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外伝37 エピローグ

「あら、貴女は……」


「ひぃっ、フ、フォーロマン様……!!」


一連の出来事が終わり、取り戻した記憶も落ち着いてようやく日常が戻ってきたある秋の日、学園の廊下の曲がり角で、例の出版関連のご令嬢に出会った。

衝突は避けられたものの、彼女は私に気づいた途端悲鳴を上げて、持っていたものをすべて落としてしまう。

分厚いレンズの向こうで目は落ち着きなく、顔色は真っ青で、手がひどく震えている。

事件の恐怖が蘇ってしまったのだろう。

気を付けていたというのに申し訳ないことをした。

とりあえず散らばった紙を拾うくらいなら大丈夫かしらと手を伸ばした先で、紙束がかすめ取られる。

今、見知った文章が見えたような……。


「も、申し訳ございません!!」


私が訊ねるよりも早く、首がもげるのではないかという勢いで彼女が頭を下げる。

両側の三つ編みがそのあまりの勢いに弧を描いて跳ねた。


「お、怒っていらっしゃるのですよね?! ですから、ずっと私を避けて……!!」


何のことやらさっぱりわからないが、私に会いたくなかったのは彼女の方ではないのだろうか。


「あの、一体どういう……いえ、それよりも先ほどおみかけした原稿って、もしや今流行のロマンス小説……」


「や、やっぱり、ご存じなんですね……はい。私が書きました」


彼女が観念したようにうなだれる。

やっぱり!

見たことのある人物名に二次創作かともおもったのだが、それにしては一瞬見えた文章ですら洗練されていた。

ある程度の知識とユーモアのセンスがなければ書けないものだから、著者はきちんと教育を受けられる階級の人間だろうとは推測していたものの、このように身近な人物だったとは。

悪役令嬢にすっかり気をとられて気づかなかったが、よくよく思い返せば物語の始まりの事件、一昨年彼女と巻き込まれたものにどこか似ている。

成程、実際に起こったことをベースに上手に脚色して話を作っていたということか。流石だ――いや、待ってほしい。

実話が元というのなら、


「――つまり、あの悪役令嬢は……」


「オ、オールドローズ様です! 申し訳ございません!!」


ですよね。

エリーさんは笑い飛ばしていたけれど、やはりあれは私だったらしい。


「ファンディスクでも続編でもない、全く無関係の作品に再び悪役令嬢で登場するわたくしっていったい……」


本当にどこまでもこの役から逃れられないのね。

普通に生きているだけだというのに。

がっくりとため息をつく私に勘違いした彼女は慌てて、


「ち、違うのです!! 私は、最初にオールドローズ様を主人公にして物語を作ったのです! でも、事務方から上位のお嬢様だと共感が得られにくいから、主人公は下の身分にしたほうがいいと忠告されて、しぶしぶ役割を……しかも目立つ見た目だからお嬢様はライバルとして登場させた方がいいと押し切られてしまって……怒ってらっしゃいますよね?! だから、私の事なんか見たくもないのですよね?!」


これほどにも売れるとは予想もしていなかったのだと彼女は涙目で訴える。

どうやら、トラウマを心配して避けていたのを彼女は私が悪役にさせられて怒っていると捉えたらしい。


「……怒ってなどおりませんわ。むしろ、素晴らしい作品の助力になれたのでしたら光栄ですわ」


「本当に許して下さるのですか? こんな役回りにしたのに?!」


「ええ、悲しいことに慣れているものですから……。それよりも、わたくしの方が避けられているのだと思っていましたわ。ご様子を伺おうと声をおかけしても逃げてしまわれたから……」


「話すだなんて薔薇会に入ったばかりの私が、恐れ多いです!!」


「ば、薔薇会……?」


何とも仰々しいが園芸クラブの名前だろうか。


「あのぅ、もしよろしければ、一つ伺ってもよろしいでしょうか。実は、すこし煮詰まっていて……」


偉大な作家にアイデアの素になるようなものを私が提供できるとは思えないけれども、承諾した途端、水を得た魚のように彼女は生き生きと、


「オールドローズ様は、その後あの騎士様とはいかがですか?! 私は、やっぱりあの時助けて下さった騎士さまを推しておりますので終幕が気になります!!」


「終幕って、物語のお話のこと……」


彼女はこちらの言葉を聞いていないようで一気に熱く語り出す。


「壁の向こうだろうと気配を察知してつい耳で追いかけちゃうリィン様も可愛いと思いますが薔薇会では王道の殿下はもちろんですしオールドローズ様だけにお見せする笑顔が素敵だとセルジュ様を応援している方も同じくらいいらっしゃる一方で誰にでもそつなく対応なさるフリード様が唯一ぎこちなくなるさまと時折見せる切なげな表情がいいとおっしゃる方も実は多いのです!」


