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一、彼女との出会い

初めての、本格的な艦魂小説です。

おそらく4話くらいで終わると思います。

--艦魂--



--海を征く者達の、棺に宿る魂にして、守護者--




--人の心を持った兵器は--





--美しくも悲しき、戦乙女--







… … … …


言うまでもないが、潜水艦の中は空気が悪い。

何せ完全に密閉されているのだから湿気が籠もるし、食べ物など放っておけば数日でカビが生える。

おまけに風呂にも入れない。

この伊号第四〇〇潜水艦も、それは同じだった。

だが、人の慣れとは恐ろしい物だ。

俺も今では、悪臭の満ちた艦内で鼻歌を歌えるほどに成長した。


「おい、鏑木」


後ろから声をかけられて振り向くと、そこにいたのは神崎中尉だった。


「これは中尉。お疲れ様です」


「ご機嫌そうじゃないか」


「はあ、別に機嫌がいいわけではないですが」


神崎中尉はいつも笑っていて、軍人らしからぬ飄々とした雰囲気を持つ人だ。

しかし左足を失いながらも、義足をつけて戦線に復帰した強者でもある。


「大分慣れてはきたが、早くウルシー環礁に着いてほしいぜ」


「俺もですよ。景気よく空飛びたい……」


……俺たちは飛行機乗り。

本来なら、潜水艦ドンガメとは逆の世界で戦う生き物。


この戦が始まるずっと前から、水上偵察機を搭載する潜水艦はあった。

日本では零式水上偵察機を1機搭載可能な、伊一五型潜水艦などがそれだ。

その発展型が伊四〇〇型潜水艦……「潜水空母」。

全長108.7メートル、排水量2.230t、水中では3.700t、そして理論上は地球一周半に相当する、長大な航続距離。

今の時点では、史上最大の潜水艦だろう。

そして、偵察機ではなく攻撃機を3機搭載しているわけだ。


神崎政次中尉は、その艦載機『晴嵐』の隊長。

俺……鏑木四郎はその後部座席担当。階級は少尉だ。


「ま、どの道……」


言いかけて、神崎中尉は口をつぐんだ。

何を言おうとしたのか、何となくわかった。


当初パナマ運河を攻撃する予定だったこの伊号第四〇〇潜水艦は、艦載機の開発が遅れたこともあり、作戦目標はウルシー環礁に再設定された。

だが現在、太平洋の制海権・制空権は連合軍が握っている上に、米軍の対潜装備は相当なものだ。

伊五八潜水艦が敵艦を魚雷で沈めてから、強力なレーダーを搭載した対潜哨戒機を使い、厳重に海域を警戒している。

ましてや、艦載機の発進時には嫌でも浮上しなければならないし、搭載している攻撃機も3機だけで、護衛もいないのでは、戦果を挙げられるとは思えない。

だが、それでも俺たちは軍人なのだ。

徴兵された連中と違って、好きで戦場に出た以上、どんな死に方をしようと文句は言えないのである。


俺は自分の額の傷をさすり、ふと溜め息を吐いた。




………夜に浮上して外の空気を吸っていたとき、近くの下士官たちが妙な噂話をしていた。


「聞いたか ? ネズミが出るって」


「ああ、なんでまた、こんな潜水艦にまでなぁ」


「けど、大地震の前にネズミが逃げ出すとか言うだろ ? ネズミが乗ってるってことは、この船は沈まないんじゃないか ? 」


「はは、かもな」


俺がぼんやりとそれを聞いていたとき、神崎中尉が俺の肩をポンと叩いた。


「鏑木、お前はあの噂、どう思う ? 」


「どう思う、って言われましてもねぇ」


「なあ、俺と一緒に、ネズミを捕まえてみないか ? 」


「はぁ ! ? 」


「な ? ウルシーに着くまで暇だしよ、気分転換にさ。俺、小動物結構好きなのよ」


……この人は本当に、何を考えているのやら……。

だがいつ死ぬかわからない身だ、思い出作りくらいしておこう。


「……わかりました。で、どうやってとっ捕まえるので ? 」


「それはだな……」


中尉は右手の人差し指をピンと立てた。


「……罠を仕掛けるのさ」




………中尉の指示の下、俺はネズミが出ると言われる辺りに、罠を設置した。

そして自分は、曲がり角に隠れている。

