表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/137

18 アスター男爵邸での出来事 4

「つまり、アスター男爵は貴方の後見人にとおっしゃってるの」


朝、リィンを散歩に連れ出したその先で、昨晩相談された男爵の言葉を伝えた。

後見人と言っているが、実質、後継者だ。

獣人の、それこそ貴族でもない、何の血の繋がりもない者を指名するには相応の根回しが必要となる。その準備期間としての後見人だった。

ゲームでリィンが入学する「狼の門」。騎士を育成する士官学校は国内にいくつもあるが、ロイヤルガードへの切符を手にできるのはここだけだ。

もちろんここで優秀な卒業生となるリィンは最終的に王族直属の近衛となり、剣に長け、魔法をも華麗に操る稀代の騎士として名を馳せることとなる。それは、爵位こそないが、それに次ぐ地位とそれ以上の名誉だった。

が、私が追い出さなかったお陰で、リィンは魔法学院所属のままだ。

もちろん優秀なため、このままいくと王立研究員の職などに就けるかもしれないが、それはやはり騎士とでは天と地ほどの差がある。

これは彼の人生を捻じ曲げてしまった罪悪感をもつ私にとっても、ありがたい申し出であった。反対すると思ったが、セルジュ様もこの件に関しては非常に協力的だった。


「リィンさん、よく考えて。強制はしないわ。でも、あなたにとって悪い話ではないと思うの」


爵位はそう簡単に得られるものではない。この世界では、奇跡に近い成功でも納めない限り身分は一生変わらない。

男爵の言葉を伝えた後、何かを考えるようにリィンは黙ったままだった。

すぐに決められるものではないし、急ぐ話でもない。話題を変えようと殊更明るい声を出す。


「そういえばリィンは、昨晩なぜわたくしがお二人のことを見えると、聞こえていると思ったの?」


私の意図に気づいたのか、リィンが話に乗ってくれる。


「なぜって、フォーロマン様は、月の加護を持ってらっしゃいますよね」


「えっ?」


重ねて言うが、私が持っているのは土である。生まれてすぐに魔力と加護の検査を中央教会から受けているので間違いない。加護が途中で変わるというのを聞いたことがないし、リィンの勘違いではないだろうか。

そう告げると、


「僕には僕と同じ力しか分からないのではっきりとは言えませんが、月の加護があるのは間違いありません。だとするなら、フォーロマン様には2つの加護があるということです」


それこそますますおかしな話だった。古今東西、歴史に2つ以上の加護を受けた者は存在しない。この世に生を受けた瞬間、その命に神からの祝福として刻まれるのが加護なのだから。猫じゃあるまいし、複数もつなどありえない。逆に加護なしに存在する魂もまたあり得ないのだ。


「それなら、わたくしにも貴方と同じようなことができるのかしら?」


「……いいえ、多分、力の種類が異なるかと。僕にできるのは、ほんの一時、運命を縒り合わせることだけです」


残ってさえいれば、とリィンは続ける。それがおそらく彼が昨日おこなった、亡くなった人の意識を呼び戻すという魔法なのだろう。


「僕も伺ってよろしいでしょうか? あの日、食堂で僕は顔を上げることができませんでした。手が震えました。運命をほどくほどの力、それまで同じ教室で授業を受けていたこともあったのに、欠片も感じとれませんでした。どうやって、隠しておられたのですか?」


全くリィンの話す意味が分からない。運命をほどくとはどういうことだろうか。

何かの間違いだと笑い飛ばそうとして、ふと気が付いた。

リィンは食堂で会ったとき、初めて私の加護を知覚したと言っていた。あの事件、私が前世を思い出したあの瞬間に……。

だとするなら、前世の記憶を取り戻したことが、リィンの言う月の力に何か関係しているのだろうか……?

――……だめだ。

そもそも加護というものが、教会からそう教わっているだけで具体的にはわからない。

しかもその教会の、年に一度の訪問での説教すらローズはまともに聞いていなかった。神様や精霊が存在する世界で、見えない力の真実など私にわかるわけがない。

ましてや、実は前世に目覚めたからかも、なんてリィンに言えるわけがない。

良い言い訳が思いつくまでこのことはなかったことにしましょう。ええ、そうしましょう。


「あの、わたくしにもよくわからなくて……。だから、みなさんにはわたくしの加護のこと、秘密にしてくださる?」


「わかりました。フォーロマン様がそうおっしゃるのなら」


再び沈黙が訪れる。やがて、下を向いたままぽつりぽつりとリィンが話し始めた。


「……僕はずっと思っていました。運命が最初から決まっているのなら、抗うことなど無意味だと。ただ流されるままに生きていけばいいのだと」


「リィンさん……?」


「学院に入るよう言われたときも、物を隠された時も、どんな時も、いつも仕方ないって思っていました。きっとこれが運命なのだからって。ずっとそう思っていたんです……」


リィンがはかなく笑う。

だ、大丈夫かしら。なんだか少し病んでない? ゲームでは闇落ちエンドなんてなかったはずだけれど……。

もしかして、やっぱり私の気づかないところでいじめが続いていたのかしら。私のフォローが足りなかったのかしら!?

パニックになる私と何か考えこんだ様子のリィン。お互い無言のまま、ゆっくりと歩き続ける。

そろそろ朝食の時間だと思い、帰ろうかと促そうとしたとき、彼が顔を上げた。

こちらをじっと見つめる。


「――アスター男爵のご厚意、僕にとっては身に余る光栄で、大変ありがたいお話です。ですが、謹んで辞退させていただきたく存じます。今回のことで、改めて自分の弱さを知りました。もう、何にも負けたくありません。胸を張れるよう、しっかりと自分の足で立ち、前に進みたいのです」


揺るがないまっすぐな瞳に、下心を持っていた自分が恥ずかしくなる。

私がおぜん立てなぞせずとも、リィンならきっと立派な人物になるに違いない。

男爵にリィンの言葉を告げると、やはりと最初から予想していたような反応だった。そもそも私から話すようお願いされたのも、彼が断わりやすいようにとの配慮だったのかもしれない。

ようやく荷物がまとまり、帰る準備が整った日の午後、アスター卿に見送られて私たちは屋敷を後にした。アスター卿はまるで孫に会ったおじいちゃんのように私たちとの別れを惜しんでくださった。

帰り道、なぜか我が家の馬車に兄と私とセルジュ様が乗ることになった。ここから学院寮と領地とでは方向が違い、ナイトスター領とフォーロマン領は同じ道だからと。

セルジュ様にナイトスター家の馬車を提示され、リィンは青ざめていた。

セルジュ様は遠慮しなくていい、と言っていたが、あれはそうではなくてドン引きしていたのだと思う。確かに小型だが、それでも豪奢さはフォーロマンのものに引けを取らない。我が家なんてよそ行きのいいものを選んで乗ってきたのに。

こんなところにも公爵と侯爵の格の違いを見せつけられる。改めて絶対にかかわらないでおこうと決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