12 学院にて
休暇はまだ余裕があったけれど、泣いて引き留める父を振り切り、祭りが終わると同時にさっさと私たちは帰った。
勉強のためだ。
来月は考査がある。兄は優秀だが、ローズは言わずもがな。
実は下から数えたほうが早いなどと誤魔化していたが、こんなものわたくしには不要よ、とテストは名前すら書かずに出したので断トツの学年最下位である。これ以上の遅れをとるわけにはいかない。
領地から帰って以来、念のためリィンとは積極的に昼食を共にしている。
どうしても貴族用のテーブルでは気おくれしてしまうそうなので、私が一般席に移動した。ゆったりとしたサロン席とは異なり、一応1つの長テーブルにつき10席ずつあるのだが、みな遠巻きにして相席の経験はこちらを使うようになってから一度もない。
食後のお茶を飲んでいる時、ふと魔法の話になった。
「そう、リィンさんは月の加護を持ってらっしゃるのね」
加護とは生まれた時に与えられる神からの祝福のことだ。火水土風雷光という6大属性のほか、金や獣、月などを含めた12神のいずれか1つを受け継ぐ。
魔法とは、体内の魔力を使ってこの加護の力を物理的に顕現させるシステムである。そのため自分の加護以外の属性は例え魔力がどんなに優れていようとも使うことはできない。
ただ、魔力がなければ加護の恩恵は受けられないかといえば、そんなことはない。
土の加護ならば、魔力がなくともなんとなく植物を上手に育てることができたり、その土壌に適した種子の判断がなんとなくついたりする。だから、農業従事者にはこの加護持ちが多い。
他にも獣の加護ならば、人とは違うもうひとつの姿に変身することができる、といった具合に。
加護は、「神々が賽を振って決めている」という冗談があるくらい規則性のないものだ。私のように風の両親から土の加護持ちが生まれるなど珍しくもない。
同時に、我が領土では土属性の者が多く生まれ、また、魔獣は種族ごとに加護が決まっているため、何らかの法則があるとは推測されており、目下それを解明することが神学での最大の課題だと聞いている。
中でもリィンが属する月の女神は気まぐれの異名を持っており、祝福を受けられる者は滅多におらず、未だその能力のほとんどは解明されていなかった。
「確か、月の女神が司るのは……」
「運命です」
なんというか、能力の説明として非常にあいまいだ。
「アルグフラン様が月の加護をお持ちだったかしら……?」
歴史に名を遺す偉大な占者・アルグフラン。その予言により数々の困難から国を救ったという伝説が残っている。その功績ゆえに像が建立され、神殿に行けば今でも当時の姿を確認することができる。
「そうですね。あとはデサイン氏もそうだったと聞いています」
「え? 彼も?」
高名な画家で、素晴らしい数々の作品を生み出したが、生まれながらの美貌により女難に遭い続け、20代にして彼をめぐる女性たちの喧嘩に巻き込まれ川に落ちて没したという話だ。
「う、運命なの……?」
さすが月の女神。加護の幅が広すぎる。もはやどのあたりが加護なのかすらわからない。
けれど、同時に納得した。リィンはゲームの中でヒロインに不思議な魔法を披露するのだが、月の加護というなら腑に落ちる。
なるほど、と独り言ちた私を見て、リィンが何か言いたそうな顔をする。
「なにかしら?」
「あ、あの、フォーロマン様は月の……」
言いかけて口をつぐんでしまう。
どうしたのだろう。もしかして、また誰かに嫌がらせを受けたのだろうか。
一応、私がともに行動するようになって以来、リィンに学院で表立ってなにかをしてくる人間はいなくなったときいている。寮でも念のため監理官にお願いして、気を付けてもらっている。
午後の授業開始を告げる予鈴が鳴った。放送ではない。学院内の時計塔で本当に鳴っている鐘だ。
「いえ、なんでもありません。そろそろ教室に戻りましょう」
リィンが穏やかに微笑む。
あぁ、癒されるわ。
ゲームのリィンはもうちょっときりっとした印象だったけれど、こちらの彼も悪くない。性悪ゆえにローズはずっとぼっちだった。将来にかかわらなければ、このままお友達でいたいくらいだ。
毎日小姑のようにセルジュ様が現れてはケチをつけてくる以外は、比較的穏やかに過ごせている。もちろんその際も、フラグにつながらないよう当たり障りのない言葉を返している。
卒業までこのまま何事もなく過ぎ去ってくれればと祈るばかりだ。