まず床に乾パンが置いてあり、それに細い糸をくくりつけてある。

ネズミが乾パンを見つけたら、糸を引っ張っておびき寄せ、とっ捕まえるわけである。


「……戦闘機乗りってのは、エリートのはずなんだが……」


生まれて初めて、自分の存在に疑問を持った。

近くを通りかかった乗組員からは、「よっぽどお暇なのですね。羨ましいです」と、思いっきり嫌味を言われてしまった。

母さんが知ったら泣くな、こりゃ。


そんなこんなで待つこと30分、神崎中尉がやって来た。


「よお、まだかからないか ? 」


「……はい、まだですね。そろそろ寝たいのですが」


「そうだな、俺が代わろう」


どんだけネズミを捕まえたいんだか。

……が、しかし。


「 ! ? 」


俺は自分の目を疑った。

艦の廊下を、女が歩いていたのだ。

歳は18くらいだろうか、美貌の中に子供のあどけなさが残っている。

そして、何か不思議な雰囲気を持っていた。

うっすらと、柔らかい光を纏っているような……


「か、鏑木……あれは……」


神崎中尉が囁く。

中尉も、その少女の姿に驚いているようだ。


「女が……なんで潜水艦に…… ? 」


俺は小声で尋ねてみた。


「うむ、もしかしたら妖怪かもしれない。化け狐とか」


「なんで潜水艦の中に狐が出るんですか ? 」


「それはわからん。だが、狐以外に考えられないだろう、こんなところに女がいるなんて」


確かにそうだ。

それにあの少女は、どうも人間とは思えない。

足があるのだから、幽霊とも違うだろう。


「ネズミ取りがキツネ取りになったぞ。眉毛に唾つけとけ」


「了解」


……少女は罠を訝しげに眺め、屈んで乾パンに手を伸ばした。

俺は、くいっと糸を引き、乾パンを引き寄せる。

少女はあたふたと、乾パンを追いかける。

神崎中尉に目配せをし、俺はどんどん糸をたぐり寄せた。

そして乾パンを追う少女が、俺たちの目の前まで迫ったとき……


「とりゃあ ! 」


「きゃぅ ! ? 」


神崎中尉が、片足が義足とは思えないほどの俊敏な動きで少女に飛びかかり、背中から腕を固めて押さえつける。


「どうだ化け狐、観念しな ! 」


「痛たたたた ! ! 」


少女は藻掻く。


「中尉、手加減を ! 」


「おっといけねぇ、興奮しちまった。女の子の柔らかい感触に」


……危ないよ、あんた。

ここは俺が尋問しよう。

戦闘機乗りの品格を落とさないために。


「乱暴な真似をして悪かった。あんたが何者なのか、教えてもらいたい」


「………」


少女は中尉の束縛から抜け出し、丸い目で俺をじっと見ていたが、やがて口を開いた。


「『晴嵐』搭乗員の……人達ですよね ? 」


「俺たちのことを知ってたのか ? 」


「……この艦に乗っている人は、全部知ってます……」


「ほうほう、随分前から憑いてたわけか」


神崎中尉が口を挟む。


「つ、憑いてたって……私は妖怪とか、そういうのじゃありません……」


「ってことは、化け狐じゃないわけか ? 」


少女が抗議したので、俺は訊いてみる。


「当たり前です ! ……私は、この艦の艦魂です」


艦魂……

聞いたことの無い単語だった。


「なっ……艦魂……だと ? 」


神崎中尉は驚愕の表情をしていた。

何か知っているらしい。


「そうか……艦魂……まさか実在したとは……」


「中尉、艦魂とは一体…… ? 」


俺は尋ねた。


「艦魂ってのはな……海の中から現れて船縁にしがみつき、船乗りに向かって『柄杓ひしゃくをくれ〜』と言ってくる……」


「ち、違います ! ! 」


少女が猛烈に抗議する。

ちなみに、神崎中尉が言ったのは多分『船幽霊』って奴だ。

死んだ船乗りの魂って話だが、要求通りに柄杓を渡してしまうと、その柄杓で船の中に水を汲み入れられ、船は沈められてしまう。

だから底の抜けた柄杓を渡すのがいいらしい。


「あっ、間違えた。道行く人に微笑みかけ、その美しい姿に見とれた男は、釣り針の付いた長い髪の毛に絡め取られるという……」


「それも違いますっ ! 」


