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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第四章 異世界の星
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89話 契約――

 レヴィの姿があったのは、屋敷の中心。二つに別れている屋敷の間に位置する、裏庭である。

 時折訪れるこの場所は、屋敷の人間の憩いの場である。


 それと同時に、使用人たちが掃除する中で、一番掃除しにくい場所であることも確かだ。メイド長であったアリスですら、一週間に二、三回しか掃除しないほどだ。


 その理由として、まず広さだ。屋敷の五分の一程もある故に、いくら箒で掃いても、次々にゴミが発生し、いたちごっこなのだ。

 第二の理由は、ベンチのある場所に、木が入り組んでいることだ。


「じゃあ、話を聞きたいんですけど」


「ええ、なんでも答えるわよ」


 レヴィとトオル、リルム、リーフェンスが集まったその丸テーブルは、木で出来ているにも関わらず、その感触はこの世界のものとは思えないほど触り心地が良い。


 三人がレヴィの方を向き、レヴィの口が開くのを待った。だが、レヴィはいつまで経っても口を開こうとはしない。


「……どう、したのかしら? 聞きたいことがあるなら聞いていいのよ?」


「あ……いえ、ちょっとごちゃごちゃしちゃって」


 レヴィの心は、表と裏がぐちゃぐちゃになっていた。今話してしまうと、自分が意図していない言葉がつい飛び出てしまう気がしたのだ。


「そう……後ででもいいのよ?」


「いえ、今お願いします」


 レヴィの真摯な眼差しに、リルムは息を呑む。両隣にいるトオルとリーフェンスでさえ、口を挟むことが出来ない重い雰囲気だ。


 概ね、レヴィが聞きたいことの目星はついている。レヴィの目を見れば、それは一目瞭然なのである。


「僕は……これからどうしたらいいんですか」


「……」


 真意の掴めない質問に、一同が黙りこくる。聡明なリルムでさえ、彼の放ったこの言葉の意味を読み取るのに、少し時間がかかった。


 リルムたちが予想していたのは、アリシアのことだ。彼女をどうすれば取り戻せるか、それを聞いてくるはずだと、目星をつけておいたのだが――。


「これから……どうすれば僕は、皆を失わずに笑顔でいさせられるんですか」


「それは……」


 予め考えていて、答えを用意していた質問ならすぐに答えられただろう。だが、今はそうではない。

 答えは今、ここで見つけなくてはならないし、その答えは暗闇の奥底だ。いや、本当は見つかっているのかもしれない。ただ、それを伝えるのが億劫なだけで。


「僕はもう、とっくに何かを捨てる覚悟は……自分を犠牲にしてもいい。その覚悟は出来ています」


「……いくつか、間違いを正すわ」


 空咳をしてから、リルムはそう言った。

 人差し指を上にピンと伸ばし、「ひとつ」と言って、その後に続けた。


「あなたが自己犠牲をする必要はない。これはあなたに限ったことじゃないわ。誰でもそうよ。自己犠牲をして、誰かを助けたってなんの意味もないわ」


「そうだぞ――」


 トオルが横から口を挟み、叫ぶや否や、リルムは手で彼の口を抑え、その後に続く言葉を切った。

 リーフェンスは未だ、何も言えない様子で、涙目でレヴィを見ている。


「ふたつ、まず、自己犠牲をして助けられても、ちっともいい気分にならないわ。皆が生き残ってこその戦いなんだから」


 その言葉に、レヴィは俯く。

 何かを反論する気持ちなど、微塵も湧かない。反論したとしても、レヴィに勝ち目などない。何故なら、リルムの言っていることは物事の本質を突いているから。


「みっつ、あなたはひとりじゃない。いつだって、どこだって、私たちが駆けつけて、一緒に戦ってあげるわ」


「……そう……ですよね。僕が、間違ってました」


 何も、言い負かされて悔しいなんて思わないし、間違っていないことを言われて感動したわけでもない。ただ、涙がポロポロと溢れてきて、丸テーブルの端がそれで滲む。


 そんな彼に、黙って見ていたリーフェンスがハンカチを差し出した。

 ――花柄のハンカチ。目付きの鋭い、凛々しい顔の割に、可愛らしいハンカチだ。


