0歳になりました。3
0歳から1歳へ。境目。
今年も宜しくお願いします。
「Mbiamcqe……femdkbhdkehaiegbfciabheekecle?」
「ama、lefahhaplaiabcu-gc。Mbiamcqeibfleckbkehhdkemadhd」
「bla……hagbfaibgemdjagecianeqafdqe……」
父親の膝に乗せられたまま、父親の持っている書類を眺める。やっぱり日本で――というか地球で見た事のある文字とはどれも違っている、ええと……レタリングされたロシア語辺りの文字が一番近いだろうか、そんな文字をとりあえず追ってみるが、理解できるのは大分先になりそうだ。それでも日常的に目にするのが一番効果があると、頭上で交わされる会話を余所にたしたしと新聞を叩いてみたら、父親が苦笑する雰囲気が伝わってきた。
「dhhe、leneqdjegbb……iefaia?」
「gecianeplaiab? jabjabMlckbd-mc、hlehhekahbiagab」
「qa-!」
「Mlckbd-mcjafcbfbid、kahboabiafc」
「c-ne、hembadpcfehhbfamalekecfa、Mbiamcqe」
父親が手の中の書類を別の場所に避けて、明らかに絵本と分かるような物を手に取った。そのままそれを朗読してくれるので、確かに覚えるのならこちらの方が良いかと思い、最近慣れた父親の体温に安心して背中を預けた。
【0歳になりました。3】
これまで(8ヶ月過ぎるまで)微妙にまだ赤ちゃんからだと精神の整合が取れてなくて上手くいかなかった事が多々あったけれど、10ヶ月11ヶ月過ぎた辺りから違和感がなくなってきて漸く意思通りにそれとなく喋れるようになってきた生後12ヶ月……というか1歳になりそうな僕です、こんにちは。どうやら街から少し離れた田舎に建っているレンガ造りの家の中からお送りします。
やっぱり神様からの祝福は、それなりに無理をさせている部分があるんじゃないかな? と最近思うようになったよ。だって、最近エネルギー不足で動けない……なんて事はなくなったけど、それに関係してなのか体が思うように動かない、なんて事が増えたんだ。何というか、思って体に伝達したい事と、実際に体が動いて反映された時の動きに、やっぱりラグのようなものがあったから。なんとなく7ヶ月辺りの時に気づいたあのキラキラ……魔力が体の表面をガッツリ覆っているからなのかなぁ? と日々首を傾げる毎日だったのだが、それが漸く無くなってきたんだ。一番それが顕著だったのは口……言葉関係だったんだけど、漸く呼びかけるときの「ママ」「パパ」にいちいち苦労せずに言えるようになってきたんだよね。
とはいえ頼んだのは自分、目立ちたくないのも本当。というか赤ん坊な事を最近本当に受け入れられたから、そんな赤ん坊がこんな事を気にしてるのもどうなのかな? って思うようになったので、その魔力が「僕が普通でいられるように」、明らか普通よりも多い魔力をわざわざ消費してそうしてくれているなら、もうそれでいいかぁなんて思って慌てないことにしたんだ。だから1歳の誕生日が近づいて、次第に体の違和感も減ってきた事から、最近は本当の赤ん坊のように、興味関心を抱いた物に正直に時間を割く事にしたんだ。
だって……ねぇ? やっぱり何も思わないようにしても、元々大人だったのが、そこそこ影響している事に気づけるタイミングがあったんだ。それが、初めて父親が僕の目に届く位置に持ってきた書類とかに反応してしまった時。それを見て、ああ仕事しなきゃ、なーんて思ってしまったんだ。思ってからあれ? って思ったよね。そこで赤ん坊になった事も理解はしてるけど、納得はしてないんだなって思ったんだよ。だって赤ん坊になった事に納得していたら、仕事しなきゃ、なんて思わないだろう? それに、仕事しなきゃってどれだけ“僕“は仕事人間だったんだろう……と呆れたんだよね。ああ、まだ僕は前世に未練があるのか、って。
