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16 アスター男爵邸での出来事 2

「わが父とアスター卿は古くからの知り合いであり、父は領地から離れることがかなわぬ故、私が代わりに見舞いに来た次第だ」


まぁ、そうなのですね、嬉しい偶然ですわぁ、とセルジュ様の説明に棒のセリフで応えて、屋敷に入った。

今、アスター卿の相手をお兄様に任せて、私とリィンは屋敷中を見て回っている。

アスター卿はとても穏やかな雰囲気の方で、こけてはいたが顔には笑い皺が刻まれ、人の好さがうかがえた。若いころはさぞやもてただろう。

ベッドの上から申し訳ないと謝りつつ私たちの来訪にも感謝の言葉を述べてくださった。


「幸せな場所ですね。柔らかな想いに満ちています」


リィンが目を細める。

静かに療養したいと使用人は3人しかいないらしく、しかも夜には帰ってしまうらしい。廊下には私たちの足音だけが響いている。

建物はこぢんまりとしており、だがここにいた者を思いやった作りがさまざまに見受けられる。

2階はどの部屋からも庭を眺められるようになっているし、あちこちを歩き回れるよう、すべての廊下と部屋には手すりがついていた。大きな窓からは季節を感じられ、冬には暖かさを逃さぬよう大き目の暖炉が設置されている。たくさんの飾られた風景画は、屋敷にいながら様々な場所へ思いを馳せることができる。

術の準備のために部屋に戻ったリィンをロビーの長椅子で一人待っていると、


「今度は何を企んでいる」


セルジュ様に声をかけられた。私が悪役令嬢だからだとしても、この嫌味の回数はいかがなものかと思う。


「企むなど、ナイトスター様は何か誤解をなさっているようですわ」


この小姑が、と心で毒づき、ほほほ、と顔はわらってみせる。彼の挑発に乗ってはだめだ。


「なぜ、彼をつれてきた」


「申し上げたはずですわ。彼ならば、亡き奥様とご長男の言葉を伝えられると」


術については簡単にだが説明したはずだ、リィンが。なのになぜ私に突っかかってくるのか。


「異民の扱いも手慣れたものだな」


「彼は友人ですわ。今の言葉は訂正なさって」


「友情という名の施しは、さぞ気分がいいことだろう」


さすがに言葉が過ぎるのではないだろうか。彼にここまで言われる筋合いはない。


「耳付きなどと散々罵っておきながら、厚顔も甚だしい!」


「やめてください!」


いつの間にか戻ってきたリィンが大声を上げ、セルジュ様との間に割って入る。


「フォーロマン様が獣人を嫌うのは仕方がないんです! 先代の侯爵が亡くなられたのは獣人のせいですから!」


リィンの告白にセルジュ様が言葉を失う。

私も初耳だ。父から聞いたことはあったのかもしれないが、少なくとも覚えてはいない。

……いや、そういえば、幼いころ、父が祖父の肖像画に向かって告げているのを何度か目にした。何のことを話しているのかまでは分からなかったが、ただ、父が苦しんでいる原因が獣人だというのは幼心にも理解できて……まさか、それが原因でローズはずっと獣人を毛嫌いしていたのだろうか。


「何を言っている。フォーロマン侯が亡くなったのは病のはずだ」


「いいえ、なぜ伏せられているのかは知りませんが、侯爵は殺されたのです。隣の領主に買収された獣人が犯人だと、当時亜人狩りが貴族によって行われました。僕たちの間では有名な話です。でも結局犯人は見つからなかった。誰もが口をつぐんでいました。もし犯人がいれば、獣人は全員処刑されてしまうかもしれない……」


確かに、この世界は、身分による命の価値がはっきりと線引きされている。私たち上位貴族が平民を殺しても無罪にすらなりうる一方、下層階級の者が貴族を手に掛けたとなれば、どんなことになるか。

それに今でこそ亜人は平民のくくりだが、昔はもっと地位が低かった。ならば、誰もが口を閉ざすのも無理はない。

おじい様と争っていたというその領主も、確かおじい様が亡くなってから1年と経たないうちに病で没したときいていたけれど、因果応報だったのね……。こうなると本当に病かすらも怪しいけれど。

結局父に確かめるのを忘れていたが、自領で獣人をほとんど見かけなかったのはそのせいなのかもしれない。また領都を歩き回るとき、父が口を酸っぱくして護衛を必ずつけさせたのもそういう過去があったからなのだろう。


「利用していたのは僕の方です。フォーロマン様の優しさに付け込んで、この方といれば他の貴族から手出しされずに済む、そう思って打算で……」


リィンの耳が、尾が、うなだれる。その姿を出会って以来、何度も見た。

合同練習で組むパートナーが一人だけいないとき、中庭で消えた教科書を探しているとき、剣の授業で木剣ではありえない傷をうけていたとき。

ずっと、リィンはこの現実と戦ってきた。

もしここにいるのがヒロインだったなら、彼の魂ごと救うようなこれ以上ない言葉を掛けてあげられるのだろう。

けれど、私は悪役令嬢。最適の解などわからない。


「……リィンさんは間違っていないわ」


リィンが私の言葉に顔を上げる。


「困っている時に友人を頼るのは当たり前のこと、そして困っている友人を助けるのも当たり前のこと、そうではなくって?」


安心させるように微笑む。


「誰かの力になれるなんて初めてのことよ。もしわたくしの存在が貴方の助けに少しでもなっていたのなら、こんなに嬉しいことはないわ」


せめて精いっぱいの言葉で彼に伝えるしかない。

リィンの瞳に涙が浮かぶ。

袖でぬぐおうとするので、慌ててハンカチを差し出した。

その向こうでは、相変わらず驚きに目を見張っているセルジュ様が目に入る。侯爵家当主が病ではなく殺害されていたという事実が相当衝撃だったのだろう。たしかに私もびっくりはしたけれど。


「ナイトスター公爵」


話は終わったのだろうか。いつの間にか兄がそばに立っている。発する声はいつもより冷たく、威厳に満ちていた。


「今回、私たちはフォーロマン家の代表としてこちらに来ている。そちらも同じはずだ。ならば、さきほどの言葉はナイトスター家からフォーロマンへの正式な抗議として受け取るが、かまわないか」


私を守るようにそっと抱き寄せてくれる。上背があるので、すっぽりと兄に包まれるような形だ。兄の言葉にセルジュ様が我に返った。


「……すまなかった。口が過ぎたようだ。フォーロマン嬢も、大変申し訳ない。どうか私の謝罪を受け入れて貰いたい」


「お受けいたします」


納得はしていないが、公爵からこう言われたら侯爵家としては受けとるしかない。公爵と侯爵、この2つの上位貴族は新興の他の爵位とは異なり、連綿と遥か彼方より連なる本物の貴族だ。

それでも公爵と侯爵では、圧倒的な絶対に越えられない壁が存在する。

この人が白と言えば、白くなってしまうのが貴族の世界なのだ。

つまり、フラグのためにも侯爵の娘としてもここは穏便に納めなければならない。


「わたくしは気にしておりませんわ。誤解が解けたようで、なによりです」


とりあえず笑っておいた。

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