第一章 その七 行商人レックスの夢
大きな通りでこちらに向かってくる人物は背中に大きな荷物を背負った男だった。
そのまま通りをすれ違うものと思って目線を合わせないでいたが、男は俺たちに話しかけてきた。
「やあ、そこのお二人さん。俺はレックスっていう行商をやってる者なんだが、何か買っていかないかい?」
異世界のキャッチセールスである。
その男は年齢は三十代くらいだろうか。長く伸びた髪を紐で束ねていた。
何か欲しいのはやまやまだが、俺は無一文である。
未だにジャージ姿だが服を買うお金もないのだ。
「俺、今お金ないので……」
俺はその行商に丁重にお断りした。
「じゃあ物々交換でも良いぜ。何か対価になるものは持っているかい?」
押しが強い行商だ。さすがプロとでも言うべきか。ただで引き下がる気はないらしい。
しかし、悲しいかな。残念ながら俺は無一文どころか持ち物も無い。
持っているものといえば今着ているジャージだけだ。
だがこのジャージだけは死守せねばならん。これを手放したら俺は本当に終わる。
「対価になるものは持ってないけど、あなたにスキルを覚醒させる事は出来るよ」
俺はその男に言った。
「は?覚醒?スキル覚醒ってそんな簡単に出来るもんじゃないだろう。嘘じゃないだろうな」
「本当なんです。勇人さん、本当に覚醒スキルが使えるんです」
行商がまさかと疑いの態度を示すと、ミーナが俺をフォローした。
「じゃあ、試してもらおうか、結果次第じゃ考えてやるぜ」
俺はスキルを証明するため、行商人レックスに覚醒スキルを使う事になった。
「俺は今でさえ行商人をやってるけど、でっかい夢があってな。大きな店を持って大金持ちになるんだ。俺にはその運があると思っている。きっとすごいスキルが俺の中で眠ってるに違いないんだ。
今日がその記念すべき日になるはずだ。よし、来い!」
「覚醒!」
俺がレックスに向けて手をかざし、スキルを唱えた直後に脳内に知識が流れ込んできた。
――スキル名『透視E』を習得。物体を透視できる。――
直後、レックスが叫んだ。
「透視E!?え?俺のスキル透視E?しょぼすぎるだろ!」
レックスは相当ショックを受けたのか、愕然としていた。
自身に覚醒したスキルが相当お気に召さなかったらしい。
ご愁傷さまです。あなたのスキルは透視Eです。
レックスの運もどうやらここまでだったらしい。
「人生一発逆転の俺の夢が……。人生そんなに甘くないか……。これからは地道に商売をがんばろう」
人生そんなに甘くない。あるある話である。
宝くじを買う時は皆自分が当たると信じて買っている。自分には当たる運がある気がして妄想が膨らんでいく。
そして、最後には気付く。当たるわけないよねって。
まさに目の前の光景がそれだ。
ここで本当にすごいスキルが覚醒するという事も起こり得なくはない。
でも、なぜだろう。俺はこんなあるあるに妙に共感を覚える。
俺が勇者じゃないから?何の取り柄もないから?理由はわからないが、そんな異世界と元の世界との共通点に少しの安心感を覚えた。
「早速だがとりあえずこのスキルを試してみるか」
レックスはそう言い、スキルを唱えた。
「透視!」
レックスが俺、そしてミーナの順に目線を移す。
「お!薄っすらと下着が」
レックスがミーナを真正面に捉えながら言った。
「きゃあ――!変態!見ないでください!」
ミーナが叫んだ。
なんだ、なかなか有能なスキルではないか。
そう思ったのも束の間、ミーナが釘を刺してきた。
「勇人さんもこのスキル使ったら絶交ですよ!ぜっっったいに使わないでくださいね!」
「うん、もちろんわかってるよ。使わない使わない」
俺がやるわけないじゃないか風に涼しい顔で俺はミーナに返答した。
「ああ、お嬢ちゃんごめんごめん。ちょっと試してみただけなんだ。これは事故だよ」
ミーナは怒ったまま、ただレックスを睨んでいた。
事故だよと言われてもおそらく火に油だろう。
「まあ、一応スキルは本当に覚醒したからな。約束通り何かやるよ。何が欲しい?って言っても何でもやれるわけじゃないが……」
お礼に何かくれるらしい。スキルには不服なものの、律儀な対応だ。
「じゃあ、地図があれば欲しいな。この世界にほんと疎いので」
覚醒したスキルが大したスキルじゃなかったし、地図くらいが妥当だろうと思い、俺はレックスに依頼した。
「そんなもんで良いのか?あんた欲が無いな。ほらやるよ」
レックスからこの辺一帯の地図を受け取った。
これから旅をする上で地図は必需品だ。対価としては十分だろう。
「そういや、まだ名前を聞いてなかったな。俺はレックス。お二人さんは?」
「俺は勇人」
「私はミーナです」
レックスの質問に俺、そしてミーナが答えた。ミーナもやっと怒りが落ち着いたらしい。
「俺は旅をしながら商売をしているからな。またどこかで会うかもしれないが、そん時はまたご贔屓にたのむぜ。じゃあな」
レックスはそう言い残すと、俺達とは逆の方へ歩いて行った。
最後までお読み頂きありがとうございました。拙い文章ですが感想など頂けると幸いです。