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ガーデンズ・ストーリー  作者: 霜花
1/1

1.故郷を離れて

 宇宙に浮かぶ青い星。長く続いた「人間」による文明はそれを自ら「地球」と名付けた。

 しかしその「文明」はある「転換期」を持って消滅した。

 今やこの世は見た目人間の子供である、特別な能力を持つ「庭主」と呼ばれる者たちが優勢になっていた。


 突如存在するようになった「庭主」は各々何かしらの能力を持ち、その能力にまつわる「庭」と呼ばれる拠点を作る。

 例えば【氷像】という能力名を持つ庭主がいれば、氷の像や建物が並ぶ街ができるというように――

 「庭」の形態は人それぞれであり、一つの建物から大都会まで多様な種類が存在する。そしてそこには、庭主が召喚する各々の能力を継承した「妖精」と呼ばれる生命体が多く住んでいる。今やそんな庭がこの地球に数多く点在していた。

 

 「転換期」から二百年を迎える西暦二二一三年、庭主や妖精と「転換期」を生き残った人間の子孫は、共生の道を歩みつつあったとされていた。



  †



 森林地帯のとある村にあるちいさな病院。その一室でレイモンドはベッドで横になっていた。


 『昨日、ドルトファール州西部で突如落下した隕石について、当局は安全のため、州西部各地域からの退避勧告を発しました。この件について当局の『庭主・妖精省』によって現在引き続き調査が進められています。先月から起こっているこの災害について、現時点では市街地への落下は見られませんがすでに農牧地での被害は甚大であり、作物や畜産物の収穫量に大きな影響が予想されます』


 レイモンドは、そう報道されるテレビを見ていた。


 庭主と妖精が優勢を成す世界の中でも唯一この大陸は、生き残った人間が庭主たちと共に住んでいる地域が広がっていた。

 しかし強い異能を持つ庭主は、人間の脅威にもなっていた。

 この隕石騒ぎも庭主によるものであるとされている。たった十四歳の少年であったレイモンドにとって、庭主による人間への脅威は腹立たしいものになっていた。なにより今レイモンドの身に起こっていることも、庭主によるものだと聞かされていたのだから。


    †



「なんか質問はあるか?」


 この村に住む十五歳の少年、ダニエルが病室に来ていた。家業である服屋を手伝っているらしいが、まるで職人のような、模様の入った赤いバンダナがトレードマークになっていた。

 どうも彼は、ある理由でこの病院に来る患者の少年少女たちと交流するという目的で学校から地元の生徒を訪問させているようだった。


「特に何もない」

「そうか、退屈なら散歩でもすることを提案するよ。レゴーラみたいな都会と違っていろいろ目新しいものはあるかもしれないし。俺もレゴーラのことはよく分からないけど」


 レイモンドはレゴーラという、人口五十万人ほどの大きな都市で住んだ。州内では一番目の規模である。

 対してレイモンドが入院に際して移り住んだこのハイレンという村は、北は畑地、南は森林に囲まれる田舎である。人口は若干三百人程度である。


「まあ無理強いはしないよ、ゆっくりしてて」


 ダニエルは席を離して、病室を出た。


「俺はどうなるんだろうな」


 健康な彼が去っていく背中を見て、レイモンドは考える。



 レイモンドが患っている「病気」は、指先から骨や神経の機能を停止していくというものだった。いまだ死亡例はなかったが、進行した患者は寝たきりの状態になっていく。

 理由はまだ確かには分かっていない。ただ病原菌や公害物質によるものとは言われていなかった。


 ただ誰もが口揃えて予想している要因はあった。

 それは「庭主」という存在……。


 かつて五つの大陸があったこの世界では、「転換期」の際に四つの大陸となったが、人間が住んでいるのはその中で西部の広く位置する一つの大陸の南部とその周辺の島々だけである。「転換期」を生き残った人間の子孫およそ十億人はここで、人間と親しい庭主・妖精たち総勢およそ二十億人と共生をしているが、庭主たちみんながみんな人間に親しくしてくれるわけじゃない。容赦なく危害も加えていく悪い者も存在し、頭を悩ませていたのだった。


 十五歳のレイモンドにとっても、気が遠くなるくらいあまりに遠い昔の話であったが、庭主によって壊されていなかった、我が人類の世界というものに憧れるものでもあった。

 しかし結局は自分も庭主の脅威に勝てなかったのかもしれない……そうレイモンドは思った。

 今回レイモンドの身に起こってる「病」も庭主か妖精によるものだとされているからだった。



「散歩ねえ……」


 故郷と大きく違うこの村に対して、興味がないわけではなかった。

 今レイモンドが患う「病気」は二年前から流行っているものだったが、安静にした場合と運動した場合に体への影響に違いはなく、今では動けるうちは激しい運動をしなければ行動に制限することはなかった。


