15 / 黄昏の世界
授業終了のチャイムが鳴る。
真斗まと先生は好みの国語の授業であったためか、自身の授業に熱中する時間を忘れてしまっていた。
黒板は中途半端な所で終わってしまっている。
「お、これは……もどかしい所で終わってしまいましたね。世界くん、号令をお願いします」
休憩時間に入りクラスのみんなは各々遊び始める中、世界だけは本にかじりついていた。
ドアから遠い、教室の隅で。
「世界、ドッチボールやろうぜ。お前がいねーと始まらねーよ!」
ボールを持って立っているのはたくちゃん(橋本 拓)。
身長に合わない太めなぽっちゃりで、以前見た時とは一転して坊主にしている。
その隣にいるのはともちゃん(新井 友人ゆうと)。
高身長で細身、眼鏡を掛けて基本大人しいので誤解されがちだが、スポーツをすることには情熱をかけるタイプだ。
「久しぶりにドッチボールやろう!」
2人の誘いを断る理由などどこにも無かった。
一瞬たりとも迷うことなく、本を机の中に入れる。
「うん。やろう」
気まずい雰囲気にならなくて良かった。
その翌年は、3人の誰ともクラスは同じにならなかった。
週4の頻度で遊んでいたものの、年が過ぎる度に一緒になって遊ぶ事も減っていった。
そして、とうとう同じクラスになることもなく、小学校を卒業することとなった。
卒業式の日、久しぶりに4人で集まった時、ともちゃんが中学受験をしていたことをはじめて知った。
結果はもちろんのこと合格であった。
とうとう接点が無くなってしまうことに寂しさを覚えたが、とにかく祝福をした。
たくちゃんとみくちゃんとは地域の関係で同じ中学校へと進むことになった。
それでも、一学年で3人が同じクラスに当てられることは無かった。
中学校でも、最後まで一緒になることは無かった。
廊下で顔を合わせても、互いに少し反応するだけで声をかけ合うこともなくなっていった。
色の無い空白の時間の中で、過ぎゆく季節とともに”それら”も忘れていった。
「せっちゃん」
「せっちゃん」
遠くで呼ぶ声がする。
もう少し、夢を見ていたかった。
ゆっくり目を開けても、光で眩しいと感じることはない。
「急がないと、遅刻しちゃうわよ!」
「はいはい」
気の抜けた返事をして、掛け布団をよけた。
真理はキッチンの方へと戻っていく。
時間は……
7時55分か。
走っていったところで間に合うか分からない時間に、何故か落ち着いていた。
外の世界は騒騒しい。
今ではビル群が背を伸ばしてその道を塞ぐために、あの頃は熱かった日差しが部屋に届くことはなくなった。
人通りが増えた。
冊数も増えた。
だが、友達と呼べる関係のある人間は減ってしまった。
今の生活は充実している。
充実する時を挙げるならば、俺が応援している作家さんの小説に重版がかかったり、賞をとったりしたときだ。
そんなことを考えながら行く学校への道のりは、抱えきれないほど重いものを背負いながら歩く山道のようだ。
道端で乞食をする浮浪者も、それを嘲笑する、流行りのファッションに着られた大学生たちの声も、そこから感じ取れるものは何一つとして存在しない。
何も無い、虚無感だけが漂う。
でも雑音が多すぎて、この世界では俺は生きにくい。
それが異世界への憧れを強いものにしたのかもしれない、あるいは……
ただ、行き場の無い旅路に活路が見い出せないが為に、死にたいだけなのかもしれない。
また、余計なことを考えた。
閉じよう。
見えないイヤホンをして、世界の音をはじき出した。
その日はいつも通り、ゆっくり歩いて学校へと向かった。