そりゃだってあんな終わり方だ。徳を積み続けた、所謂聖人君子のような人だと揶揄られる事は多かったけど勿論僕だって人だった。当然未練だって色々あったし、赤ちゃんになって落ち着いた時間が取れるようになった、落ち着いてしまった後だからこそ思うところだってあって、それがその時に膨れ上がってしまった結果がその感想だと思う。それと同時に、ああ、もう戻れないんだよなぁ、とも思ったんだ。久し振りに夜泣きして、両親には――いや、ママにもパパにも迷惑をかけちゃったと思う。それでも思いっきり泣いて喚いて、感情を放出してしまえば、残ったのは諦観のような、落ち着いた感情と生まれ変わった事を受け入れた僕だった。そこで漸く、受け入れられたんだ。
もう僕は“僕”じゃないだって。僕は■■■■じゃなくて、リナルドなんだって。魔法とか魔力とか、そういうファンタジー関係のものも僕は遠い事のように感じていたけれど、それが本当にある世界に生まれ変わったんだと、それを漸く受け入れられた。1年近く生きて今更かぁ、と後で呆れちゃったけどね。
それから、僕はどことなく指を掴んだりする程度で考え事に意識を割き続けていた為に、ある意味蔑ろにし続けていた兄、リュミエールとの遊びも本気で対応するようになったし、パパママにも邪魔にならないように時折ではあるが時間がある時は本気で「構って!」するようになった。これまでは考え事がしたかったのと、興味は湧けど邪魔するのは駄目だろうと思って(後から思えば大人なんだから僕は空気読める子だよ! って意識がなかったとは言えない)自己主張してこなかったんだ。でも赤ん坊なら本当に興味を持ったことはちゃんと自分から手を出すだろうし、僕だって母親の魔法とか、前世と違う事に関して興味が無かったわけじゃないしというか興味しかなかったし……だったら「興味」に意識を割いても良いだろう、そう思うようになったんだ。だからママが魔法を使う時は食い入るように見てあの魔力の流れがどうなってるんだろう? とか唱えてる(ママが使う時はそもそも唱えない事の方が多いんだけど)呪文らしき物を覚えようとしている。このままだと呪文から言葉を覚えそうだよ僕。
同様に1週間毎に帰ってくる父親が持つ書類……の文章は読めないので付けられてる絵とか写真を父親に強請って見たり、そもそも未だ寝ているベビーベッドの近くにある窓から外を眺めて、ちょっとでも外の情報を知れないかなー、って見てみたり、兄の喋る言葉はまだ幼児言葉だから、そこからもっとハキハキ喋れないかなって試したりしている。……正直に言おう、もの凄く生き生きしてる。非常に楽しい。もっと楽しめば、難しい事も今は考える必要なんてないと思えれば、もっと色々早い段階から知れたのになぁ、なんて思い始める始末。うん、前世じゃ勉強ずくめ、仕事づくめで趣味の1つもなかったような、仕事が趣味のような人間だったけど、今世はもっと楽しもう、そう思ったよね。
そろそろ生まれて1年、神様との約束の日が来る。その時、本当にお礼を言いたいな。今は、それが僕の一番の「やりたい事」になっている。
◆◇◆◇
「Mbiamcqe、ehaneplecrbekdqdhec!!」
「jcjc、haiegbneqdid、Mbiamcqe」
「あー、うー!(ありがとう!)」
両親の言葉に、意味はまだ完全に理解できてはいないけれど……この部屋の状態を見て意味をはき違える訳ないよね、と飾り付けられた部屋とママが魔法で空間に舞わせた紙吹雪に自然笑顔になる。ただ兄はこんな状態でも両親や僕を余所に用意された料理に夢中だ。分かりやすい。
今日は――僕の誕生日である。
まぁ、僕の見えない範囲でやっていたのだろうけれど、両親が日に日にソワソワしていくのを見てれば気づくよね。兄の誕生日の時――僕より2ヶ月ほど前だった――も似たような感じだったし。僕よりも楽しみにしていた感が否めないのは、僕がまだちゃんとした料理を食べられないからだろう。これでちゃんと料理を楽しめるようになれば、僕も、……羨ましいなぁと思ったようん……2人とも美味しそうに食べてるんだ僕の前で……吹っ切れたからか、前世じゃあんまり気にしてなかったそういう感情がハッキリ動くようになったと言うか、そういう風に思うようになった。早く育ちたいな、と思ったよ。
ただ、この日は――僕にとって、僕の誕生日であるというよりも、楽しみな事があった。
お誕生日会が終わって、寝る前の準備を全てして、眠りに落ちて。
