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外伝25 ブロッサム領 2

仰った通り、2週間、グエン様はブロッサム領の見どころを時間の許す限り案内してくださった。

不思議な音を発しながら七色に輝く夜空、ブロッサムが誇る防壁と砦、澄んで宝石のように輝く湖とそこに住まう見たこともない生き物たち、橇遊び、などなど。

怪しい人影を見ることもなく、言われなければただの観光旅行だと思えるほど。

ただ、様々な場所を見て回っている間も、時々グエン様とアーサー様のどちらかがふと姿を消すことがあった。


「嬢ちゃん、あれが見えるか?」


ぐっと私を引き寄せ、空の一点を指さす。

なんというか、この世界ではだれもが丁寧だからこういう気安さは新鮮だった。

兄ですら、最近は私に触れるのを躊躇うようになっている。まぁ結婚適齢期であるし、お年頃だから気を遣ってくれているのだろうけれど。

この方にとって私は男女である以前に、子どもなのだろう。

庇護の対象。

私とは比べるべくもない大きな手が指す先に目を見張った。

巨大なクジラが海原を泳ぐように空を進んでいた。白波のような雲の間をゆうゆうと。


「王クジラだ。この地方にしか見られねえ、珍しい魔獣だ。魔獣とは言っても、人を襲うことはねえし、こっちもあそこまではいけねえしな」


潮を吹くと、それが氷の粒となってキラキラと降り注ぐ。

空と同化するほどの眩い青のクジラの頭の上には、名前の由来であろう真っ白の王冠がちょこんと載っている。


「なんて愛らしい!!」


あれは角だそうですよ、とアーサー様が私の歓声に教えてくれる。


「どのように空を?」


「体内に巨大な浮袋を持っているそうです。とは言いましても、遺骸しか調べられないため詳しいことは分かっていないようですが」


お亡くなりになった際はどうなるのだろう。落ちてくることになったら大変ではないだろうか。

疑問が顔に出ていたのだろう。グエン様が笑って、


「死期を悟ったやつらは山に下りてくる。そうやって最期を迎えるんだ。墓場が決まっていてな。みんな、そこにくる。核を持っているから、それを回収するのもブロッサムの仕事だ」


山が多く水以外の資源や国境通行税もほとんど見込めないブロッサムにとってはそれもまた貴重な収入源であるのだと説明が続く。

クジラはゆっくりとさらに北の方へ消えていった。それを見つめるグエン様の目は鋭い。


「あちらの山の向こうはどうなっているのですか? 確か緩衝地帯ですよね?」


よくできました、とばかりにまた頭をなでられる。

父が見たら何といわれることか。


「そうだ。北の連合公国との間にある地域は誰のものでもない。表向きは教会が管理していることになっているが、実際行くには山を越える以外だと、ブロッサム領か公国を抜けていくしかねえ」


拾った枝で地面に簡易な地図が描かれる。


「だから、放置していると言った方が正しい。この辺りは夏は2か月しかない。それ以外は、冬か、寒い冬か、凍るほど寒い冬かしかない。夜も長い。資源もないし、居住するにも難しい。ただ、それを逆手にとって、いつの間にか犯罪者が住み着くようになった。犯罪者っつっても、結局のところそこには何もねえから悪さのしようもねえ。教会は対策をうたなかった。その内にやっかいな奴らが現れた――それが<解放者たち>だ」


「……辺境伯のところでお話になった魔術の信仰集団?」


「そうだ。別に教会は魔術を否定しているわけじゃねえ。12神教ってのは加護だけじゃなく、12柱を始めとする神々によって世界が支えられているという思想だ。つまり、魔術すらも結局は加護以外の祝福を利用して体現しているにすぎないと思っている。実際、教会でも魔術の研究は行われているしな。教会が危険視しているのは、魔術は加護ではないため、神の力ではないという考えだ。魔術を信奉する奴らの中には、神を否定し神を超えようというものがある。魔法を使う者たちをこの世から消すことがこの世界を人の手に取り戻す一助になるという思想だ」


「王国にとっても脅威ですね……。ですが、魔法を否定するために使う魔術に魔力のこもった血を用いるというのは矛盾ではないのですか?」


「そうだな。だが、奴らにとってはそうならないらしい」


平和を掲げる団体がそれを貫くために過激な行為に出るのと同じだろうか。


「――お前さんにも話しておいた方がいいだろう。奴らの使う陣にはいくつかの特徴がある。その1つが、神の冒涜だ。術式の文言の中に、影響しない範囲で嘲りの単語を書き入れる。そしてそれが、例のティアットの飛び地からも見つかった」


「あの陣はシシー様が書いたものかと……」


「シシーならそんな金と手間のかかる手段はとらねえよ。昔からあったそうだ。あれが侯爵の事件の際にかかれたものだとするなら納得はできる。あの時代、この国でも魔術の研究が行われるようになったばかりだ。授業なんて当然ありゃしねえし、知識として持っているわけがねえ。大体、幻惑の術なんざ今やっと実用のために試験運用が行われているものなんだぞ。固定から動くものへの対象の進歩とはいえ、数十年前にこの国の人間が使えるはずがねえ。何処からか持ち込まれたものだ」


シシー様が言っていた。

祖父は得にならないものには絶対に投資しない男だった、と。

確かに安い金額で領地とスノーヘッダの宝物ほうもつのいくつかが手に入るのなら、収支はプラスに傾くのかもしれない。だが、プラスと言ってもごくごくわずかだ。

やせ衰えた土地であっても税金はかかる。今後領地を維持していくことを考えたら、最終的にはマイナスに傾くはず。

現に発覚を恐れたからか、土地には一切手が入れられず放置されたままだった。

それならばなぜ、公爵はこの計画に手を貸したのか――ティアット家は代々純血主義者で強硬な保守派だ。

そして同じような思想を持つ第2王妃は言っていた。

汚らわしい獣人の血はこの国から一掃すべきだ、と。

公爵は自らの手を汚さずに、スノーヘッダ伯の計画に乗じて実行しようとしたのではないだろうか。現場の混乱も、画策のうちだったのではないだろうか。

そしてさらにその裏で、真意を隠した教団が手を貸していたのだとしたら。

侯爵を弑すれば大罪になる。けれどもし、傷をつけるだけだと聞かされていたら。獣人を追い出すきっかけになると言われれば。

フォーロマンは王国の食糧事情の要だ。父が優秀だったおかげで乗り切れたが、そうでなければ王国は教団の望み通り傾いていたかもしれない。

思ってもいなかったところでつながりを見せられ、思わず震えた。

事件はもう終わったものだと思っていたのに。

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