第一章 その四 オルデン帝国
一夜明け、俺は書斎で目を覚ました。
そこはいつもの馴染のある自分の部屋ではない。
ああ、俺はやはり異世界に来てしまったんだ、夢ではなかったんだという現実を改めて突き付けられた。
昨夜見た夢ははっきりと覚えている。大神殿の一室での少年と少女?の会話。妙にリアルな夢だった。
ただ一つどうしても思い出せない事がある。
少年の名前だ。
俺はその少年の視点で夢を見ていた。
だがその少年の名前だけがどうしても思い出せない。
なぜだろう。少女の名前ははっきり覚えているのに。
俺は何かの手掛かりになるかもしれないと思い、レイラとミーナに夢の内容を話してみる事にした。
書斎を出て一階への階段を下りる所でミーナと目が合った。
「勇人さん、おはようございます。昨晩はぐっすり眠れましたか?」
「ああ、ミーナちゃんおはよう。よく眠れたよ。ただ変な夢を見てね」
「夢?ですか?どんな夢だったんですか?」
「すごくリアルな夢だった。レイラさんにも聞いてもらいたいから後でまとめて話すよ」
「わかりました。では後で聞かせて下さいね」
その後レイラも合流し、朝食の時間になったところで、レイラとミーナに昨晩の夢で見た内容を話した。
話を全て終えた所で、レイラが神妙な面持ちで言った。
「なるほど。フェイル教に大神殿か・・・。こことは異なる世界から召喚されて来た勇人殿がフェイル教の夢を見るというのはなんとも不思議な話だな」
「フェイル教とか大神殿って実際にこの世界にあるものなのか?俺はもちろんフェイル教なんて知らなかったし、大神殿なんて行った事は一度もない」
「フェイル教は確かに存在する。だが二十年前のオルデン帝国との大戦で敗北を喫して以来ほとんど壊滅したと聞いている」
レイラから衝撃の事実が告げられた。フェイル教は確かに存在したが既に壊滅していた。
そうするとあの夢は過去。誰かの記憶だろうか。あの少女は今どうしているのだろうか。色々な事が頭を駆け巡る。
「え?壊滅?しかも二十年も前に?じゃあ何で今更関係ない異世界から来た俺の夢に出てくるんだ?訳が分からない」
「もしかしたら勇人さんがこの世界に来た事と関係があるのかもしれないですね」
ミーナが的を射た言葉を言った。
普通に考えれば、この夢はこの世界に来る直前の声と深い関係があるだろう。
「確かにミーナの言う通り、勇人殿に覚醒スキルが発動したのも、この世界に転移したのもその夢に手掛かりがあると考えるのが自然だろう。特にその夢の視点となった少年が気になるな。勇人殿と同じ覚醒スキルを持っている点で、大きな鍵を握る人物である事は間違いないだろう」
「たださっきも言った通り、なぜだかどうしてもその少年の名前が思い出せないんだ」
「不思議ですね。何か、あえてわからないようにする力でも働いてるんでしょうか。でも、少女の方は探せば見つかるかもしれませんね」
少女なのか老婆なのか判断が難しい所だが、少女の名前ははっきり覚えてる。今も存在するのであれば会って話す事が出来るだろう。
俺は少女の手掛かりについて二人に聞いて見た。
「ルーテモーグっていう司教は今でもどこかにいるのかな?」
「わからん。なにせ二十年前の大戦以降フェイル教の話をほとんど聞かないからな。ただ当時三大司教の一人に歳を取らない少女がいるという話は聞いた事があった」
「私もフェイル教に関してはあまり詳しく知りません。お役に立てずすみません」
俺の投げかけに対し、レイラ、ミーナと順に答えた。
俺は話の中で一つ大きく引っかかる点があったのでレイラに聞いて見た。
「さっきレイラさんがフェイル教はオルデン帝国との大戦で敗北したって言ってたけど、何で敗北したのかな?だって、フェイル教には覚醒スキルを持った少年がいたんだろ?」
「確かにフェイル教にも覚醒スキルを始めとして強いスキルを持った者は多くいたのだろう。だがオルデン帝国は強大だ」
「『継承の剣』ですね……」
俺の質問にレイラが答え、ミーナがレイラの回答に続いて一言添えた。
「そうだ。オルデン帝国には代々王家に伝わる『継承の剣』というものが存在する。この『継承の剣』は剣の力によってスキルを人から人へ移動させる事が出来るのだ。これにより本来習得できないスキルを人から譲り受ける事が出来る。ただ、これは複製ではないので、移動元の人物のスキルは失われる。もちろんこの『継承の剣』を使用することで勇人殿の様に一人で二つ以上のスキルを習得することも可能だ」
「え?その『継承の剣』ってとんでもない代物だね。その話を聞いて、フェイル教が敗北したという話に信憑性が出てきたよ……。ところでスキルって剣とか物にも宿るものなの?」
スキルが物に宿るとしたら大変な事だ。なぜならそれは場合によっては誰でもスキルが使えるという事を意味するからだ。
「スキルは物に宿すことは可能だ。ただ物に宿す事は『生成』というスキルを持った者にしか出来ない。物に宿した場合、元のスキルの持ち主からはスキルは失われる。所持しているスキルが存在しなくなった場合、その人物のスキルは『無能』という状態になる。『継承の剣』は『継承』スキルを剣に宿した物ということだ」
無一文の装備品無しで異世界に転移してしまった俺が唯一心の拠り所にしていたこのチートスキル『覚醒』。このスキルで無双するはずだった俺の希望はもろくも崩れ去った。『覚醒』スキルを所持した少年が存在しながら敗北したフェイル教。『継承の剣』というとんでもないチートアイテムを持っているオルデン帝国に俺は恐怖を覚えた。世の中上には上がいる。それは元の世界でも知っていたし、RPGやアニメの世界でも言えることだ。
チートスキルがどうにかしてくれるんじゃないかという甘い考えは確実に今、俺の中から消えた。
「先程の話ですが、そのルーテモーグさんという少女の行方は掴めませんが、大神殿の跡地でしたら今も残っているはずですので勇人さんも大神殿の跡地に行けば何か手掛かりがつかめるかもしれませんね」
ミーナの言う通り、とりあえず今確実に手掛かりに近付けそうなのは大神殿しかなさそうだ。
「大神殿の場所ってここから遠いの?」
「ここからですとかなり距離がありますので、少々長旅になりますね……」
長旅。一日二日で着きそうな場所には無いらしい。ただ今の俺には選択肢が無い。
「勇人殿、昨晩言っていた元の世界に戻る方法だが、召喚精霊に聞いて見るという方法がある。手掛かりが掴めるかはわからないが試してみよう」
昨晩、考えておくと言ってくれていたレイラから一つの希望が提示された。
「レイラさん、ありがとうございます!ぜひお願いします」
俺はレイラに希望を込め、礼を述べた。
最後までお読み頂きありがとうございました。拙い文章ですが感想など頂けると幸いです。