第一章 その二 大召喚士様の御戯れ
「それでは夕飯の支度をしますね。勇人さんも一緒に夕食どうですか?」
ミーナが言った。
「え?良いの?ありがとう。そういえばこっちの世界に来てからまだ何も食べていなかったな」
時間の感覚が無いのでいつから食べていなかったのは正直曖昧だが腹は減っていた。
「では準備が出来たら呼びますから、書斎で待っていてください」
俺は異世界転移後初めて来た二階にある書斎に戻り、しばし時間を潰した。
時間があったので書斎を探索してみる。
本に書かれている文字はもちろん日本語ではないが、なぜか文字は読める。
俺にスキルが覚醒したことと何か関係があるのだろうか。
本棚に並んでいる本はほとんどが召喚に関する本だ。あとは精霊に関する本も多い。
召喚スキルが使えない俺に取っては宝の持ち腐れか。
トントンとノックの音が響き、ミーナから夕飯の準備が出来た事を告げられる。
俺は一階の食卓に移動した。
レイラは既に席についており、テーブルの上に料理が並べられていた。
料理は見た目は馴染のある西洋風の料理だ。馴染のある食卓風景で心底安心した。
ここでゲテモノ系の料理が出てきていたらどうしようかと思っていたところだ。
食事が始まるとレイラが俺に話しかけてきた。
「そちらの世界はどんな世界なんだ?こちらの世界とはやはり違うのか?」
「基本的には同じだよ。人がいて自然があって。でもスキルは誰一人持っていないし、精霊もいない」
「ほう、スキル持ちがいないのか。ちょうど良いのでこの世界での人類のスキルの起源を話そう。これは言い伝えを聞いた話なので真偽は不明だが、ある時突然覚醒スキルを持った人物が出現し、その人物を起点として多くの人類にスキルが備わっていったという。そういう意味では勇人殿の覚醒スキルは全スキルの中の本家のスキルなのかもしれないな」
「じゃあ、その人物が俺の世界にも出現していたら、もしかしたら多くの人類がこっちの世界と同じようにスキルが使えていたかもしれないってこと?」
「そうなるな。なぜそちらの世界には出現せず、こちらの世界に出現したのかはわからないが、その些細な差で世界が大きく変わるというのは興味深い話だな」
スキルのある世界、スキルの無い世界。全く違う世界が二つ存在している。もし元の世界でスキルが存在していたらと考えると想像の域を超えるな。
「ところで、勇人さんはこれからどうするつもりなんですか?」
ミーナが言った。
そう、冷静に我に返って考えてみるが、異世界生活を満喫している場合ではないのだ。なんとかしなければ元の世界に戻れず舞台裏でひっそりと最期を遂げるモブキャラになってしまう。
アニメキャラで例えると、おそらく断末魔を上げるところが出演のピークで、出演時間も数秒のモヒカンAという名前の名も無きチョイ役と大差ないだろう。
俺はダメ元で二人に聞いて見た。
「いや、それが全く見当がつかなくて……。まずは元の世界に戻りたいんだけど、どうすれば良いのか。今日この世界に来たばかりでこの世界の事も全くわからなくて、無一文で途方に暮れてる状態で。今日初めて会った方にこんな事言うのも勝手かもしれないんですけど、一緒に元の世界に戻る方法を探してくれませんか?」
少しの沈黙の後、レイラが口を開いた。
「……、そうだな。では私と一晩を共にしてくれたら考えよう」
「ちょ……え?今なんて?……いやいやいや、そ、そんなこ、心の準備があ!」
俺は顔を真っ赤にして取り乱しながらしどろもどろに手を動かした。
30歳になると魔法使いになれるという伝説の童貞を目指している俺にはこの発言は魔王の攻撃級に対処が難しい。
師匠、銭が無いなら体で払えって事ですか。目の前の女性は俺の師匠でも何でもないが、つい心の中でそう呼んでみた。
「ぶっ!師匠!何てこと言うんですかあ!?」
俺の反応とほぼ同時にミーナが飲みかけの水を吹き出しながら顔を真っ赤にして叫んだ。
「ふふっ、冗談だ」
さらっとした表情でレイラが言った。
「ちょっと師匠、悪い冗談はやめて下さいよう。心臓が止まるかと思いましたよ」
「すまん、すまん。ちょっと反応を試させてもらった。悪気はないんだ、許してくれ」
レイラが俺とミーナに目線を向けながら言った。
なんとも小悪魔なお師匠様だ。俺も心臓が飛び出すかと思ったぞ。
「まあ、それはともかく、元の世界に戻る方法だったな。少し考えさせてくれ。今日はもう遅いから明日改めて話そう」
食事も終わり、きりが良い所で三人は散会した。俺の今日の寝床はやはり二階の書斎らしい。
書斎とは何かと縁があるな。
俺は今後の展開に不安を抱きながら眠りについた。
最後までお読み頂きありがとうございました。拙い文章ですが感想など頂けると幸いです。