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1 プロローグ 1

初投稿です。

よろしくお願いいたします。

あっ、という声と共に、食器が割れる派手な音が響く。同時にわたくしのドレスと靴に雨粒ほどの赤いしみがいくつかできた。

床にへたり込んでいるのは華奢な青年。髪と同色の被毛に覆われた耳と尾がついている。


「す、すみ、すみませっ……」


周囲から彼にこぼれるのは、同情ではなく冷笑。当然のことだ。

侯爵令嬢の衣服にあろうことか平民、しかも少数民族の卑しい獣人が粗相をしたのだから。

この忌々しい耳付きの頭を踏み、スープのなかに溺れさせてやる。

そう思った瞬間のことだった。


「……っ?!」


突如、目は眼前の景色を映し出しているのに、頭の中は走馬灯のように別の景色が流れ始める。

アパート、会社、遊んでいたゲーム「恋キン」、交差点、突っ込んでくる車。

まるでパズルの穴が埋められるように、次々となにかの景色、いや記憶が今の記憶の間にはまっていく。

やがて最後のピースが収まり、ようやくめまいが止まった。やっと自分が完成したような不可思議な錯覚に襲われる。


「……完成ってわたくしはわたくしで、でも、かつての私も私で……?」


混乱したまま顔を上げれば、貴族のドレスを汚してしまったことに動揺したのか、目の前ではさきほどの彼が手が汚れることも構わず必死に床に散らばった食べ物を盆に戻そうとしていた。もう食べることはできないだろうに。

知らんふりをしながらも痛いほどに私たちに好奇の目が注がれているのを肌で感じる。

ふと記憶のピースが浮かんでくる。

学院でチュートリアルも兼ねたいろいろな情報を教えてくれるのは名もない脇役だった。

一つ上の見目麗しい王太子殿下、付き従う美貌の公爵令息、ふしだらな噂にまみれた最上級生の男爵、騎士学校の優等生、そして、ドレスを汚されたと獣人の頭を踏みつけにして退学に追い込んだ、性悪の侯爵令嬢オールドローズ・フォーロマンの話。


――最後の侯爵令嬢って私よね? ええ、私だった。それにまさに今、ちょうど彼の頭を踏もうとしてたもの。まさに私だわ。


瞬間、すんっと頭が冷えた。賢者タイムと言ってもいい。


「――こちらと同じものをわたくしのテーブルに」


騒動に駆け寄ってきた給仕係に清掃の指示も出し、彼の腕をつかんだ。

ひっ、と小さな悲鳴をあげるのに構わず、奥まった席へと向かう。

絨毯が敷かれた窓際、その一角だけは、学生には似つかわしくない豪奢なテーブルと椅子が並べられている。学院の食堂は自由席である。本来ならば、こちらも公共の設備であり学生の皆が使うことができるはずだが、そんなものは建前でしかなく、一段上がったこの場所は上位貴族以外踏み入れることならず、が暗黙の了解である。 


「あ、あのっ片付けないと……」


「かまいません。それはここに働くものの仕事です」


やはりサロンに連れていかれるのは抵抗があるようで、しり込みするのを無理やり引っ張って席に座らせた。周囲からはさながら処刑場にひったてられる囚人のように見えただろう。


「ごめんなさい、あの、必ず弁償します! すぐには払えないかもしれませんが、でも必ず――」


「お気になさらず。この服は、飽きていたので捨てようと思っていました」


嘘です。

この衣装は、いや靴はともかく殿下が「美しい」と唯一褒めてくれたこのドレスは、一番のお気に入りだった。それこそ着道楽の私、いやローズが月に何度も着用していた程に。

が、今の私にはそんなことはどうでもいい。大体、簡単に返せるほどのお仕立て代ではないだろう。

彼は運ばれてきた料理に手を付けず、相も変わらずうつむいている。この場の雰囲気に委縮し、耳も尾も震え、ひたすらしおれたままだ。

だが確かにこの姿には見覚えがある。騎士学校でその才能を開花させる元学院生リィン・エリクシール。いや、まだ騎士ではないからただのリィンか。


「あなた、お名前は?」


「リ、リィン……です」


やはり、そうなのね。

ならば今、私のするべきことはただ一つ。彼をこの学院に留めることだ。


「そう、良いお名前ね。リィン、顔を御上げなさい。この学院に入学しているのならばとても優秀なのでしょう。何一つ卑下することはありません。あのような者たちに負けてはなりません」


私の言葉に、リィンがはじかれたように顔を上げる。ようやく目があった。

何度も見た青い髪に青い瞳、それとお揃いのビロードのような耳と尾……いえ、黒だわ。

ネイビーブルーだったはずだが、どう見ても黒い。なぜだろう。画面と実物で色が異なるのは、お使いの環境により、というものだろうか。

混乱する私をよそにリィンはすぐまた下を向いてしまう。侯爵令嬢が、と言うよりも獣嫌いで有名なオールドローズが怖いのだと思う。

そもそも彼が転んだのは十中八九、足を引っかけられたからだろう。ドレスが汚れたのは彼のせいではない。公平とは名ばかりの学園、差別はそこかしこに存在している。


「あ、あの……」


意を決してリィンが口を開いたその瞬間、


「なにをしている」


ひどく冷たい声が頭上から注いだ。




誤字脱字などありましたら、お教えいただけますと幸いです。

よろしくお願いいたします。

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