気づけば、あの白い空間に居た。ただ、違いは体の大きさは前回と違って眠る前の赤ん坊サイズである事と、その為か神様に抱え上げられている事。それと――その白い空間に膨大な量の魔力が巡っている事、それよりも遙かに僕を抱える神様に巡る魔力が多すぎる、事。
吃驚して固まる僕に、神様は相変わらずフードに遮られている所為で、向かい合わせで抱えられているというのに口元しか見えない神様は薄く穏やかな笑みを浮かべていた。
「お久しぶりですね。リナルド」
「……ぁう」
あ、まだちゃんと喋れないのはこちらでも働くのか、と『はい』と口にしようとしたタイミングで出た小さな声にそう思っていると、神様はおや、と呟いて、そして僕の頬にそっと手を添えて額に口を寄せた。え、と思う間もなく唇が触れて、すぐさま離れる。
「……な、」
「これで、どうでしょうか?」
「な……何を、一体……あ、喋れるようになってる」
思わず零れた言葉に、喋れるようになっている事を自覚する。ちなみに、今僕が喋っている言葉は日本語だ。思っている事をそのまま口に出している状態だからか、また前世から引き継いだ僕のままだからか、思考する時の言語が日本語のままな所為だと思う。実際に起きている時に会話する言葉は、現地の言語なんだけど……。……いやいや。
「……あの、額に口づけする必要性はどこに……?」
「額は、脳に血を送る関係で魔力が流れやすいんです。そこに魔力を流すのに直接肌を触れた方が、操作しやすいので」
「いえあの、それなら手とかでも……唇である必要性は……」
「おや、そういう事を気にする性格ではなかったように思うのですが」
「……最近、そういう感情に素直になる事にしましたので」
いや、神様からの口づけって、ある意味かなりの祝福とかそういう類いの物になるのでは……? と思いとりあえず意識から外す事にする。当人もそういう意識はないようだし、そもそも赤ん坊の僕が性欲を気にするのもおかしな話だ。忘れよう。
そうして意識をリセットして向き直ると、神様も感じ取ったのかまっすぐに僕を見てくれているのを感じ取ったので改めて(とはいえ神様の膝の上に座ったままなのだけれど)、しっかり喋れるようにしていただいた事だしと頭を下げた。
「こんにちは。お久しぶりです……その、神様?」
「はい、お久しぶりです。どうしましたか」
「いえ……そういえば、どう貴方の事を呼べば良いのか、僕は知らないままだと思いましたので」
神様、と内心では呼んでいたけれど、それが正しい呼称なのかどうか僕は分からないままでしたから、と一緒に口にすれば、神様は一瞬考えるように動きを止めたものの次の瞬間にはこう言ってくださった。
「確かに、お教えしていないように思いますね。それでしたら、これまで通り『神様』と呼んでくださって構いません。実際、間違ってはいませんので」
「分かりました。以後、そう呼ばせていただきます」
「……その様子でしたら、不都合などはあまり無さそうですね」
「はい。少し違和感を感じることもありましたが、今ではそれほど感じませんので」
傍から見れば生真面目にも程がある会話を交わすが、実際神様という本来人からすれば格上の存在に対して、非礼に当たる事をしてしまっていたとしても、少なくともこちらが敬おうとしている意識ぐらいは分かって貰えるだろう……という点から敬語を使っている。それにしては、何故神様は僕に対して敬語を使うんだろう……? とは思うのだけど。名実ともに神様として呼んで良いと許可を貰えた上だし、今は体の違和感も殆ど無い。此処に呼ばれた目的は達成できただろうか、でも僕は戻り方分からないし、目が覚めるか神様が気が済めば戻れるかな、と思いながら神様にそう答えて、フードの中に視線を注ぐ。実際に確認したのか、僕の言葉に暫くして頷いた神様は、1つ僕の頭を撫でた。
「私は、本来たった1人に対して意識を割くと言う事はありません。それが『神様』ですから。ですが……貴方の魂は、見ていてとても好ましいです。……どうかそのまま、新たな生を楽しんでください。」
「誕生日、おめでとうございます。リナルド」
「ありがとうございます、神様」
彼女の言葉に、本心からの笑みを浮かべた。
【1歳になりました。1】に続く
お読みくださりありがとうございました。
誤字脱字ありましたら、コメントなどでお教えくださると嬉しいです。
次話は来週の土曜日、1/12の予定です。