 レイモンドは考えた末、散歩に行くことに決めた。そのうち外へ出歩くことも出来なくなると考えたからである。



  †



「こんにちは、散歩ですか?」


 病院を出ると、突如声をかけられた。

 見た目十二歳くらいの、青毛の少女。病院の入り口を掃除していたらしい。

 レイモンドはただ、


「こんにちは」


 と返してその場を後にした。


 庭主とともに、レイモンドは少し妖精に悪い印象を抱いてしまったようであった。

 人間では白や黒など様々な肌の色、黒から金など様々髪の色などを持つが、青や緑といった、人間ではめったに生えてこない色の毛を持つことが庭主や妖精にある。また妖精は庭主同様見た目は子供である。

 庭主が召喚する妖精は大きく劣るものの庭主と同じ能力を持ち、古来庭主の配下として生きてきた。今やこの世界に住む「人」は妖精が大部分となり、各々の召喚元の庭主が、人類でいう「人種」のようなものとなった。



   †



 村の南東の方にあった公園で、この村で教会の塔に次ぐ展望台にもなっている丘でレイモンドは座り込んでいた。


「今日は風が強いな……」


 レイモンドは長めの髪をなびくのを感じた。時折横の髪が顔を覆いそうになって少し鬱陶しく思えてくる

 彼の長い髪について、何度か「ばっさり切ろ」と言われてきたが、しかしどこか愛着が沸いて一定以上の長さを切ろうという気になれなかった。


 物思いにふけながら町を眺めていると、どこかかから小さな、鐘か鈴の音がした。

 レイモンドはその音にさほど気にならず、ただぼーっと空を仰いでいた。

 しかしその直後に別の、穏やかにならない音が聞こえてきた。


「わあああっ!」


 子供らしき悲鳴と、微かに聞こえてきた落下音。


「……」


 レイモンドは迷った。自分のことで頭がいっぱいで動く気力はなくなっていたことが、ここ最近多かった。


「何かあったら心に悪いしな……」


 迷いの末、レイモンドは立ち上がった。少し様子を見に行こうとしたのだった。



   †



「この辺りのはずだ」


 公園の裏は、村南側の森が広がっていた。

 森口からは心地よい風が吹いてくるが、レイモンドにとってはどこか哀愁感が強く感じた。


「なんだあれは」


 少女がその高い木を登ろうとしていた。枝は一番低いものでも、二人の大人が肩車しても届かないくらい高い位置にあった。

 見上げると、さっきレイモンドが聞いた音源があった。それは帽子であり、いくつかの鐘が周りについ

ていた。


「あれが鳴っていたのか」


 その下に、さっきの声の主であろう子供がいた。子供と言ってもレイモンドとあまり背の高さに差は無さそうであった。


「なるほど、取ろうとしてるんだな……」


 少女はまた取りに登ろうとする。器用に踏ん張ってレイモンドの頭上くらいの高さまで登り切ってはいたが、すぐにずり落ちた。

 見ていられなくなり、レイモンドは彼女に声をかけた。


「あれを取ろうとしていたのか?」


 放っておけずレイモンドは声をかけた。


「ああ、そうだよ」


 息を切らしていた子供は健気に答えた。


「風で飛ばされちゃったんだ。私にとって大事な帽子なんだけどな」


 レイモンドは一度男の子なのか女の子なのかわからなかったが、少女的な高い声でなんとなく女の子なのかな、と思ったがやけに少年っぽい話し方をしていた。

 レイモンドは木を見たが、直接登るのは不向きであったように思えた。一番低い枝までの幹が長く、登

るのは難しそうであった。


「よじ登ろうとしても難しいんだよ、梯子でも持ってきてもらった方が良いかなと思ったんだけど」

「ダメなのか?」

「ちょっとやりづらいんだ。先週も屋根の上に飛ばされて怒られたばっかりだし……先々週もここで飛ばされたし……」


 そこそこ重そうな帽子に見えてなかなか飛ばされないだろう、と思ったがここは風が強いのだろうか。

 ふとレイモンドは病院で、「うるさい帽子」の話題が大人たちの間でなされていたのをうっすらと思い出した。もしかしたらこの子供がその女の子なのかもしれない。


「よし、俺がとってくるよ」


 レイモンドはそう言って、胸を幹に抱くようにくっつけた。


「え? 取ってこれるのか?」

「やってみる、ちょっと待ってて」


 レイモンドは子供のころによく木登りをしていた。

 上手いと自負はしていなかったが、レゴーラに広く作られていた自然公園の木々を、コレクション感覚で端から登っていこうとしたほど、よくやっていたことを当時の友人に少しは自慢していた。


「すごい……その手のプロの人か?」


 実際に登っていくのを見せるとと少女は言った。


 なんとか帽子の高さまで登り、帽子をそっと取った。すると帽子は音色を響かせた。


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