表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

二、 激戦の記憶、そして誓い

第二話でございます。

8月14日。

攻撃目標であるウルシー環礁に近づいてきた。

環境の悪い潜水艦での長旅だったが、『晴嵐』隊員は全員、健康状態に問題無し。

後は無事にウルシー環礁を攻撃して、日本に帰れるか……。





「あっ、鏑木少尉 ! 」


絹海が俺に駆け寄ってきて、手に持ったあやとりを見せた。


「ほらっ、『二段ばしご』ができるようになりました ! 」


「おう、やっぱ上手いな、絹海」


潜水艦の中でも、日々の訓練は欠かさない。

そして訓練を大体終えた後は、絹海にあやとりを教えている。

絹海はこのような遊びをやったことが無いらしく、いつも大喜びだ。

本来ならこのウルシー環礁攻撃計画は、姉妹艦である伊号第四〇一潜水艦と共に行うことになっていたが、合流ができず、個別に行うこととなった。

元々極秘に開発されていた艦でもあるし、俺たちと会うまではさぞかし孤独だったことだろう。

今では最初に会ったときよりも、明るい性格になってきた気がする。


「次は、お手玉でもやってみるか ? 」


「はい ! 」


絹海は嬉しそうに、赤いお手玉を二つ取り出した。

これも艦魂の力らしく、簡単な物なら手元に『現す』ことができるという。


「……鏑木少尉は男の方なのに、どうしてこういう遊びが得意なのですか ? 」


「あー、それはな、威張れた話じゃ無いんだが……俺って結構色白で、背も低いだろ ? 子供の頃は割と体も弱い方で、周りの男子からはいつも仲間はずれにされてさ、いつも女の子と遊んでいたんだ」


