二、 激戦の記憶、そして誓い
第二話でございます。
8月14日。
攻撃目標であるウルシー環礁に近づいてきた。
環境の悪い潜水艦での長旅だったが、『晴嵐』隊員は全員、健康状態に問題無し。
後は無事にウルシー環礁を攻撃して、日本に帰れるか……。
「あっ、鏑木少尉 ! 」
絹海が俺に駆け寄ってきて、手に持ったあやとりを見せた。
「ほらっ、『二段ばしご』ができるようになりました ! 」
「おう、やっぱ上手いな、絹海」
潜水艦の中でも、日々の訓練は欠かさない。
そして訓練を大体終えた後は、絹海にあやとりを教えている。
絹海はこのような遊びをやったことが無いらしく、いつも大喜びだ。
本来ならこのウルシー環礁攻撃計画は、姉妹艦である伊号第四〇一潜水艦と共に行うことになっていたが、合流ができず、個別に行うこととなった。
元々極秘に開発されていた艦でもあるし、俺たちと会うまではさぞかし孤独だったことだろう。
今では最初に会ったときよりも、明るい性格になってきた気がする。
「次は、お手玉でもやってみるか ? 」
「はい ! 」
絹海は嬉しそうに、赤いお手玉を二つ取り出した。
これも艦魂の力らしく、簡単な物なら手元に『現す』ことができるという。
「……鏑木少尉は男の方なのに、どうしてこういう遊びが得意なのですか ? 」
「あー、それはな、威張れた話じゃ無いんだが……俺って結構色白で、背も低いだろ ? 子供の頃は割と体も弱い方で、周りの男子からはいつも仲間はずれにされてさ、いつも女の子と遊んでいたんだ」
「そうだったんですか」
「それでも飛行機乗りになりたくて、体鍛えて海軍に入ったけどな。兄貴達もびっくらこいてたよ」
その兄貴達も、陸軍兵士として中国戦線へ赴き行方不明。
飛行機乗りという、普通に考えれば一番早死にするはずの俺が、未だに生きている。
いつまで続くかわからないが。
と、そんな時。
「よう、お二人さん」
「あ、神崎中尉、どうも」
絹海は神崎中尉の顔を見ると、ツンと顔を逸らした。
神崎中尉曰く、「そんな彼女もまた可愛い」とのことだが……。
……俺も中尉と同意見だ、実は。
「あやとりに、お手玉……上手いねぇ、こういうの」
「これも所謂、昔取った杵柄ですよ」
俺は絹海が出したお手玉を、ホイホイと投げる。
「『晴嵐』の様子を見てきたんだけど、やっぱり綺麗だな、あの機体は」
「ええ、確かに」
艦載機である特殊攻撃機『晴嵐』。
特殊攻撃機と言っても、所謂「人間爆弾」ではなく、フロートのついた水上攻撃機だ。
爆弾か航空魚雷を搭載し、敵艦を水平・急降下爆撃、或いは雷撃する。
潜水艦に積み込めるよう、主翼や尾翼を小さく折りたたみ、艦が浮上したらフロートを装着して発艦するという構造だ。
その流線型の機体は確かに美しく、神崎中尉が惚れ込むのも当然だと思う。
「なんか、小島兄弟の様子がおかしくてな。『晴嵐』の前でぼーっとしてるんだよ、いつまでも」
「ああ、あの2人……空襲で家族全員亡くしたらしくて、それからずっと鬱ぎ込んでいますね」
小島兄弟は、『晴嵐』2番機の搭乗員だ。
兄・景太が操縦、弟・正次が航法担当で、腕は2人とも悪くない。
家族を亡くしたという知らせが入るまでは、冗談好きの明るい兄弟だった。
「そうか……どうしたもんかねぇ、あの様子じゃ、空に上がったとき危ないな」
「2人とも経験は豊富ですし、大丈夫でしょう。ちゃんと切り替えていきますよ」
「そうだといいが……。さて、少し寝てくるわ。じゃ ! 」
そう言って、神崎中尉は立ち去った。
「……何しに来たんでしょうか ? 」
絹海は、まだ妖怪呼ばわりされたことを根に持っているらしい。
まあ、無理もないが。
「あの人、子供の頃から妖精とかに会うのが夢だったそうだ。絹海に会ったときも、本気ではしゃいでいたんだろう。許してやってくれよ、本人も前に謝ってたし」