あまりにも息継ぎなく早口でまくしたてられたので、理解が全く追い付かない。

知っている名前が一斉に出たような気がするけれど、何だったかしら……。


「さ、先ほどからお名前が挙がるその園芸クラブといい、お話の流れが……」


「こっそり見かけたんですけど、あのたくましい教会の方もいいですね!」


「あの、ですから……」


「とってもとっても仲のいい友人もいますよ!!」


突然の宣言に振り返ると、エリーさんが子リスのようにほっぺを膨らませて立っていた。

仁王立ちするその姿らすら愛らしい。


「あらあら、でしたら1つ上の素敵なお姉さま枠も追加していただこうかしら」


その後ろからシシー様も登場する。

これから3人で一緒に美味しいケーキを食べに行く約束をしていたのだ。

来ない私を心配して迎えに来てくれたらしい。


「あっ、失礼いたしました! もちろん、そちらも尊いと仰る方が多数いらっしゃいます!」


ずっと会話をしていた私が全くもってついていけていないのに、なぜ後から参加した2人には通じているのか。

それにしても、シシー様、あの御本をお読みになったのかしら。

内容には興味ないっておっしゃっていたのに。

私の心の声を読み取ったかのように目が合った彼女は笑う。


「楽しめましたか?」


「ええ、とても。わたくし、自分の色恋には興味がございませんけれど、他人の恋愛は見ていて大変面白いものだと最近気が付きましたの」


「つまり、恋愛小説はシシー様のご趣味に合うと……?」


「わたくし、貴女のそういうところが大好きだと申しておりましてよ」


「つまり、ありがとうございます……?」


訳が分からないままお礼を言った私をみつめる彼女。

細まった目元の泣きぼくろが柔和さを一層際立たせる。


「貴女も、ご一緒にいかがかしら? わたくしたち、今からお茶をいただくことになっておりましたの」


「それはぜひとも! 筆記具をとってまいります!!」


鼻息荒くご令嬢が駆け出していく。


「さぁ、行きましょう、ローズ様! 私だって負けません!」


「そうですわねぇ。最近、殿方と積極的に交流なさってらっしゃるようですけれど、女性同士の友情もいいものだとぜひ理解していただかなくては」


右手をエリーさんに、左腕をシシー様に取られる。

本当に訳が分からない。

とりあえずわかっていることは、今日も一日、とても平和だということだった。

お読みいただきありがとうございました。誤字脱字のご報告もありがとうございました。こちらは常に受付中です。


セルジュEDできっかけなど無くとかきましたが求婚していたり、エリーシアEDでは周囲の好意に気づいていない主人公だったり、本編で諦めていた彼はいないと言っていた兄が外伝で再びさまよっていたりと、本編そのほかとの齟齬が多々出てしまいましたが、その整合性を合わせる引き出しとおつむが足りませんでした。脳内補完していただけると幸いです。

もともと主人公の外見は社会人組を見据えた設定(大人びた容姿、葡萄酒色の髪)だったので、それが活かせてよかったです。

「外伝だからいいか」の合言葉でわりと強引に話を進められるなど、私もいろいろと学ぶことが多く良い経験でした。本編のお酒関係は2人のエピソードから拾って再利用していたため二番煎じになってしまったので、リサイクルはやめたほうがよいと身に沁みました。


読んでみたいとご感想くださった方、ありがとうございました。

主人公→殿下の過程だけ想像できないので補完が欲しいと言ってくださった方も、ありがとうございました。

ファンタジー色強めで思ってたのと違うとなったかもしれませんが、本編で活かせなかった設定を使う機会ができて私も嬉しかったです。

とにもかくにも本当にお読みいただきありがとうございました。

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