外伝23 中央教国 3
「思っていたよりは早く解放されたわ……」
数日にわたる神学と宗教学と他、機関にある様々な分野の権威ある学者たちによる長い質疑、それから治癒師の問診が終わった。
恐れていた、体をいじくられるような事態にはならなかった。
もしかしたら、あまりにもあり得ないから機器の故障など何かの間違いだと思われたのかもしれない。
「そうよね。わたくしだって目の前で鳥のように空を飛ばれたら、まずワイヤーを探すもの……」
どうなるかまだ判断できかねて、前世の事はもちろん、一切何も話さなかった。
『はい。自覚もなく普通に過ごしていました』
『いつそうなったのか全く分かりません』
『特におかしなことは何も』
魔力が低いことも功を奏したのだろう。たとえ加護が2つあったところで、これでは何もできないのだから。
少なくとも危険はないと判断されたようだ。
こうなってくると、ある意味ローズの魔力が低くて助かった。
もし魔力も優れていたら、教会は間違いなく私を手に入れるために強硬手段をとっていただろう。教会だけではない。他の国も参戦してきた可能性すらある。
私だけが引き留められ、殿下たちは数日前に教国を出発した。殿下はもしもに備えて知り合いを送ると仰っていたけれど、まだその方にも会っていない。
「行き違いになるかもしれないわね。それにしても……どうしたのかしら、遅いわ」
外の様子を窓から覗いて思わず私はつぶやいた。
護衛を呼びに行くと司祭様たちが出て行ったのが少し前。さらに戻ってこないのをいぶかしんで御者が確かめに行ってから5分が経った。
本来なら神殿の遥か手前に馬車を止めるものだけれど、念のため、内部の入り口近くで馬車を待機させてもらっているのだ。そう遠くない場所に。
「わたくしも見に行ってみようかしら」
さすがに神殿内だ。
護衛がおらずとも、目の前の入り口からすこし中を見まわすくらいなら危険はないはず。
「こらこら、やめとけ」
ノックもなく扉が開き、苦笑と共に2人の男性が乗り込んでくる。
「また裏路地に連れ込まれるのがおちだぞ」
「まぁ、グエン様、アーサー様!」
グエン様は親しい友人に会った時のように軽く片手を上げ、アーサー様はうやうやしく胸に手を当て一礼して向かいの席に座る。
「お二人が、わたくしの護衛を?」
「そういうことだ。教会としちゃ、祝福の女神に何かあっちゃ困るし、できれば教会に引き込みたい。王国としちゃ護衛はもとより教会にとられるわけにゃいかねえってことで、それぞれ面識のある者が選ばれたってわけだ」
「ご安心ください、レディ。殿下より、いつでも斬ってよいとの許可をいただいております」
ちらりと隣に目をやって爽やかに言い切る。
では、殿下の知り合いとはアーサー様のことだったのだ。
「ユーリウスもだんだん生意気になってきたな……。ま、それはともかくとして、悪かったな、嬢ちゃんを長いこと教会に引き留めちまって」
「いいえ。あの、こちらこそ、グエン様にご迷惑をおかけしてしまったのでは?」
聞こえたのだ。
多分、去年の事件でのことだろう。検査を受けていた時、審問官は何も問題がないと報告していたではないか、と憤る声が。
「なぁに、気にすんな。全てを言わなかっただけで別に嘘はついちゃいねえ。それに、問題なかったのは本当だしな」
相変わらずいい子だな、と私の頭をくしゃくしゃとかき回すのを、失礼ですよ、とアーサー様がたしなめた。
「ってことで、そろそろ出発するか。とは言っても、嬢ちゃんが侯爵殿の元に戻るのはもう少し先のことになるが」
「まっすぐに帰らないのですか?」
「ええ、ブロッサム領を迂回してまいります。念のため、レディを狙う不届きものがいないかの確認を。王都に招き入れるわけにはいきませんから」
「んで、しばらくブロッサムで観光だ。嬢ちゃんは、ブロッサムに遊びに来たことはあるか?」
「いいえ、初めてですわ」
王国最北のブロッサムの中でも南東の湖水地方は避暑地として有名だけれど、そもそもフォーロマンから出た記憶がほとんどない。
「そういや、体が弱かったんだったな。悪かった。……じゃあ、楽しみにしててくれ。結構面白いぞ。フォーロマンとは街の作りも全く違うしな。今の時期は雪がまだ溶けずに残っている場所もある」
「それはとても楽しみです」
「では、まいりましょうか」
アーサー様が小窓から御者に合図を出し、馬車が滑るように走り出す。
やっと教会が少しずつ遠ざかっていった。