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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第四章 異世界の星
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88話 聖者と堕者

 仰望師団の手に落ちたミーナが捕えられていたのは、帝都の郊外にある廃屋の中だった。そこは仄暗く、ほとんど光の差さないジメジメとした檻――仰望師団を捕らえた時のために作られた、特別な檻だ。


 “unknown”の素材を使い、容易に断ち切れないようにしてあるその檻の狭間から、ひとりの影が見えた。いや、ふたりか。


「……どしたの。ミーナをここから出す気になった?」


「馬鹿言わないでよ。君はこれでもリルムさんを凌駕した力の持ち主だ。そう簡単に出すわけにはいかないよ」


 檻の柱を掴み、ミーナは前後にそれを揺らす。ガシャガシャと揺れるその檻柱は、人間を超越した力によって少し曲がり始めている。

 早急に騎士ドルフに頼んで別のものに取り替えるべきか。


「うーん、その女の子は許嫁?」


「……なんで分かったの」


 油断していたレヴィに放たれた一言が、彼をその沼から這い上がらせる。

 人間をやめている――そういえば、今まで彼女たちが行ってきたことの全てに辻褄が合う。


 ただ、それは力や能力に関わることだけだ。人の意思を読み取ったり、見た人間の他人との関係性を暴くなんて、それはもう「人間をやめた」なんて範疇では済まされない。

 それこそ、ヴェリュルスのような「神」、もしくはそれに匹敵するものが関与しているとしか考えられない。


 隣に佇むリリィもまた、ミーナの一言に瞠目する。

 だがそれは、単なる噂の漏洩かもしれない。ミーナがその答えを「秘密」などと言わなければ。


「んー、秘密。それよりさ、君の精霊はなんて名前なの? 死んでもくっついてるって……相当な執着心だよ、お互いに。どうやったら精霊とそんな関係が築けるの?」


「……その前に聞きたいことがある。精霊って何なの? 僕はまだ分かってない。出来れば教えて欲しい」


 さっきから驚きの連続だ。

 リリィが許嫁であることを当てられただけでなく、精霊の話まで出た。

 レッカとの戦闘時も、その言葉は当たり前のように発せられた。


 精霊――帝都で言う精霊とは、普通はオーブのような、ふわふわとした青白い丸い玉のことを指す。

 だが、そんなものを見たものはいないし、見たという者がいたとしても、ほとんどが与太話だ。


 それほどまでに情報が確信に迫っていない状況で、その全容を知っているとなると、彼らはルーナ帝国外の人間か。それとも、彼らもよく分かっていないのにただその言葉を使っているだけなのか。


「精霊を知らずに使いこなすなんて、なかなかのやり手だね〜。まぁ、精霊っていうのは天界の死者だよ」


「天界の死者……?」


 先程まで黙ったままレヴィの袖を掴んでいたリリィが、漸く言葉を発した。

 特に何かを知っているわけでも、先の発言で何かを思い出したわけでもないが、何か心に引っかかるものが、彼女に渦巻いていた。


「天界って、おとぎ話のノヴァーテのこと?」


「勿論」


 天界ノヴァーテ。天空城とも呼ばれることが多いが、正式名称はそれだ。

 おとぎ話では、そこに絶対神とその妻であるアズリエルがいた。アズリエルの生涯は語られることが多いのに反し、絶対神に関しての文献はほとんど残っていない。生涯をどう生きたか、名前さえも分かっていないのである。


