Side : フリードについて
「セルジュ殿、さっきの術式の模範解答なんだが、もう一度説明してもらってもかまわないか?」
フォーロマンの長子が教本を片手に寄ってきた。
近頃、授業が終わるとこうやって聞きに来ることが増えた。選択授業のため興味があるからとったのだろうが、それにしてもここ最近の熱心さは目を見張るものがある。
「――なるほど。さすがは次期公爵様。教師よりもわかりやすいな、助かった」
相変わらずべらべらとよく口の回る男だ。だが、以前のように実を伴わない空虚な言葉は減った気がする。
目には光が宿り、表情は生き生きとしている。休暇中領地に帰っていたようだが、その間にいったい何があったというのか。
「……何か?」
じっと見すぎたようだ。怪訝な顔をされてしまった。
「実に熱心だと感心していただけだ」
「いや、なりたいものが見つかって、目下それにむかって邁進中のところでね」
何を言うのかと思えば。貴族の長男ともなれば、将来なぞ決まっているだろうに。
「実は――」
フリードが急に声をひそめる。聞かれては困るような内容なのだろうか。そう言えば、最近フォーロマン侯爵とシシー嬢が良く言葉を交わしていると父が言っていた。だとするならば、王宮にかかわる重大な何かなのかもしれない。
私も慎重に周りを窺い、耳をそばだてた。
「実は、妹の自慢のお兄ちゃんになりたいんだ」
「――……は?」
耳を疑った。
あのオールドローズ嬢の自慢の兄? 傲慢で何の努力もせず、地位に胡坐をかいたあのろくでもないご令嬢の?
どうか聞き間違いであってほしいとの私の願いもむなしく、フリードは少し恥ずかしそうにさらに言葉を継ぐ。
「ファンクラブも作っていたりする。会員は私一人だけだが」
ハハハ、と照れ笑うその姿は紛れもなく本当で、私はもう何も言えなかった。