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外伝 ED:グエンダイク

「ビャンダル、この前は助かったよ、ありがとな!」


「おうよ、またいつでも男手が必要になったら呼んでくれ!」


市場バザールですれ違った男性に軽く手を上げて、グエン様は応える。


「……ビャンダルって愉快なお名前ですね――ん、すっぱい!」


さきほど買ったスモモのような果物を一口かじって、私はあまりの酸っぱさに顔をしかめた。

お尻の方が少し青いかしらとは思っていたけれど、やはりまだ熟れていなかったらしい。


「仕方ねえだろ、ここじゃこういう名前が普通なんだ――ほら、こっちなら甘いぞ」


グエン様は私が抱えている袋から紫色の粒を取り出し、私の口に押し込む。

途端に、南国果実特有の芳醇な香りと濃厚な甘みが、酸味を消していく。

暑さはこれからが本番だ。

午後にかけて気温がぐんぐん上がっていくため、必要な用事は早めに済ませてしまおうと市場はたくさんの人でにぎわっている。

その群衆に目立たぬよう紛れ込んだ私たち。

グエン様はくしけずった髪に派手な模様の布を巻き付け、裾の広がったズボンに長衣の上から掛けた布を一緒に巻き込んで幅広の腰帯で留めている。いつもの錫杖の代わりに腰から下がっているのはこの地方では一般的な湾刀だ。

かくいう私もおへそが見えるほどの丈の短い上衣に足首で絞ったゆったりとした腰履きのズボン、その上から長い帯を垂らし、いくつものアクセサリーで飾り立てるという故郷では絶対にありえない格好をしている。


「もう少しで着く。準備はできてるか? 俺が表で暴れたら合図だ。裏庭近くの小屋に証拠のブツは保管されてるらしい。奴らに見つかっても、絶対に戦ったりなんてするなよ。いいか、もしもの時には――」


「ご安心を。猊下より御下賜いただいた、魔石がありますから」


私は胸元からネックレスを取り出して彼にみせる。

先端には括り付けられているのは淡い輝きを放つ石。

先日発掘されたばかりの、一瞬だけ周囲の物理的干渉を遮断するという、途方もない代物。

時価換算などできるはずもないが、おそらく小さな国が1つ買えるほどの代物である。


「ちっ。あいつ、また贈ったのか……。変態なんじゃねーのか、蹴られて気に入るなんてよ」


グエン様が頭をガシガシとかきながら不機嫌そうな声を挙げる。

欲張れば付け入る隙を与えるし、要求が低ければ結局はなめられる。それを考えりゃ、まさにちょうどいい塩梅だったんじゃねーか。

最初はそう言っていたはずなのに。

私は笑ってしまう。

どちらかというと、お前みたいなやつは初めてだ的な珍獣扱いなのだけれどグエン様には違って見えるらしい。

風が吹き、開けた襟元から入って抜けていく。

緊張で汗ばんだ肌に心地いい。

大陸でもっとも大きな闇教団がつぶれたことで、芋づる式に関わった犯罪組織が次々と挙がり、一気に消滅した。

教会が積極的に管理に関わったこともあって、別の組織が入り込み事態が悪化するということもなく、小競り合いはあるものの、今のところは平穏が続いている。

あの事件をカードに殿下が上手に交渉して、王国が行っていた魔術の研究も一部教会と共同で進められることになった。

借り受けた資料により王国の調査も一気に進み、血統に頼らないで済む時代が思っていたよりも早く来るかもしれない。

そして、現在の私は名目上、教会と王国の橋渡し係となっているけれど、実際にはグエン様のサポート役と言ったほうが近い。


「どうだ? これが終わったら、一度休暇でも取るか」


「お仕事中ですよ、ビャンダル様」


腰に回ってきた手をぴしゃりと跳ねのける。


「痛って……ったく、いいだろ、新婚旅行すら行けてないんだぞ、俺たち」


「代わりに、あちこちを巡っているではありませんの」


「それは言葉が話せるから、いいように使われてるっつーんだ。お人好しめ」


軽く睨まれる。

いつどこに追放されても暮らせるようにと思って準備していたことが、思いもかけない形で役に立つ。

やってきたことは無駄ではなかったのだと改めて嬉しかった。


「ま、実際のところだな、うちの親父殿が可愛い嫁に会わせろとうるさい。そろそろ引退したいらしい」


「前回もそう呼ばれて帰りましたけれど……」


「今回こそは本当だそうだ」


「前回もそうおっしゃってましたけれど……」


「俺に言われてもな。とにかくお前に会いたいんだと。義娘が可愛くて仕方ないらしい」


ブロッサムに帰ると、結局フォーロマンにも寄らなくてはならなくなる。

どうしてあちらだけなのかと、父が拗ねるからだ。

そうしてどちらも出立しようとすると、もう少しいいじゃないかとごねられて説得に大変な労力を使う羽目になる。

会えるのはもちろん嬉しいのだけれど、それが毎回気が重い。

不承不承ながらうなずくと、


「ああ、これが終わってもその衣装は捨てるなよ。俺が気に入った」


「……ブロッサムでこのようなものを着たら寒さで死んでしまいますわ」


「なら辺境伯領で、どうだ? 教会から経過を報告するよう言われていてな。ついでに寄るつもりだ」


懐かしい友人の名前が挙がる。

彼は苦しいリハビリを経て、片足を少し引きずることになったけれど歩けるほどに回復した。

結局、領地は彼の手に戻されている。

それが責任というものだと殿下がおっしゃったのだ。

ブロッサム様は「魔力のねえ国境地領主が増えた方がやり易いからな」とのことで引き続きフォローしていくとのこと。ブロッサム指導のおかげで騎士も強化され、フォーロマンの手伝いで土壌も改良されつつある。

彼次第ではあるものの、辺境伯領はきっとこれから発展していくだろう。

真実は分からないけれど、代理は何もかも自分の一存であると全ての罪を告白した。

証言が<解放者たち>の壊滅に貢献したことも酌量され、減刑されて教会で贖罪の一生を過ごすことになっている。

起こしてしまったことは決して許されることではないし、罪も深い。それでも、あの追い詰められた姿を思い出すと、せめて残りの人生は少しでも安らかにと願わずにはいられない。

もちろん気は抜けないし、今もどこかで辛い思いをしている人はいるだろう。

それでも、少しずつ良い方に向かっていると信じたいし、その為に私もグエン様もこれからも力を惜しまないつもりだ。

私がうなずくとグエン様が力強く答える。


「よっし、じゃあさっと終わらせるぞ」


「はい!」


だから、今日もやれることをやっていくのだ。

私たち2人で。

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