 神の話はここに留めておくとしても、天界には神以外の住民も沢山暮らしていた。

 その数、3000人程。有り得る話ではないが、その全員が死んでいたとしたら、彼らの命は全て精霊に――。


「だけど、絶対に彼らが精霊になるとは限らない。精霊になれるのは、物凄く綺麗な心を持った、本物の善人と呼べる人物か……」


「その逆……悪人」


「正解っ。まぁ、天界にも悪い人は沢山いたんだよ。それがミーナたちに憑依した〜……みたいな」


 言葉も言えず、ただ立ち尽くすレヴィのもとに、いつの間にか現れたドルフが物音も立てずに歩み寄る。


「またこんなに曲げて……」


「だって抜け出したいんだもん」


 彼はただ単に、腕力だけでひしゃげた檻柱を綺麗に直すと、レヴィの顔を覗き込んで言った。


「どうかしました? 大丈夫ですか? 王様」


「ぁ……いや、大丈夫だよ。ちょっと考え事を」


 そうやって誤魔化すが、ドルフはそれを見抜いた様子で口角を下げた。嘘をつかれるのはあまり良い気分ではない。それは、レヴィに限ったことではない。

 だが、王であるレヴィの嘘となれば、それは見破ってはいけないものかもしれないのだ。


 姿勢を戻したドルフが、リリィの隣に立ち、彼女に囁く。


「今晩、ジルギルドに来てください。大事な話がある……ありますので」


 物も言わず、リリィは彼の言葉に頷いた。

 きっと、レヴィの救いになることが聞き出せると思ったから。勿論、それがレヴィの行動の妨げになるもので、彼を脅かすものだとしたら、たとえ相手が仰望師団を指差しただけで屈服させることが出来るほどの力の持ち主だったとしても、彼女は全力で交戦するだろう。


 だが、ドルフの表情を見るに、そんな危険を犯すような雰囲気は見て取れなかった。

 穏やかで、しかし心のどこかでレヴィを心配しているような、どこかで見た――アリスのような面持ちだった。


「悪人……邪精霊は、その悪人の……?」


「そだよ。その証拠にほら、君と一緒。多重人格みたいにも出来る」


 ミーナはそう言うと、少し意識を失ったように後ろへふらつき、終いには倒れ込んだ。

 大丈夫かと、レヴィが声をかけるより先に、彼女は再び目を覚ました。

 だが、その顔つきは悪人のものではなく――。


「ぁ……レヴィ様? ……レヴィ様、た、た、助けてください! 悪魔が! 人殺しが! ――……とまぁ、こんな感じで」


「……」


 一瞬だった。その刹那、あの時の。第一次征伐戦のミーナが蘇ったように感じられた。否、蘇ったのだ。

 ずっと心の奥底に閉じ込められ、監禁されていた少女が外界の光をその目に映したその瞬間、時間が止まった。その一瞬は、この世の終わりほどに美しかった。


 これ以上にないほどの屈辱感と無力感に苛まれながら、レヴィは後ずさりした。

 ずりずりと、皮の靴が地面の埃を引きずっているのが分かる。


「どう……すれば……」


「どうすればもこうすればもないよ。ただ、今のミーナに“ミーナ”は倒せない。それだけだよ」


 自分が一度邪精霊に打ち勝つことが出来たからだろうか。それとも、邪精霊の乗り移った彼女の言葉を信じきれなかったのか。

 恐らく前者だ。

 自分が乗り越えられたからこそ、他の人間もきっと乗り越えられるはずだ。そうどこかで思っていた時点で、この絶望は目に見えていた。


 誰も、自分とは同じじゃないことを、そんな単純なことを認められないまま、レヴィは横に立てかけてあった鉄の棒を檻へと投げつけた。

 大きな金属音が鳴り響き、傷一つ付かなかった檻柱は、共鳴をやめた。


「なんで……そんなに強いんだよ」


「そりゃあ、天界のトップクラスの悪人の邪精霊を使ってるからだよ」


 もし、レヴィがあの時の拷問で、体内に埋め込まれた邪精霊が位の低いものだったら。

 そう考えると、周りが弱いと考えていた自分が情けなくなる。


 胃の奥から吐瀉物がせり上げるが、なんとかぎりぎりでそれを止めた。


「天界にも……そんなに悪い人がいたんだね」


「君のは記憶が曖昧なんだっけ? それとも共有してないだけかな? まぁどっちにしろ、良心なんてものは弱々しいものだよ。悪に染まった人の心は、世代を超えて伝染する。少なくとも、さっき言ったようにミーナには越えられない壁だよ」


