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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第四章 異世界の星
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87話 帰還

 陣営の全員が、屋敷へと足を踏み入れたのは、早朝だった。

 かなりの距離を移動したが、行き程時間はかからなかった。騎士団が竜を連れて来たことが幸いした。


 竜に乗って帰る距離にしては、なかなか長い距離だったために陣営の皆は疲れ果てている。

 竜に乗らなかったトオルたちのメンバーも、竜乗りのメンバーが到着して間もなく同じように到着した。


 負傷者――リルムの片目は、たまたまその場に居合わせた治癒魔法が使える兵士によって完治した。

 後で話を聞いて分かったことだが、リルムはなかなかの手練だそうだ。彼女の障壁を破るとは、誰も想定していなかった。

 その高慢が積み重なって、リルムは負けた。つまり、油断さえしていなければ彼女はミーナに勝てたのではないだろうか。


 後から考えても無駄なことを、反芻する。



 レヴィの姿があったのは、大広間の一室。

 彼の前に座るのは、騎士団のメンバーたち。そして、レヴィの横に並ぶのは、いつものメンバー――アリスを抜いて、だ。

 今のところ、元からこちら側のリリィ。そして、生き返ったレイラとリイラ。それと、レヴィが知らないうちにこちら陣営に加わった、トオル、カオル、ハーク、リルム――話を聞くところによると、リーフェンスという少女もいるらしい。


 ララたち子供部隊は、疲れているだろうからというレヴィの計らいで、自室で休んでもらっている。


「多分、双方共に聞きたいことは山々だと思う。勿論、陣営内でもあると思う」


「それはそうだな……ですね! 王様は何か?」


「そうだね。一応、聞きたいのはひとつ。僕が死んでから、こうなるまでの経緯」


 死んでから――というのは、第三次征伐戦の夕方、あのシーガでの出来事のその後だ。

 あの直後からトオルたちが仲間になったとは考え難いから、きっとそこからの経緯を全て知っているのはリリィだけだ。


「死んでから……あの後、屋敷に帰るまでは覚えていません。アリスが走り去って、そこからレヴィ様も、アリスも見つけられませんでした。でも、やっぱり……死んでたんですね」


 これまでに見たことがないほど、複雑な気持ちを露にするリリィ。

 探しても探しても見つからなくて、泣く泣く竜車を走らせて帰った挙句、結局死んでいたなど、信じても信じきれなかった。


「ごめん、君だけは生きてほしかった」


「今回……だけですからね」


 今回だけ――そうは言われても、なかなか彼女を無意味に死なせる気にはならない。なってたまるか。

 だが、リリィの気持ちを優先したい気持ちも山々だ。

 こうして、同時にふたつの気持ちが混ざり合うと、レヴィは決まって頬をかく。


「それは……約束は出来ないな。ともかく、この……トオルくんたちがここに来た経緯は?」


「前半、ちょっと聞き捨てならない言葉が耳に入りましたが、取り敢えず話せるところまで話しましょうか」


 リリィが苛立ちを鎮め、話し出そうとした時、不意にトオルが手を上げる。

 この場の全員が彼を見た。

 それにも動じず、トオルは言った。


「リリィひとりに話させるにはちょっと辛い部分もあるだろうし、俺が話すよ。リリィも寝込んでたからあんま知らねぇだろ?」


「寝こ……」


 寝込んで、気分が鬱になっていたのは否めない。事実だし、レヴィに隠すことでもない。むしろ、「レヴィがいなくなってこれほど自分は心に傷を負ったんだ」という表現のひとつにはなる――かもしれない。


 レヴィが心配そうに、リリィの顔を覗き込み、訪ねようとした時。


「あー、大丈夫だよ。お前のためにもこうしちゃいられないって、そうやって治った……治った……? ……治ったのか?」


「治りましたよ。皆さんのおかげで」


 柔らかな微笑みが、先の戦闘で摩耗した心身を癒していく。レヴィもまた、彼女に微笑みかけ、その微笑みは全ての者へと伝わっていく。「王の力」なのか、「笑顔の力」なのか。

 ひとり、笑みを零さなかったリイラは、不思議そうな、もやもやを隠せない表情で騎士を見つめる。


 だが、トオルはそれには気付かず、次のフェイズへと話を進めた。


「まぁ、俺らが来たのはちょっとこの世界の秩序が乱れたってことなのかもな。何にせよ、俺らが路頭に迷ってるところをララたちが助けてくれたんだ」


「あの子ならそうするだろうね。ところで、トオルくんとカオルさんの出身地はどこなの?」


 禁句――と言うべきか、異世界もののラノベに付き物なのは、「異世界」が通じないという、極めて悪質なものだ。その世界の誰もが、もうひとつの世界だなんて根拠の無いオカルトを信じ込むはずがなく、だからといって誤魔化せば、詳細不明の変質者へと成り下がる。