「でもあの人、なんかいつも不真面目で、軍人らしくないです……私たちはお国のため、天皇陛下のために、命を賭けて戦う武士のはずなのに ! 」
どうやら根に持っているだけでなく、かなり気に入らないらしい。
「鏑木少尉だって、そう思いませんか ? 」
「確かに、何を考えているのかわからん人だが……俺はあの人の凄さを知っている」
「凄さ ? 」
絹海は怪訝そうな顔をする。
「ああ。フィリピンでの話だ」
………
あの夜俺は、中尉の操縦する『瑞雲』の後部座席に乗っていた。
『瑞雲』は水上偵察機ということになってはいるが、偵察のみならず急降下爆撃も可能で、さらに20mm機銃と空戦フラップまで装備されている。
その時も両翼下に60kg爆弾を搭載し、米軍の艦艇を探していた。
「……おっ ! 」
隊長機が艦隊を発見したらしく、翼を振って誘導しはじめた。
俺達も後に続く。
俺は下方をじっと見ると、真っ暗闇の中に不思議な光が見えた。
夜光虫の光だ。
その光の中、紙を切り抜いたように、米軍艦の姿が浮かび上がっていた。
爆撃から逃れるために灯火管制を敷いても、あのような微生物の出す光まではどうにもならない。
「見えました ! 下方に敵艦隊 ! 」
「ああ、よく見える。行くぜ、鏑木」
「はい ! 」
米軍が気づいて反撃する前に、爆弾を投下する。
フロートの支柱に取り付けられたダイブ・ブレーキを展開し、急降下爆撃の体勢に入った。
狙うは、魚雷艇だ。
「高度3000 ! 2500 ! 2000 ! 」
俺は高度を読み上げる。
米艦隊に、明かりが灯った。
対空砲火を開始するつもりだ。
「上、一つ ! 撃ーッ ! ! 」
二つの60kg爆弾が投下された。
すかさず、反転して離脱する。
俺が後ろを見たとき、轟音と爆炎が上がった。
「命中を確認 ! 」
「よし、やったな ! 」
対空砲火をかいくぐり、離脱する。
「魚雷艇みたいな小粒じゃなくて、戦艦のど真ん中に250kgでも落とせれば、さぞかし痛快でしょうね」
「焦るなって、そのうち機会も来る」
その時の俺は、実戦経験もそれほど多くなかった。
この程度の戦果で浮かれ、敵機の接近に気づかなかったのだ。
「……ん ? 」
何か、エンジン音が接近している気がして、背後を振り向いた。
そしてようやく、米軍のP-38『ライトニング』が、射程距離まで迫っていることに気づいた。
「こ、後方に敵機 ! 」
刹那、発射音。
風防が割れ、俺の腕を弾丸が掠める。
頭の中に、お袋の顔が浮かび、俺は歯を食いしばった。
「後席、無事か ! ? 」
中尉に声に、はっと顔を上げると、P-38は俺達の上を通り過ぎ、宙返りして再度攻撃をかけようとしていた。
「い、生きておりま…… ! 」
俺は言葉を失った。
月明かりに照らされ、操縦席が血に染まっているのが見えたのだ。
「P-38か……逃げ切れる相手じゃねぇな」
痛みをこらえるような声で、中尉は言う。
確かにその通りだ。
双発のP-38は旋回性能が低いが、最高速度は日本軍機とは比べものにならないほど速く、『瑞雲』を200km以上上回っている。
「奴を墜とすぜ、鏑木……」
「し、しかし…… ! 」
いくら相手の旋回性が低くても、『下駄履き』の水上機で真っ向からやり合えるとは思えない。
しかもこちらは、操縦士が重傷を負っているのだ。
「来る ! 来る ! 来る ! 」
俺は後部の旋回機銃を操作し、弾をばらまいた。
だが、そんなものが簡単に当たるくらいなら、戦闘機などいらない。
「歯ァ食いしばりな ! 」
中尉の声と共に、『瑞雲』は突如横転急降下した。
体をGが襲い、機体が悲鳴を上げる。
闇の中、このような急降下をするとは、相手も予想しなかったのだろう。
