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(異)世界は掌の上で  作者: 倫理観
~創造神(仮)の研修期~
15/23

14 / 陽だまりの世界


 突然落下する感覚に襲われた。

 机の上に伏せ寝をして組んでいた両手が、無重力にでもなったように浮き上がる。

 閉め切った窓枠の隙間からセミの鳴き声が入り込んだと同時に、机に叩きつけられた。


「がっ」


 頭を起こして見ると、机には水溜りが出来ている。

 鮮やかな色をした水溜りに、汗だくの顔が映っていた。

 額から汗が垂れ落ちて、水溜りに落ちる。

 広がる波紋をじっと見ていると、汗が口に入り込んだ。


「うおっ、しょっぱい」


 窓には夕焼け雲が悠々と飛んでいるのが映る。

 もうこんな時間かと椅子を立つと、生地の薄い半袖シャツが濡れて体にビッシリと張り付いていた。


「せっちゃん。早く来なさい、片付けはもう出来たの?」


「今行くよ」


 キッチンから真理の声がして、ドアに手を掛けた。

 足に何かが引っかかって、その場に倒れる。

 ドアの前に置いていた本の山に引っかけてしまったようだ。

 打った膝を軽く抑えて、駆けていく。

 真理が皿に盛られた米の上から何かをかけている。


「今日はカレー?」


「そうよ、熱いから気をつけてね」


 皿を受け取るが、持った場所が悪くあたふたしながらテーブルに運んだ。

 冷蔵庫の中からお茶を取り出す。

 8月31日。

 正面に見えるカレンダーの途中まで、予定がびっしりと書き込まれている。

 7日からは何も書き込まれていない。

 4人分の椅子に向かい合うように座り、2人は「いただきます」と言って静かに食事を始める。


「明日から学校、始まるね」


 真理は物悲しそうな声で言った。

 世界は黙ったまま小さく頷いて、またカレーを口に運ぶ。


「学校、行きたくない?」


「……行きたくない訳じゃない」


 それは本当だ。

 宿題も終わらせて、準備物も確認した。

 この夏に、4人家族も終わってしまった。


「忙しくて一緒に遊べなかったけど、学校が始まればまた、ともちゃんやたくちゃんとも会えるのよ?」


「うん」



 そこからは、特に会話があるでもなく、時間だけが過ぎていった。



 部屋に戻って、崩したまま忘れていた本を机に置いた。


 兄ちゃん、ホントに本ばっか集めてたんだな。


 隣の本棚には何段にも本が詰められていて、綺麗に整頓されている。

 今机に置いている分は、本棚に納まりきらなくなったものだ。

 普段部屋に入ることが無かったために気がつかなかった。


 本のタイトルはどれも変わったものばかりだな。

 俺の知らないものばかり……。


 その中の一冊を手に取った。

 表紙を見ればよく分かるが、タイトルがやたらと長い。

 漫画かな?

 そう思って開くと、どこを開いても字ばかりのページが出てきた。

 小説だな。

 最近はもうゲームもそんなにしてないからなあ。

 本を閉じて、棚に戻した。


「母さん、翔にいの本、俺が貰ってもいい?」


 真理が部屋を覗く。

「そう、せっちゃんが貰ってくれるなら良かったわ。読みすぎで夜更かししないようにね」


「はーい」


 気の抜けた返事をした。


 結局その日の夜は、読書に没頭するあまり寝られなかった。


 9月1日。


 雲影一つない、よく晴れた日だ。

 熱い日差しに差され、子供たちが汗を拭いながら歩く学校への一本道。

 両脇の木から騒々しいセミの鳴き声が耳を刺す。


 学校へと向かう学童たちの中で、たった一人、別世界にでもいるのかというような涼しげな顔で、本を読み耽っている。

 だが、その額からは汗が吹き出ていた。

 今にも滴り落ちそうな汗の玉を鬱陶しがることも無く、一字も見逃すことなく読み進めていく。


 不意に後ろからランドセルが押された。

 汗がページに付いてしまったのに気づいて、慌てて本を閉じる。


「世界、おっはよう!」


 そう言って横並びに歩くのは、みくちゃん(齋藤 美紅)。

 クラスメイトの女の子で、隣の席で結構話すことが多い。


「おはよー」


 本をしまったのを見て、みくちゃんが覗き込む。


「本、何読んでたの?」


「ん……兄ちゃんから借りてる小説だよ」


「へえ、そうなんだ。ところでさ、夏休みの途中から連絡無かったけど、大丈夫?みんなで家に行った時も居なかったし」


 夏休みのほぼ毎日、みんなで遊ぼうと約束をしていたが、そんなこともすっかり忘れてしまっていた。

 プールとか、キャンプとか行こうって言っていたな。


「ごめん、ちょっと忙しくって。なかなか連絡をとるタイミングもなくってさ」


「そっか、世界が忙しかったって言うなら間違いないね!とももたくも、何か事情があるんだろうって分かってたから、怒ってなかったよ!」


「ありがとう」


 みくちゃんはハッと何かを思い出した顔をして、俺の肩を叩いた。


「やばっ今日私たちが日直だよ忘れてた!早く行こう!」


 予鈴がなる前にと全速力で学校に向かった。

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