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外伝 聖夜:フリード

「ローズ、今夜は帰りが遅くなるのかと……」


聖夜、学校の舞踏会を早めに退出した私は、帰宅した早々、兄に驚かれてしまった。

楽しんでおいで、と微笑んで送り出してくれた顔に今浮かんでいるのは戸惑いだ。

これでもそこそこパーティーに居たつもりだった。

羽目を外して帰ってこないかもしれないと思われていたのかしら……。

そのようなパリピではないというのに。


「ええ。もう十分堪能しましたから。それよりもお父様は?」


まだ21時少し前だ。

普段なら、夕食を終えたばかりでくつろいでいるはずの談話室は明かりがついていない。

苦笑して兄は2階を見遣る。


「遅くなるだろうといじけて早めに就寝したよ」


「いじけて……?」


私もつられてホールから見上げる。

父の部屋は奥にあるから吹き抜けからでは見えないのだけれど。


「お兄様ももうお休みに?」


ここにいたということは、兄も部屋に戻るところだったのだろう。


「ああ、そのつもりだ」


「でしたら、その前に1曲よろしければ」


兄の前に進み出て手を差し出す。

結局、聖夜の舞踏会で兄とは目覚めた最初の年しか踊れていない。その次の年は私も兄もそれどころではなかったから。

学校の子女のみなさんにも大変申し訳ないことをしてしまった。兄とセルジュ様はあれが最後だったため、張り切って参加したお嬢さんも多かったはず。


「ご令嬢はずいぶんと体力がおありの様で」


困ったように笑い、それでも私の我儘をかなえてくれる。

舞踏会のパートナーはいつも兄ということもありダンス自体は今更だけれど、やはり聖夜というのはどこか特別な気分にさせる。

触れるか触れないかの距離で私の腰に手が添えられる。

時々考える。こうやって、あと何回踊れるのだろう。

兄だって、いずれは結婚するはずだ。父は養子でもいいと言っているけれど、この見目に性格、そして領主としての能力、女性が放っておくはずがない。

現に娘を紹介したいと、毎日たくさんの手紙が届いている。

今は仕事に慣れるのに精いっぱいなのだとしても、やっぱりいつかは――。

すこしだけ、胸がチクリとしたのはなぜだろう。

兄離れできていないのね……気を付けなくては。このままでは小姑になってしまいそうだ。


「ローズ、家のことは考えなくていいから、お前は幸せになるのだよ」


「突然どうなさったの? お兄様ったら、お父様みたい」


「俺が……兄が妹の幸せを願うのは当たり前の事だろう?」


以前、父にみせてもらった兄の来歴を表す血統証明書を思い出す。

貴族の血を汲む魔力保持者は、特に教会や国に詳しく記録される。

それは、基本的に問い合わせれば発行することができる、前の世界で言うなら戸籍謄本に近いものだ。

フォーロマン家に終わる長い家名の連なりを眺めていると胸が詰まる思いだった。これだけの家を兄は半端な血というだけで物のようにやり取りされてきたのだ。

この人は幸せにならなければいけない。そう思ったのを覚えている。

やがて、ダンスが終わる。


「わたくしだっていつもお兄様の幸せを願っておりますわ。そのためならわたくし助力を惜しみません」


私の言葉に兄は何かを言いかけ飲み込むと、ゆっくりと首を振り、


「俺は、今十分幸せだ。これ以上は望まない」


「お兄様?」


それだけ口にして、こちらに背を向け2階へと向かう。

やがて階段を上り切って顔をあげた兄は微笑んでいた。


「……お休み、ローズ。いい夢を」


「はい……お兄様」


あとから思えば、私は気が付いてもいいはずだった。

けれど、おやすみを告げる兄の顔があまりにも優しかったから、胸に迫るものの意味にこの時はまだ気が付くことができなかった。

自分を抑えて、からの本編Endというお話でした。

After the “End”もあります。

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