P-38が頭上に見えたかと思うと、引き起こして後ろにつく。
そして両翼の、20mm機銃が放たれた。
光の槍のような弾丸の列が、P-38の主翼を真っ二つに折る。
金属片が、蛍火の如く闇夜に散った。
愕然としている俺の方を振り返り、神崎中尉は言った。
「………これで帰れるぜ。今度はちゃんと、見張っててくれよ」
……傷を負いながらも、中尉はいつものように笑っていた。
…………
………
……
「……帰還後、中尉は左足を切断した。俺は代わりに自分の足が無くなれば良かったとさえ思ったが……あの人は義足をつけて、笑って復帰したよ」
「……」
絹海は沈黙していた。
潜水艦と飛行機の違いはあっても、まだ実戦を知らない彼女には、想像を超えた内容だったのだろう。
「飛んでいるときのあの人は凄い。飛行機に乗っていないときとは、まるで別人だ。数多の戦場で生き残ってきたからこそ、あの状況で笑えたんだ。要するに、度量が違うんだよ」
絹海の体が、小刻みに震えていた。
そんなに衝撃的だったのだろうか ?
「……凄いです。それが、歴戦の強者というものなのですね」
彼女は笑った。
そしていつになく、力強い口調で言う。
「私も、そのくらいの度量を持った、立派な艦魂になれるように……鏑木少尉や神崎中尉、みなさんの命を守れるように、私の為せる全てを為します ! 」
「……そうか」
絹海はどこまでも純粋。
そしてどこまでも、しっかりとした信念を持っている。
彼女は本当に、美しい。
「よし。なら俺も絹海のために、俺の為せる全てを為そう」
「鏑木少尉……」
神崎中尉なら、ここで抱きしめて口づけくらいはするかもしれない。
しかし俺は……どうもそういうのは苦手だ。
「頑張ろう、できる限りな」
「はい ! 」
……日本に明日は無い。
絹海も分かっているのだろう。
だからこそ、俺も絹海も、己の心に誓った。
「何もできない」と「何もしない」は違う。
連合軍に降伏するにしても、少しでも条件を有利にできるように。
せめて目の前のものだけでも、守れるように。
俺達は誓いを立てた。
が、しかし……
翌日、俺は思い知ることとなった。
……戦争とは、始まりだけでなく、終わりまでも残酷であることを。
……
絹海
伊号第四〇〇潜水艦の艦魂。
名付け親は鏑木四郎少尉。
極秘で開発された艦であり、また姉妹艦とも離ればなれとなったため、孤独だった。
そのため内気だったが、鏑木や神崎と出会ってからは次第に明るい性格になってきている。
流水郎「さて、第二話でございます」
小夜「戦闘シーンが無いと寂しいからってことで、鏑木少尉の過去話を組み込んだ訳ね」
流水郎「うん、伊四〇〇潜は、実戦には参加しなかった潜水艦だからさ、史実に沿って書く以上はね」
小夜「ところで『瑞雲』ってどういう機体 ? 」
絹海「愛知航空機の開発した『瑞雲』は水上偵察機ですが、翼内には20mm機関砲搭載、空戦フラップ装備、そしてフロートの支柱に急降下爆撃用のエアブレーキを備えた万能型の機体として開発されました」
流水郎「その性能は水上機としては傑出したものだったが、高性能を求めた故に開発が長引き、実戦投入されたときには活躍の場は殆ど残されていなかった。フィリピンや沖縄でそれなりに戦果は挙げたらしいけどね」
絹海「航空戦艦『伊勢』『日向』に搭載する予定だったのですが、果たせずに終わっています」
小夜「なるほどね。私も名前くらいしか聞いたこと無かったわ」
流水郎「もはや、水上機自体が時代遅れになってたしな。『強風』よりも地味な機体だ」
流水郎「さて、次回もどうかお楽しみに」
絹海「テスト近いから、更新遅れるかもしれませんけど(汗」
流水郎「ちなみに、俺は「流水朗」ではありません。「流水郎」です。そこら辺宜しく」