 「君の」とは、恐らくヴェリュルスのことなのだろう。彼はあれほど自分を高めて見せてきたくせに、それでも悪には勝らないなんて。裏切りにもほどがある。


「まぁ裏切られたなんて思わないことだね。少なくとも君とその子は共依存状態。簡単には離れられないんだから、まぁゆっくり話し合うといいよ」


「……あの、さっきから何を言って……」


 話の筋が読めないリリィは、話の腰を折って戸惑いの表情を見せる。

 レヴィは彼女の手を掴み、ただミーナに言った。


「共依存じゃないよ。僕たちは本気で信頼しあってる。君みたいに、どちらかが主導権を握ってるわけでもない。一緒にしないでくれ」


「べーつに一緒にしてるわけじゃないんだけどね〜」


 ミーナの締りのない口調に苛立ちを覚えながら、レヴィはその場で翻った。

 戸惑いの表情のまま、手を引かれたリリィは、早足でその場から立ち去る彼の手を、ぎゅっと握った。



「――青春だね〜」


 レヴィが早足で立ち去った後、ミーナは呟いた。ミーナの過去を知ってなのか、“ミーナ”の表情は憂いだ。

 しかしそんなポーカーフェイスにも惑わされず、ドルフは冷たく言い放つ。


「ふざけるなよ。これからは俺がずっと監視してる」


「やーん、えっちぃ」


 体を捩らせ、どこか艶めかしさを醸し出すが、それは体が大人であればの話。いかにも幼女体型の彼女がそんなことをしたって、色気の欠片もない。

 そして生憎幼女に興味のないドルフは、目の下に出来た隈を擦りながら彼女に問う。


「うるせぇ。それにしても本当か? あのことは」


「あのこと?」


「とぼけんじゃねぇよ。昨日、拘束中に俺が聞いただろ。邪精霊の力が増すことはあるのかって」


 邪精霊の力が増す。元々強大で、騙しっこなしの真剣勝負なら、ドルフでさえ仰望師団をやっと止められるかというほどの力を持つ邪精霊。

 強大な権能の代わりに、物理的な力が弱いと言われたレイラとアブセルトを除けば、彼らの強さは殆どがミーナに匹敵するものらしい。


 そうなると、巷で噂になっていたレヴィの仰望師団殺し。それは単なる噂なだけかもしれない。


「あーね」


「んで、お前は答えた。……邪精霊の力は日に日に増していくって」


 薄く伸びた唇が、綺麗な三日月を描いた。


 日に日に増す力と、それに伴う権能の強化。それが本物なのだとしたら、例のアリシア・スパークスが本当に、仰望師団の元トップを殺せたのかと問われると、そこはまた判断に迷うところだ。

 帝都の魔女ともなれば、ドルフの力など屁でもないはずだ。自分と比べるのは些か傲慢だった。


「本当なら、お前は生き返ってそこから一年も経ってねぇ。なんでそんなに強いんだよ。邪精霊の質が全部ってわけじゃねぇんだろ?」


「えっとね、そこはめんどくさいからパスで」


 面倒といった言葉で済まされる状況――ではあるが、それによってドルフが激情して彼女を殺すなんてことも、ありえないことはないのだ。それなりに気を張ってほしいところだが、邪精霊の性質なのか、彼女は冷や汗どころか余裕の笑みだ。


「あーそうかい。じゃあ話は終わりだ。さっさと失せろ」


「失せろって言い方嫌だなぁ! でも、そろそろミーナちゃんに代わってあげないと可哀想かな?」


 細く伸ばされた目が、一瞬でくりんとした可愛らしい、女の子らしい目に変わる。

 それと同時に、得体の知れない狂気に蝕まれていたドルフが解放された。


「……ここは……れ、レヴィ様は……?」


 ――ミーナは、何も知らない恐怖に駆られた表情で、ただドルフを見つめていた。

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