑女だったのだ。
目の前ではフリードが彼女の目にかかった髪をすくってやっている。わずかに触れた指がくすぐったかったのだろうか、口元を少し緩ませると彼の胸に甘えるようにほほを寄せていた。
今、そのように触れられる彼をうらやましいとすら思ってしまう自分を私は否定できなかった。