「そうだったんですか」


「それでも飛行機乗りになりたくて、体鍛えて海軍に入ったけどな。兄貴達もびっくらこいてたよ」


その兄貴達も、陸軍兵士として中国戦線へ赴き行方不明。

飛行機乗りという、普通に考えれば一番早死にするはずの俺が、未だに生きている。

いつまで続くかわからないが。

と、そんな時。


「よう、お二人さん」


「あ、神崎中尉、どうも」


絹海は神崎中尉の顔を見ると、ツンと顔を逸らした。

神崎中尉曰く、「そんな彼女もまた可愛い」とのことだが……。


……俺も中尉と同意見だ、実は。


「あやとりに、お手玉……上手いねぇ、こういうの」


「これも所謂、昔取った杵柄ですよ」


俺は絹海が出したお手玉を、ホイホイと投げる。


「『晴嵐』の様子を見てきたんだけど、やっぱり綺麗だな、あの機体は」


「ええ、確かに」


艦載機である特殊攻撃機『晴嵐』。

特殊攻撃機と言っても、所謂「人間爆弾」ではなく、フロートのついた水上攻撃機だ。

爆弾か航空魚雷を搭載し、敵艦を水平・急降下爆撃、或いは雷撃する。

潜水艦に積み込めるよう、主翼や尾翼を小さく折りたたみ、艦が浮上したらフロートを装着して発艦するという構造だ。

その流線型の機体は確かに美しく、神崎中尉が惚れ込むのも当然だと思う。


「なんか、小島兄弟の様子がおかしくてな。『晴嵐』の前でぼーっとしてるんだよ、いつまでも」


「ああ、あの2人……空襲で家族全員亡くしたらしくて、それからずっと鬱ぎ込んでいますね」


小島兄弟は、『晴嵐』2番機の搭乗員だ。

兄・景太が操縦、弟・正次が航法担当で、腕は2人とも悪くない。

家族を亡くしたという知らせが入るまでは、冗談好きの明るい兄弟だった。


「そうか……どうしたもんかねぇ、あの様子じゃ、空に上がったとき危ないな」


「2人とも経験は豊富ですし、大丈夫でしょう。ちゃんと切り替えていきますよ」


「そうだといいが……。さて、少し寝てくるわ。じゃ ! 」


そう言って、神崎中尉は立ち去った。


「……何しに来たんでしょうか ? 」


絹海は、まだ妖怪呼ばわりされたことを根に持っているらしい。

まあ、無理もないが。


「あの人、子供の頃から妖精とかに会うのが夢だったそうだ。絹海に会ったときも、本気ではしゃいでいたんだろう。許してやってくれよ、本人も前に謝ってたし」


「でもあの人、なんかいつも不真面目で、軍人らしくないです……私たちはお国のため、天皇陛下のために、命を賭けて戦う武士のはずなのに ! 」


どうやら根に持っているだけでなく、かなり気に入らないらしい。


「鏑木少尉だって、そう思いませんか ? 」


「確かに、何を考えているのかわからん人だが……俺はあの人の凄さを知っている」


「凄さ ? 」


絹海は怪訝そうな顔をする。


「ああ。フィリピンでの話だ」




………


あの夜俺は、中尉の操縦する『瑞雲』の後部座席に乗っていた。

『瑞雲』は水上偵察機ということになってはいるが、偵察のみならず急降下爆撃も可能で、さらに20mm機銃と空戦フラップまで装備されている。

その時も両翼下に60kg爆弾を搭載し、米軍の艦艇を探していた。


「……おっ ! 」


隊長機が艦隊を発見したらしく、翼を振って誘導しはじめた。

俺達も後に続く。

俺は下方をじっと見ると、真っ暗闇の中に不思議な光が見えた。

夜光虫の光だ。

その光の中、紙を切り抜いたように、米軍艦の姿が浮かび上がっていた。

爆撃から逃れるために灯火管制を敷いても、あのような微生物の出す光まではどうにもならない。


「見えました ! 下方に敵艦隊 ! 」


「ああ、よく見える。行くぜ、鏑木」


「はい ! 」


米軍が気づいて反撃する前に、爆弾を投下する。

フロートの支柱に取り付けられたダイブ・ブレーキを展開し、急降下爆撃の体勢に入った。

狙うは、魚雷艇だ。


「高度3000 ! 2500 ! 2000 ! 」


俺は高度を読み上げる。

米艦隊に、明かりが灯った。

対空砲火を開始するつもりだ。


「上、一つ ! ーッ ! ! 」


二つの60kg爆弾が投下された。

すかさず、反転して離脱する。

俺が後ろを見たとき、轟音と爆炎が上がった。


「命中を確認 ! 」


「よし、やったな ! 」


対空砲火をかいくぐり、離脱する。


「魚雷艇みたいな小粒じゃなくて、戦艦のど真ん中に250kgでも落とせれば、さぞかし痛快でしょうね」


「焦るなって、そのうち機会も来る」


その時の俺は、実戦経験もそれほど多くなかった。

この程度の戦果で浮かれ、敵機の接近に気づかなかったのだ。


「……ん ? 」


何か、エンジン音が接近している気がして、背後を振り向いた。

そしてようやく、米軍のP-38『ライトニング』が、射程距離まで迫っていることに気づいた。


「こ、後方に敵機 ! 」


刹那、発射音。

風防が割れ、俺の腕を弾丸が掠める。

頭の中に、お袋の顔が浮かび、俺は歯を食いしばった。


「後席、無事か ! ? 」


中尉に声に、はっと顔を上げると、P-38は俺達の上を通り過ぎ、宙返りして再度攻撃をかけようとしていた。