「レヴィ……泣かなくても」


「いや、泣くつもりは……なかったんだけどね……やっぱり……人がいないとダメだね……うぅ……」


 トオルが、慰めるように背中を擦る。

 服越しに伝わる、細いながらも筋肉質な背筋と、それに加えて、いくつもの戦いで出来た戦傷。そのひとつひとつから溢れ出す、心の孤独さ。

 なんとも曖昧で、確信の持てない感覚だが、トオルは確かに感じ取っていた。


「レヴィ様……私が、従いてます」


 レヴィの涙が収まると、リーフェンスが優しくレヴィの手を握った。

 その柔らかな人の温もりに、再び涙腺が崩壊しそうになる。

 細く綺麗で、しかし女性ながらも何人もの人々を守ってきたであろうその力強い指は、暫く経つまで、離されることはなかった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 日が暮れ始めた頃、漸くのことで気持ちの波が収まったレヴィは、ボロボロになりながら立ち上がり、リルムと手を結んでいた。


「ガヴェイン、いや、円卓の騎士は、レヴィ、貴殿のために力を振るおう」


「ありがとう、リルムさん」


 握手――なんて簡単な言葉では表せないほど重厚な契約を、その手で紡いだ。


 ――リルムが提示したのは、レヴィにとってはメリットしかない、都合が良すぎる故に極めて信じ難い契約だった。だが、レヴィがそれを信用するのに時間はほとんどかからなかった。


 彼女が提示した契約は、『レヴィの悲願を達成すること』。つまり、守り得る範囲でのレヴィ陣営の防衛。詳細については単純で、怪我ひとつ、塵一つ付けさせないという、これまたにわかには信じ難い契約。


 だが、これもまた、レヴィは信じざるを得ない状況に陥った。

 端的に説明すれば、リルムとレヴィが刃を交え、リルムが圧勝したのだ。今まで、全てを自分の力で解決してこようとしてきて失敗したレヴィからすれば、彼女は頼るに値する存在だろう。


 リルムの圧倒的な勝利は、そこらの木々を薙ぎ倒す程の威力と共にあった。

 なんとかそれを防いだレヴィだが、そこに出来た隙に入り込み、リルムが一本取ったのである。


「――普段慣れない口調で喋ると小っ恥ずかしいわね。これは契約だから、私は破れないように出来てるわ。契約を破ったり、放棄したりするなら、私には怒槌が落ちるわ」


「怒槌……?」


「神からのね」


 何も知らないレヴィを他所に、リルムはそう言って彼から目を逸らした。その瞳は、長い付き合いであるリーフェンスから見ても、憂いに染まっていた。


「……?」


「んなことよりリルムよ、なんであの時は屋敷ぶっ壊して、しかもメイドたち皆あんな風にしたんだ?」


 それはつい先日のこと。

 トオルが書庫から戻ると、廊下に使用人たちが倒れ伏し、屋敷が半壊になっていた時のことだ。

 緊急時だったために行動を共にし、意思を共にしたトオルでさえ、その真意は掴めていない。


 幸いなことに、致命傷を負っていない使用人たちは、なんとか治癒魔法で延命し、今はアブセルトたちとリハビリに励んでいるが、こうして死人を生き返らせ、レヴィと素晴らしい契約を結び、可愛らしい笑顔で輝く彼女があれほど人を無造作に切ったとは思えないのだ。


「それは……」


 何か意図があって。どうしてもそうせざるを得なかった状況なのか、それとも――。


「あれは私じゃないわ」


「――やっぱりか。おかしいと思ったんだよ。皆、ガヴェインの治癒魔法使いが治しちまったんだから」


 リルムがそうしたことをする人でないことは、トオルも分かっている。だが、本人の口からそれを聞けると、よりほっとするというものだ。


「でも……あれは私が――」


「いやぁ、凄かったんだぜ! レヴィ、お前は見てないだろうけど、傷口があっという間に塞がっていくんだぜ!? マジやばくね!?」


 何かを伝えようとするリルムの言葉を遮り、興奮を隠せないトオル。

 レヴィもまた、トオルの話に夢中になり、リルムの真意を汲み取ることは出来なかった。

 ただ、リーフェンスが隣から一言。


「まだ早い」


「……えぇ、そうね……」


 夕日に照らされたリルムの金髪が、風に揺れた。

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