14 聖夜の舞踏会
季節はあっという間に冬を迎える。
年末の舞踏会が学院では催されていた。
とはいっても学生が主催する、前で言うクリスマスパーティーのようなものに近い。これをもって、学校は1か月の冬季休暇に入る。その最後の大きな催しとあって、大盛り上がりだ。
私は兄と踊り、それから意外にも名も知らぬ何人かに申し込んでもらえて大満足だった。その兄は今、たくさんの女性に囲まれ近づくこともできない。
そのさらに向こうにも、女性陣の渦が2つできている。
中心は見なくても分かる。セルジュ様と殿下だろう。
くるくると回るきらびやかな男女を横目に冷たいジュースで休んでいると、同じように壁際にたたずんでいるリィンが目に入った。
貴族ほどではないが、彼も正装をしている。
細身ながらもすらりと伸びた手足に、襟と袖は民族の意匠なのだろうか、1本の筋が途切れることなく連なって複雑な文様を描いており、こちらではあまり見ないその刺繍は彼に映えてよく似合っている。
「リィンさんは踊りに参加なさらないの?」
「はい。あまり得意ではなく……いえ、正直に言うと踊り方を知らないのです」
笑顔から苦笑にその顔が変わる。
ゲームではヒロインと踊っていたから知らなかった。言ってくれれば、教えたのに。
「そうだわ、それならお庭で練習しましょう」
もしかしたらダンスに興じるのは、自分を虐める貴族とその文化に迎合する様で躊躇われるのかもしれない。それでも、せめて少しでもこの学院生活の思い出をよいものに、そう思い、提案した。
「フォーロマン様、僕のようなものと踊るなんていけません! それに、汚れてしまいます」
「大丈夫よ、お庭なら誰も見ていないわ。リィン様、どうぞ、わたくしとダンスを」
リィンを連れて、ダンスホールを出る。
やはり、庭には誰もいなかった。辛うじて開けはなたれた窓から音楽が聞こえる。さすがに男女二人きりという訳にはいかないので、給仕係にそばに控えてもらった。
手入れされた芝生に穴をあけるのは申し訳がなく、ヒールは脱ぐ。草の感触が火照った足には気持ちがいい。同じくらいだった身長が、素足のおかげで差が開いてしまったが、まぁ許容範囲だろう。
手の添え方、ステップの踏み方の簡単な指示をだし、さっそく踊ってみる。
「……そう、上手よ」
ぎこちなさはあるものの、姿勢が良く芯がぶれないため、意外にも踊りやすい。
リィンルートでは、この日パートナーがおらず一人寂しく過ごしたヒロインを、訓練の一つである王城の警備をおえた彼が迎えに行き、寮まで送る。そうして通りかかった街の広場、噴水の前で一曲だけ踊るのだ。踊り終わった瞬間、満天の星空の下、まるで二人を祝福するかのように噴水が一層大きく吹きあがる。その幻想的な光景に二人はお互いの想いを確かめ愛を誓う、そんな重要なシーンだった。
来年は、いよいよヒロインが入学してくる。彼女は次の年の今日、誰と踊っているのだろうか。
やがて曲が終わり、ダンスも終了する。笑顔でこちらに拍手を送ってくれる給仕係に、二人で礼をした。
その瞬間、庭にあった噴水たちが一斉に水しぶきを上げた。長期休暇を前に、凍結防止のため閉められていたはずなのに。これではまるで――、
「ああ、栓が緩んでいたようです。びっくりしましたね。……あの、フォーロマン様、お顔が赤いようですが?」
ですよね。
とっさに自分がヒロインであるかのように錯覚してしまった己の自意識過剰っぷりが恥ずかしすぎた。
「あの、あまりにも綺麗だから驚いてしまって。気にしないで頂戴」
「はい。確かに綺麗ですね」
散る水滴がホールの明かりを受け、まるで星屑のようにキラキラと輝いて降り注ぐ。本当に夢のような美しさだ。私の豪快なくしゃみで会場に戻るまで、しばらくその光景を堪能した。
今年を締めくくるにふさわしいイベントだった。