今度のは多分、妖怪『針女』だろう。

そのまんまの名前だな。

とにかく、このままではキリがない。

しかも少女は泣きそうになっていた。


「艦魂ってなんだ ? お前さんの口から説明してくれ」


「……分かりました。確か……鏑木さん、ですよね ? 」


「ああ、そうだ。鏑木四郎、階級は少尉」


「では、鏑木少尉にだけ教えます」


少女は言った。


「えっ、じゃあ俺は ? 」


「貴方には……教えたくありません」


神崎中尉は完全に嫌われてしまったらしい。

この人は昔から妖怪とか、その手の話が好きだったが、今回ははしゃぎすぎだろう。


「じゃあ鏑木少尉、向こうの方へ行きましょう……」


「ああ」


俺と彼女は神崎中尉を置いて、誰もいない方へ移動する。

中尉は何となく寂しそうだったが、自業自得だから反省してもらおう。


「……で、艦魂とは ? 」


「艦魂とはその名の通り……あらゆる艦船に宿る魂にして、守護神です」


少女は小さな声で、そう言った。

付喪神つくもがみの類か ?

だが言うと怒るかも知れないから止めておこう。


「で、お前さんがその艦魂ってことか ? 」


「はい。……信じて、くれるのですか ? 」


「そりゃ、軍隊の潜水艦に女が乗っているとくれば……人間とは思えないしな」


俺がそう言うと、彼女は「そうですね」と、少し笑った。


「私たち艦魂は、戦艦、空母、巡洋艦、輸送艦、あらゆる船に宿るのですが、私たちの姿が見える人は限られているんです。私も見える人と会ったのは、初めてです」


「つまり、俺と神崎少尉は、見える人間ということか。何度か船に乗ったことがあるけど、会ったことはないな」


「はい、元から見えなくても……何かの拍子に見えるようになったりするんです」


何かの拍子に……

思い当たる節があったので、話題を変えることにした。


「お前さんの名前は ? 」


「え、名前………ええと………伊号第四〇〇、でしょうか」


少女はおずおずと言った。


「もうちょい、人間的な名前は無いのか ? 」


「それは……ありません」


そりゃそうか。

自分の姿が見える人間がいなければ、名前をつけてくれる人もいないだろう。

いくらなんでも「おい、伊号第四〇〇」とか呼ぶ気にはなれない。


「よし、俺が名前を考えよう」


「えっ……鏑木少尉が…… ? 」


「ああ、それなりに教養はあるつもりだし。いいか ? 」


「……はい、お願いします」


彼女が微かに笑って頷いたので、俺は「女の子」と「潜水艦」の両方を踏まえて考えてみる。


「…………絹という字に海と書いて、絹海きぬみ、ってのは ? 」


「絹海……」


「絹って字は、左側に『糸偏』、右上部は『蚕』を表し、その下に『月』という字がある。つまり、『月明かりに照らされて、より美しく輝く糸』という意味だ。お前さんの雰囲気に合っていると思うけど」


「月明かり……美しく輝く……」


彼女はそう呟いた後、嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます、その……凄く気に入りました ! 」


「そうかそうか、よかった。これから、宜しくな」


「はい、宜しくお願いします ! 」


絹海は、俺にペコリと頭を下げた。


こんな鉄の塊……兵器に宿る魂が、このような少女だとは。

皮肉なもんだ、と神崎中尉なら言うかもしれない。



俺もそう思ったが、口には出さなかった。





……

鏑木四郎

帝国海軍少尉で、本作の主人公 兼 語り部。

戦闘機乗りとしては背が低い他に、額に傷があるのも特徴。

温厚な人柄。


神崎政次

帝国海軍中尉で、鏑木とペアを組む『晴嵐』搭乗員。

左足が義足。

職業軍人らしからぬ、子供のような性格だが、その実力は…… ?



さて、第一話でございます。

絹海についての紹介は、次回に載せます。

実在した潜水艦ですが、結構オリジナル要素が入るかも知れません……。


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