「い、生きておりま…… ! 」


俺は言葉を失った。

月明かりに照らされ、操縦席が血に染まっているのが見えたのだ。


「P-38か……逃げ切れる相手じゃねぇな」


痛みをこらえるような声で、中尉は言う。

確かにその通りだ。

双発のP-38は旋回性能が低いが、最高速度は日本軍機とは比べものにならないほど速く、『瑞雲』を200km以上上回っている。


「奴を墜とすぜ、鏑木……」


「し、しかし…… ! 」


いくら相手の旋回性が低くても、『下駄履き』の水上機で真っ向からやり合えるとは思えない。

しかもこちらは、操縦士が重傷を負っているのだ。


「来る ! 来る ! 来る ! 」


俺は後部の旋回機銃を操作し、弾をばらまいた。

だが、そんなものが簡単に当たるくらいなら、戦闘機などいらない。


「歯ァ食いしばりな ! 」


中尉の声と共に、『瑞雲』は突如横転急降下した。

体をGが襲い、機体が悲鳴を上げる。

闇の中、このような急降下をするとは、相手も予想しなかったのだろう。

P-38が頭上に見えたかと思うと、引き起こして後ろにつく。

そして両翼の、20mm機銃が放たれた。

光の槍のような弾丸の列が、P-38の主翼を真っ二つに折る。

金属片が、蛍火の如く闇夜に散った。


愕然としている俺の方を振り返り、神崎中尉は言った。


「………これで帰れるぜ。今度はちゃんと、見張っててくれよ」


……傷を負いながらも、中尉はいつものように笑っていた。





…………



………



……



「……帰還後、中尉は左足を切断した。俺は代わりに自分の足が無くなれば良かったとさえ思ったが……あの人は義足をつけて、笑って復帰したよ」


「……」


絹海は沈黙していた。

潜水艦と飛行機の違いはあっても、まだ実戦を知らない彼女には、想像を超えた内容だったのだろう。


「飛んでいるときのあの人は凄い。飛行機に乗っていないときとは、まるで別人だ。数多の戦場で生き残ってきたからこそ、あの状況で笑えたんだ。要するに、度量が違うんだよ」


絹海の体が、小刻みに震えていた。

そんなに衝撃的だったのだろうか ?


「……凄いです。それが、歴戦の強者というものなのですね」


彼女は笑った。

そしていつになく、力強い口調で言う。


「私も、そのくらいの度量を持った、立派な艦魂になれるように……鏑木少尉や神崎中尉、みなさんの命を守れるように、私の為せる全てを為します ! 」


「……そうか」


絹海はどこまでも純粋。

そしてどこまでも、しっかりとした信念を持っている。

彼女は本当に、美しい。


「よし。なら俺も絹海のために、俺の為せる全てを為そう」


「鏑木少尉……」


神崎中尉なら、ここで抱きしめて口づけくらいはするかもしれない。

しかし俺は……どうもそういうのは苦手だ。


「頑張ろう、できる限りな」


「はい ! 」




……日本に明日は無い。

絹海も分かっているのだろう。


だからこそ、俺も絹海も、己の心に誓った。


「何もできない」と「何もしない」は違う。


連合軍に降伏するにしても、少しでも条件を有利にできるように。


せめて目の前のものだけでも、守れるように。


俺達は誓いを立てた。











が、しかし……


翌日、俺は思い知ることとなった。



……戦争とは、始まりだけでなく、終わりまでも残酷であることを。



……

絹海

伊号第四〇〇潜水艦の艦魂。

名付け親は鏑木四郎少尉。

極秘で開発された艦であり、また姉妹艦とも離ればなれとなったため、孤独だった。

そのため内気だったが、鏑木や神崎と出会ってからは次第に明るい性格になってきている。




流水郎「さて、第二話でございます」

小夜「戦闘シーンが無いと寂しいからってことで、鏑木少尉の過去話を組み込んだ訳ね」

流水郎「うん、伊四〇〇潜は、実戦には参加しなかった潜水艦だからさ、史実に沿って書く以上はね」

小夜「ところで『瑞雲』ってどういう機体 ? 」

絹海「愛知航空機の開発した『瑞雲』は水上偵察機ですが、翼内には20mm機関砲搭載、空戦フラップ装備、そしてフロートの支柱に急降下爆撃用のエアブレーキを備えた万能型の機体として開発されました」

流水郎「その性能は水上機としては傑出したものだったが、高性能を求めた故に開発が長引き、実戦投入されたときには活躍の場は殆ど残されていなかった。フィリピンや沖縄でそれなりに戦果は挙げたらしいけどね」

絹海「航空戦艦『伊勢』『日向』に搭載する予定だったのですが、果たせずに終わっています」

小夜「なるほどね。私も名前くらいしか聞いたこと無かったわ」

流水郎「もはや、水上機自体が時代遅れになってたしな。『強風』よりも地味な機体だ」


流水郎「さて、次回もどうかお楽しみに」

絹海「テスト近いから、更新遅れるかもしれませんけど(汗」

流水郎「ちなみに、俺は「流水朗」ではありません。「流水郎」です。そこら辺宜しく」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