20 / 俺TUEEEE ?!
「なんだこれ。マズイ状況になっちまった」
世界を円状に囲むペアードウルフたちが、唾を散らしながら絶えず吠える。
その奥から、ペアードウルフたちに似た一回り大きなモンスターが現れた。
長く荒れた灰色の体毛から、黄色い眼がのぞく。
[生物情報 簡易版]
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総合評価A+
名前 ウルフベアード
種族 群狼
形態 第一形態
Lv 63/10000
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こいつらのボスっぽい感じはするけど。
……でもなんか、100レベル越えてるの見た後だと、上限10000だし、大して強そうに感じないな。
「おい、人間」
「あい……なに!?」
なんだ喋れるのか、驚かせんなよ。
「この者が呼んだのだが、危害を加えたのだな?」
先程ティッシュを投げつけたペアードウルフが、ウルフベアードに近づく。
顔を合わせているところを見ると、相手の眼を見てコミュニケーションを取っているのだろう。
「いや、違うかな。てかお前ら何しに来たんだよ。ここ住処なの?」
ネクタイを直してピンと伸ばす。
ウルフベアードは向き直って言った。
「いや嘘だな、この者が嘘をつくとは思えん。」
「え、まあ確かに俺たち初対面だけど、だからと言ってそいつの言い分を盲信するのは辞めてくれよ。フガフガされても何言ってっかよく分かんねーから、普通の言語で喋らせてくれ。相手に分かるように話すのはビジネスの基本だろ」
自分の言葉に自分で首を傾げた。
鼻がムズ痒い。
「ん?そもそもこれビジネスの現場でも何でもないな……異世界だし、対人外だし、それによってコミュニケーションが違うから……でもこれまでのモンスターは言語使えてたし、何かおかしいな、話が脱線してしまってる」
「ああ。私も何かおかしいと思っていたところだ。人間どもを襲う為にここに来たのに、いつの間にか人間の言い訳を聞いているのだ。許しを乞おうが命乞いしようが皆殺しには変わりない。大人しく経験値になれば苦痛を伴う殺戮はしない」
鼻に指を突っ込んで、痒いところを掻いた。
「よく聞こえなかった。すまんがもう一回頼む」
「殺す」
ウルフベアードがそう言って視線を送ると、ペアードウルフたちは一斉に世界にむかって吠え始めた。
うるさいな……てかこいつら俺がぶっ飛ばしていいんだっけ?
歴史を変えかねない局面ってどこの事を言うのか分からないな。
「きみ、逃げなさい!」
2匹のペアードウルフが切り伏せられて、そこから大柄な男が姿を現した。
ウルフベアードもそれを見て睨んだ。
「出たぞ。皆の者、奴を殺せ。同胞たちを殺した者だ!」
世界には目もくれず、モンスターたちは一斉に男に飛びかかる。
「あれ、何か俺置いてかれて……」
「何やってる、早く逃げるんだ!ここは彼に任せておけ!」
ボロボロの衣服を着た男に連れていかれる。
「ケイさん、戻られたのですね!その人は?」
「ああ、採集地まで行ったのに、やけにモンスターに出くわさないからな。もしやと思ったんだ。クレイが戦っているうちに、さあ、イルミもレミも早く家へ入るんだ!この人は……知らない」
女性3人が家へ入っていく中、世界は戦っているクレイに目を向ける。
襲いかかる多勢のモンスターに対し、上手く立ち回って捕まらないようにしているが……
「あいつ苦戦してるけど、何で俺たちは戦わなくて言いみたいなことを言うんだ?」
「戦わなくていいからさ!君は君で別のことが出来る、今はとにかく安全な場所へ行くんだ」
名も知らない、偶然通りかかった人間までが戦いで無駄に命を落とす必要は無い……。
しかし、クレイが苦戦しているのもまた事実だ。
「くっ……!クレイ、俺も加わる!」
そう言うと、ケイは短剣を構えて突撃して行った。
んー、なんだかなあ。
ま、変に介入するのもな。
「どうした、同胞たちを大勢殺したと聞いたからもっと期待していたが、こんなものか?」
クレイは大剣でウルフベアードの攻撃を防ぐのがやっとだった。
ケイと背中合わせになり、身構える。
ケイの額には傷が入っていた。
「無理はしなくていいんだぞ!」
「いいや今は無理する時だ。モンスターとまともに戦えるのなんて、お前と俺くらいだからよ……!みんなを守ってやらねえと!」
ウルフベアードは毛を逆立てると身を引いて、ペアードウルフたちに視線を送る。
「守りたいものというのは、あの家に入って行った人間たちか?」
「まさか、やめろ!」
クレイが慌てて大剣を振りかぶるが、横からペアードウルフからの突進を受ける。
「うぐ……くそ!マーたちが!」
「外で戦っているんだよね?大丈夫かな……」
手を震わせるレミの手を、イルミの手が優しく包み込む。
「大丈夫、きっと……」
途端に家が揺れた。
3人は何事かと寄り集まる。
木造の壁からミシミシと音が鳴り、いとも簡単に破壊された。
ウルフベアードがゆっくりと中へ入ってくる。
「大丈夫?まさか、全滅だよお前たちも。私に勝てるわけがなかろう」
鋭利な歯を剥き出しにて、3人を威嚇する。
3人はわなわなと手を震わせているだけだ。
「お邪魔しますっと……ちょっとくつろいでいってもいいか?」
世界は丁寧にお辞儀して、革靴を綺麗に揃えて中に上がった。
混沌とした空気に、思わず真顔になる。
「……そんな所にも入口あるのか。なんつーか斬新……な造りだけど、これも異世界の人間の芸術ってやつかね?それと土足オケな感じ?」
………………
「あ、さっきの犬っころじゃん。どした?」
反応の無いウルフベアードに近づいて、目の前で手を振ってみる。
特に反応は無い。
こんな所に剥製は流石にセンスを疑うな。
よく出来てるけど。
その場に足を組んで座ると、上から液体が落ちてきた。
指につけると、粘性のもので糸を引いて伸びた。
「汚っ」
「とことん馬鹿にしてくれる!貪ってやるわ!」
ウルフベアードが口を大きく開ける。
「スーツに付いて汚れ取れなくなったらどーすんだよ!クリーニング代出せよ!?」
ウルフベアードが瞬きした刹那には、世界の拳が目の前まで迫っていていた。
ドッゴオォン
生まれて初めて聴く大音量に、半径500メートル以内に居た全ての人間とモンスターは、訳も分からず失神した。
唯一クレイを除いては。
ウルフベアードの頭部だけが綺麗に無くなっており、家の中に大量の血が飛び散っていた。
スーツにもびっしりと返り血がついている。
「え……お!?やっべえこれ返り血が!」




