18 / 輪廻転生への拒絶者
あの連撃をいつまでも繰り返していれば、そのうちあの鈍武器で叩かれる。
そんなことはとっくに理解していた、が。
これまで敗北を経験していなかった者にとって、目の前の戦いから逃げるとは敗北の文字を一生背負って生きていくことと同じであった。
最早彼に逃げる生き残るという選択肢など存在しなかった。
生まれて日は浅く、場数もそう多くないが、確かに感じるのは……。
この戦いを越えることが出来れば、自分が世界の頂点に立つ者になれるという根拠の無い自信である。
生物が生来持っている”闘争本能”は、彼をあらぬ方向に、非合理的な選択肢のみを残させた。
この瞬間だけは、理性と知性を併せ持つ人間とは程遠いケダモノになった。
小細工など通用しないと分かった上での正面からの突撃。
そう見せかけての横へのステップ。
最高速度を保ったが、それでさえも……
龍真の得意な連撃は、容易く読まれてしまった。
真横から風圧を感じたのを最後に、音が聞こえない。
後方彼方に飛ばされる最中、自分が出血していることを確認した。
彼を追い返したのは金砕棒ではなく、覇王のみが持つ固有スキル。
今は未だ名前は無い。
システム設計者がふと思い出したように考案した、バランス崩壊を引き起こしかねないものだった。
「将来的には、こんな名前にしたいなあ」
というような子供のような発想であるが、驚異的なまでの無数の攻撃手段となりうるという意味での”インフィニティ”。
発動方法は、精神の統一とただ一つ祈ることのみ。
もう一度突撃をした龍真だったが、呆気なく弾き返された。
生死を分ける戦闘においておよそ矛盾した行為が、迫り来る敵を寄せつけぬ最強の矛にも盾にもなっていること。
その間発動者は一切動かず、持っていた武器を置いて目を閉じていること。
精神統一をして一時的に無我の境地に至っている覇王とは対照的に、極限状態で思考の働かない龍真にとってこれは到底理解の及ばない戦いの方法であった。
さらにもう一度突撃して、分かったことがただ一つ。
発動の瞬間に、目を開けてこちらではないどこか遠くを見ている。
飛んできた虫でも追い返すように、まるで戦いにすらなっていない、戯れ合いのように。
「しぃッ」
刃先が覇王の眼球に届く前に、左右から何かに挟まれる。
薄い赤色の、自分の3倍はある手が、左右から押さえつけている。
血反吐して、刀を落とした。
「なんだ、貴様は」
押えつけていた手は消え、下に落とされる。
腕は動くが、足はもう動かない。
覇王は龍真に一瞥をくれて、金砕棒を振り抜いた。
[生物情報]
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総合評価SSS
名前 覇王
種族 鬼神
形態 第二形態
Lv 213/10000
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レベルアップの喜びと同時に、自分と互角に戦えると思った相手を殺してしまった事への後悔と、自分が最強である事実を確固たるものにした期待が湧き上がる。
消えつつある龍真を背にして、歩き始めた。
「お前にも何か特殊能力があれば、勝敗は変わったか?」
ふと龍真の方を見ると、各方面から複数のモンスターが迫っていた。
自然界において存命中、圧倒的な力を誇り、ほかを寄せつけぬ猛者も、死んでしまえば弱者に貪られる死肉と同じだ。
四足歩行の何かが、死んだ龍真に飛びかかる。
パチッと目を見開いた。
覇王が目を逸らした瞬間、これまで感じたことのない恐怖に襲われた。
強い殺意が、そこにはあった。
飛びかかったモンスターたちは、紙切れ同然に地面に伏していた。
先ほどの敗北は無かったかのように、影に包まれた顔には抑えきれない笑みが溢れていた。
「……?」
満面の笑みの裏に、確信の意を感じる。
「どうやって、なぜだ?」
覇王がそう問いても、答えは返ってこない。
刀を構えた。
「お前はここで、死ね」
地面を蹴って、刃を一直線に向けて飛んだ。
なぜ生き返った?
いや、それは今は考えるべきではない。
今度の攻撃はあまりにも隙だらけだ。
正面から冷静に叩き潰せばいいだけの事。
そう思って振り下ろした金砕棒は、確かに龍真に直撃した。
[生物情報 簡易版]
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総合評価SSS
名前 覇王
種族 鬼神
形態 第二形態
Lv 227/10000
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連撃同様に横へのステップの可能性も大いにあったが……この選択肢を取った理由は。
!?
感覚がない。
右腕が切断されている。
金砕棒は、切断された腕と共に上空へと打ち上げられた。
「まさか、こんな事が……」
殺したはずの相手に、一体何が起こった?
全く理解できん。
片腕を失い深手を負った覇王だったが、龍真もまた同じだった。
体の片側が血を撒き散らしながら宙に浮かんでいるが……
彼の体には、外傷一つ無かった。
余裕の笑みさえ零れている。
「ハハハハハハハハハハハハ」
一切癖のない単調な声で笑って、覇王に向かって突進して行った。
それに対して、すぐさま精神統一を行い攻撃態勢に入る。
無数の拳が現れ、龍真を標的にして一斉に迫った。
それには気にもとめず、刃を構えたまま突進し続ける。
「化け物が」
無数の拳に、突撃してくる龍真の姿は隠れた。
殴打による爆発音のようなものが幾重にもなって聞こえてくる。
[生物情報 簡易版]
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総合評価SSS
名前 覇王
種族 鬼神
形態 第二形態
Lv 238/10000
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音は止まることなく、拳は次々に集まって行っている。
[生物情報 簡易版]
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総合評価SSS
名前 覇王
種族 鬼神
形態 第二形態
Lv 247/10000
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やはり気のせいではない。
何度も生き返っている。
冷や汗が頬を伝うのがはっきりと分かる。
[生物情報 簡易版]
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総合評価SSS
名前 覇王
種族 鬼神
形態 第二形態
Lv 255/10000
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「素晴らしいスキルだ」
血まみれの状態で、姿を現したその光景は戦慄とはまた違う。
”恐怖”そのもの。
敗北の予感が脳裏を過ぎって、”恐怖”はまた大きくなる。
それは死への恐怖か?いや、違う。
龍真という存在そのものへの”恐怖”だ。
頭を貫かれて、死ぬ間際に思ったことは……
出会ってしまったことへの後悔と、恐怖からの解放。
雨が降りしきる中、刃こぼれが過ぎて使い物にならなくなった刀を、徐々に消えていく覇王に餞でもするように、そっと地面に突き立てた。
彼は、後に恐れと敬意を表してこう呼ばれるようになる。
”ウロボロス”。




