13 / ダンジョンマスター②
滑らかに下るダンジョンを3分ほど歩くと、何も無い空間に着いた。
ダンジョン内は想像通りのありがちで何の変哲もない洞窟である。
「あれ、ここで終わりですか?」
テルは壁を叩いて仕掛けが無いか確かめているようだ。
「仕掛けは特にないぞ。さすがにイメージだけじゃそこまで創れないみたいだ。と、いうわけで」
”人間モードへの切替”
壁を殴って壊すと、奥は何も無い真っ暗闇が広がっているだけだ。
……壊せて大丈夫なのか?
ダンジョンそのものが破壊されるかもしれないぞ。
「なあテル。ダンジョンを保護する設定とかあるか?」
「え……あ!!」
そういえば!とでも言いそうなほど目を大きく見開いて何度も頷いている。
「作ってないですね、そういう項目は。んまーでも、こんな難度の低いダンジョンで滅茶苦茶な戦闘をする馬鹿は居ませんよ」
そう言われればそうだが……
まあ、今はいいか。
壊して何も無い空間に円状の大部屋を創った。
「これは、ボス部屋ですか?」
「そうだな。半径10メートルもあれば充分だろう」
とんなボスにすっかなあ……。
ダンジョンってレベル上げに周回とかされるのかな。
せっかくダンジョンなんだから、外より何が魅力的なのか、ハッキリさせておかないとな。
上位種族って経験値量多いんだっけか。
だとするなら、AかSくらいのやつをレベル1でボスって事にしておけば経験値うまいよな。
「あっ」
「どうしました?」
世界はおもむろに”その他設定”を開いて、項目をじっくり眺めた。
……無いな。
似たような項目が幾つかあるが、これはスペースを埋めるためのものか?
”編集”で”エリアランク”の方をいじろう。
”エリアランク”の項目で、エリアごとに情報を変えられる。
既にあるこの機能の一つに、経験値量の項目を加えよう。
元の状態を100%として考えて、エリアによってそこで得られる経験値量を変えられるようにする。
このダンジョンは、そうだな……150%でいいだろう。
―――――――
200%
150% ◀
120%
100%
―――――――
これによって、ダンジョンに行く意味ができる。
でもこういう設定も、何から何まで俺じゃない誰かが考えたのか。
テルもその他設定の事についてはよくは知らないみたいだし、設定を作ったうちの一人に、テルが含まれているんだろう。
呼吸や物理法則も、俺が設定してもいないのに、世界を創造した時から既にあった。
それが何故なのかは、知らない。
「なるほど!エリアによって経験値量を増加させるんですね」
他にも突っ込みたい所はいくらでも挙げられる。
俺は、こう……全てを自分の手で創りあげていくものだと思っていた。
いや、別に俺は物理学にも詳しくなんてなければ、他に知識が豊富なわけでもない。
基礎が既にあることには何ら不満は無いが、何故か”マニュアル通り”の世界を創れと言われている気がしてならない。
”マニュアル通り”というのは、俺も知っている、異世界転生モノの設定だったり、RPGから取ってつけたようなステータスの概念の事だ。
俺が創りたい世界を創るというより、望まれた世界を再現しなければならない圧を感じる。
少なくともシロノさんは俺の行動は把握出来ているんだろう。
”歴史改変”なんて項目を見つけた時にはゾッとしたが……。
何かあったら、それで全て無かった事にしろという事か?
「どうされたんですか?ぼーっとして」
「ちょっと考え事をしていた。あー……どんなボスがいいかなってな」
テルは設定を作っただけであるはずなんだが、どうしてこうも異世界創造について何の疑問もなく進められるのか?
シロノさんとのやり取りを見るに、俺と同じ世界に住んでいて、そこで知識を得ていたとも考えにくい。
俺が異世界転生を望んだ時、異世界は存在しないと言っていたが……まさか、そんな事がありえるのか?
俺が異世界を創る以前に、誰かが俺と同じ願いを叶えてもらっていたとしたら。
失敗を恐れるように用意されてある設定に、同じことを既に経験してきたかのようなテルの慣れた様子。
異世界の出来事に干渉し過ぎない、つまり歴史を変えかねない出来事の渦中に居ない。
思い通りにいかないからといって、その世界に生きている者たちを都合よく振り回してはならない。
この二つの誓いに矛盾した、俺に与えられている”緊急装置”。
創造神の権限を剥奪できる女神の力も。
異世界を創造したのが、俺が初めてでないなら。
何度繰り返してきた。
この”緊急装置”は……俺に与えられたものか?
[生物情報]
――――――――――――――――――
総合評価S
名前 パルドロウルフ
種族 獣
系統 戦闘系
形態 第一形態
固有スキル ウルフクロウ
Lv 1/10000
生存時間
ステータス HP:4400
STR:1800
DEX:800
DEF:1000
AGI:700
INT:800
MND:1000
LUK:700
CHA:900
後天性スキル: 無し
出身地 ダンジョン
―――――――――――――――――――
「こんなものか?」
「何か最初のダンジョンにしては強いボスですね……」
確かにな。
いや、スライムが弱すぎて感覚が麻痺しているだけだ。
テルが言うならもしかするとマズいことをしているのかもしれないが……。
「創るのは最初だが、冒険者がここを訪れるのは後の話になるかもしれないから、問題ないだろう」
「そうですね。それなら問題なさそうではあります」
生物創造欄の方を見ていたが、既に用意されてあるモンスターの種類は500を超えていた。
パルドロウルフもそれから使っている。
このダンジョンにスポーンする全てのモンスターも、もちろんそこからの使用となる。
オリジナルのモンスターを創る方法があるならそれをしてみたいのだが。
「テル、オリジナルのモンスターを創る方法はあるのか?」
「いえ、ありませんよ。これだけ種類も豊富なんですから、それを使いましょう、楽ですし!」
あまりに面倒な作業は楽したいが、ここは楽するポイントではないような気がする。
そもそもイメージで世界を広げられる能力を持つ創造神が、モンスターを創れない訳がないはずなんだ。
「そうだな。さっさと創ってしまうか」
少し笑って見せて、ダンジョンの設定をする為に設定画面を開いた。
創造神の権限などという表現にも疑問を抱く。
この力が、俺に対して貸されただけのものだとでも言うように。
俺自身が創造神であるかも疑わしいのだ。
そう考えた瞬間、不意に動きがピタリと止まった。
「ん、何か気になる点でも?」
考えすぎか?
「やっぱり、ボスを変えようかなって思ったんだけ……」
最後まで言う前に、断ち切られる。
「大丈夫ですよ。大抵のダンジョン探索者は、ボスに挑む際にはにレベル上げをするものでしょうし」
ああ……その通りになるか。
悪意の感じられないテルの顔に、後ろめたさを感じる。
やっぱり、お前は俺の助手には向いていない。
世界を創造することに熱意がありすぎるが故に、一度疑い始めると、もうその疑いが晴れるどころか濃くなっていく。
設定を操作しながらテルをじっと見て言った。
「テル、お前本当に好きなんだな」
テルは戸惑いつつも、世界の手元に目をやった。
「はい…!余りある時間ではこれしかする事もなかったですから」
スポーンするモンスターを選択して、確認した。
フォルムから色合いまで、似たものが無く、個性的なモンスターばかりだ。
卑怯だなあ。
丁寧に作りこんで……使わないとは言えないじゃないか。
テルを見ていると、フィクションに青春を捧げていたあの日々を思い出す。
他のことなんて何にも省みず、ただただ理想の世界を見続けていた、大切な時間。
それは産まれて8度目の、暑い夏。