 だが、ここではそのリスクを背負ってでも嘘をつく方がいいと、トオルの中の心は決まっていて――。


「もしかして、別の次元の人だったりして」


「へ?」


 唐突に、レイラの一言がトオルとカオルの胸を抉る。

 まさか、とは思った。

 それを認識する人間が、認識出来る人間が、この異世界にいたのだと。


 これは祝福か、それとも報いか。

 ここで、からかっているだけだろうと決めつけ、嘘をつき続けるのか、まともな話が出来るはずだと真実を告げるのか、トオルひとりでは判断出来ない。


 だからといって、目配せでカオルに言葉を送ろうとするが、彼女は彼女で固まっている。


「……違うの? 帝都には結構いるんだけどな〜。ボクも何回か見たことあるよ。その格好とか。結構不思議なもんだから、ね? レヴィ様?」


「そうだね。僕も何回かそういう人の家に訪問したことはあるよ。皆いい人ばっかりだったよ」


 これは責任重大だ。

 自分たちふたりの行いによっては、今まで培ってきた元世界の人たちの努力を水の泡へと葬り去ってしまうかもしれないのだ。


 まぁ、そこまで悪いことが出来るとは、自分でも思っていないし、そんな度胸も勇気もない。


「あ……あぁ、そうだ。俺らは異世界の……人間。疎まれねぇよな……?」


「大丈夫だよ、トオルくん。そういう人は何人もいる。それに、この国で差別はあまりない。心配無用だよ」


 レヴィの優しい語りかけと、彼の口から発された言葉に心底ほっとするトオル。

 まぁ、異世界人だからといって疎まれる筋合いなどどこにもないのだが、危惧すべき案件ではあったのだろう。


「おお、ありがとよ……話が逸れたな。まぁ何やかんやあって、ララが俺らを拾ってくれたんだ。その後、王権継承者? たちがいっぱい来たり、リリィとスティラが寝込んだり、リルムとあのピンクの女の子に襲われたり……ろくな事ねぇな!?」


 こうしてずらずら並べてみると、言葉にしたようにろくな事がない。

 異世界に来てから立て続けに騒動に巻き込まれるのがストーリーの基本だが、実際に体験してみると、それはなかなか辛いものがある。


「ごめんね、僕がいないばっかりに」


「いやいや、全然。気にすんなよ。おかげでいい体験出来たわ」


 彼の言う体験とは、リリィへの淡い恋心――恋心と言っていいものか、それに該当する淡い気持ちだった。

 だが、鈍感なレヴィは気付かない。

 他は皆、彼の目線の先などから察し、容易く見抜いていたのだが――。


「ボランティア的なこと? うちでは、使用人として働いてくれたらちゃんとお金は出すよ。勿論、看病してくれたことに対してのお金も」


「あー……いや、そういうのじゃなくてだな」


 つくづく思う。

 何故主人公格の男が、鈍感なのか。

 主人公がいて、ヒロインがいて、それを囲む三角関係なりいろんな関係。全てがストーリーだ。

 もしかすると、これもひとつの物語の中なのかもしれない――なんて仮説を立てるが、それは自分の頬を軽くつねるだけで容易く崩壊した。


「え? お金じゃなくて……? あ、そっか、トオルくんはお金目的じゃなくて、ほんとに良心だけでリリィたちの世話をしてくれたんだね。主人として? って言っていいか分からないけど、僕はとても嬉しいよ」


「……はぁ、レヴィ様。そこまでですよ。それより……」


 止まることを知らないレヴィの鈍感の権化は、レイラの一声によって止められた。


 単純に、そして簡潔にだが、レヴィが死んでからの経緯と、その結果が分かった。

 となると、残りのメンバーは何を気にしているのか。まず最初に皆が思っているのは、先程から目を伏せたり、目をこすったりして相手の顔を確かめ合っている、騎士とリイラだ。


「お姉ちゃんは何か聞きたいことがあるの?」


「え……っと、何か思い出せねぇんだよな……」


 リイラは頭を抱え、記憶を手繰ってその奥底に眠る真の記憶を呼び覚まそうとする。

 だが、どれだけ唸って頭をくしゃくしゃにしても、それは思い出せない。


「騎士くん、名前、聞いてなかったね」


「あ、はい。ドルフです」


 その時、リイラの肩がぴくりと動いた。

 それは微かで、ここにいる殆どの人間がそれを感知出来なかった。そもそも、する必要はない。


 リルムは顎に手を当て、首を傾げると、言った。


「ドルフ……ドルフ……? どっかで聞いたことあるような気がすんだけど……」


「あんたの名前は?」


 首を傾げたまま、記憶の引き出しをこじ開けていくリイラに、ドルフは尋ねた。

 リイラはそれに、体勢を変えずに返答した。


「アブセルト」


「あぶ……せると……」


 ――時間が止まったような、そんな感覚だった。ふたりが見つめ合い、何か、忘れたものを手繰り寄せ合うような、そんな不思議な感覚に呑まれる。

 手繰り寄せた記憶の糸は、どこかで交差したものの、それは刹那。一瞬で途切れ、ふたりの記憶は重なり続けることはなかった。


「わっかんねぇや。あ、皆には言ってなかったけど私、本名はアブセルトっつーんだ。まぁ、名前変わってもやることは変わんねぇから、その辺よろしく」


 そう軽い感じで「な!」とレイラの背を叩くリイラ――アブセルトの表情は軽快だ。

 レイラは彼女の動き回る手を払い除け、忠告するように言った。


「次余計なことしたらタダじゃ済まさないからね」


「……はいよ」


 脅すことに関しては、レイラはピカイチかもしれない。子供の癖に、やけに圧迫感を持っているし、口から発せられる言葉も辛辣で刺さるものばかりだ。

 仰望師団に所属していた時の、上司の育て方、もしくは周りの人間の影響だろう。


「じゃあアブセルトさん、もう騎士くん……ドルフくんのことはいいの?」


「いいっつーかなんつーか、思い出せねぇ」


「分かった。まぁ強制じゃなかったし、名前なんか付けるほど大層なものじゃなかったけど、これで終わりにするよ。他に誰か、聞きたいことがある人は?」


 レヴィがそう問うも、それに手を挙げたり声を上げる者はいなかった。

 ただ、レヴィの中にだけモヤモヤは渦巻いていて。


「じゃあ終わりにしようか。もう朝だけど、用事がないならいつまで眠ってくれてもいいよ」

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