第一章 その六 旅の始まり
館の入口でレイラと別れ、俺はこれからミーナと二人でケーブの街を目指す。
別れ際にレイラはミーナに『通信石』という石を持たせていた。
『通信石』はスキル『通信』を石に宿したものらしい。
遠方にいても会話が出来る。つまり携帯電話というわけだ。
宿した通信のスキルランクが高ければテレビ電話、つまり映像も送れるそうだ。
ただ、『通信石』は持っている方からしかアクセス出来ない。
また、あらかじめ登録した相手にしか発信出来ない。
例えば、ミーナが『通信石』を持っていて、俺が持っていなかった場合、ミーナの方からは好きなタイミングで遠方の俺と会話が出来るが、俺の方からは会話するタイミングを決めることは出来ない。
ミーナ、つまり『通信石』所持者からのアクセスを待つのみだ。
『通信石』が二つあれば良いのだが、そもそもスキルを物に宿した物自体が相当な希少価値の代物だ。
今回、レイラの方から通信したい場合は召喚精霊を使ってアクセスするそうだ。
見送っていたレイラが見えなくなる所まで進んだところでミーナが話しかけてきた。
「ケーブの街は山を下りた先にありますから、山道を下っていく事になります。たまに獰猛な野生の動物が出ることがあるので気を付けて下さいね」
俺にはわかる。こういうセリフはだいたいフラグである。ゲームのやり過ぎか、はたまたアニメの見すぎなのか、俺はそう深読みせざる負えなかった。
順調にフラグ回収をし、獣に襲われる俺の未来が容易に想像できる。
「そうなんだ。モンスターはこの辺には出ないの?」
俺はミーナに肝心な質問をする。モンスターが出たら動物どころの話ではない。RPGで言うとレベル1の俺が勝てるモンスターは弱いモンスター代表のスライムくらいしかない。しかも人を溶かさないスライムだ。
「この辺ではほぼ見かけないですね。でも現れても大丈夫ですよ。私が勇人さんを守りますから」
屈託のない笑顔でミーナが言った。
ほぼという事は百%出ないというわけではないらしい。
しかし、なんとも頼もしい少女だ。一方で初っ端から年下の女子に守られる貧弱な俺。
俺は勇者でも何でもない。ただ異世界に迷い込んだ一般人なのだ。
しばらく歩くと完全に山の中へ入っていき、鬱蒼と生い茂った木々の中を進む。
「勇人さん!」
ミーナが叫ぶのとほぼ同時に一匹の狼らしき動物が俺の視界が入った。
フラグ回収完了。これはあれだ。絶対押すなよと同じやつだ。
まあ、そんなコントみたいに気楽に考えている状況ではない。多分狼って丸腰の人間より強いだろう。
その狼らしき動物は今にも俺とミーナに襲い掛かろうと牙をむいている。
今の俺には烈風Eという虫も殺せないスキルしかない。
よし、無理。
二人で逃げよう。そう心に決めたタイミングでミーナの言葉が聞こえた。
「勇人さんは私の後ろに下がっていて下さい!」
そう言うと、ミーナは前へ一歩進みスキル名を唱えた。
「召喚!フルフル」
ミーナの召喚と共にフルフルと呼ばれる召喚精霊が姿を現した。
全身羊の毛のようなもので覆われた丸い球体が浮いている。
フルフルが出現すると、すぐに動物に異変が起きた。
狼らしき動物は動きが鈍くなり、ついには倒れた。
「これでもう大丈夫です。フルフルちゃんは『催眠』スキルが使えるんですよ」
「ミーナちゃん助かったよ。ありがとう。ごめん何の役にも立てなくて」
「全然構わないですよ!勇人さんを安全に街までご案内するのが私の役目ですから」
ミーナはフルフルに向けて何かを与えながらそう答えた。
「ミーナちゃん、それは……」
「あ、今フルフルちゃんにお礼のエサを与えてるんです。フルフルちゃんはお菓子が大好きなんですよ」
これが召喚精霊の対価というやつか。お菓子を与えるだけで『催眠』スキルを使ってくれるとは、この精霊コスパが良すぎる。
フルフルはエサを食べ終えると無言で帰っていった。
このフルフルは今までの精霊と違って言語を話さないらしい。
とりあえず今のが異世界転移後の初戦闘と言えるのかどうかは微妙だが、なんともしょぼい出だしだ。しかも俺は一切戦っていないという。
この先が思いやられる不安と、自分への情けなさでため息が出た。
「勇人さん元気出してください!きっとすぐに元の世界に戻る方法がみつかりますよ」
元気はつらつ。その言葉が似合う少女が俺に言った。
このなんとも言えない情けなさというものはミーナには伝わらないだろうが、その前向きなオーラと元気をもらい、俺は顔を上げた。
「ああ、ごめんごめん。無意識にため息が出てたみたいだ。ありがとう、元気出たよ」
俺たちは山を抜け、大きな通り道を進んでいると、向かい側から人がこちらに向かってくるのが見えた。
最後までお読み頂きありがとうございました。拙い文章ですが感想など頂けると幸いです。