84話 明日はまた
白――。白だ。白だった。
久しぶりに来た感覚。
懐かしい。
ただ、懐かしい。
「よぉ、レヴィよ。一ヶ月ぶりか」
白髪の青年が、剣を肩に担いでやってきた。
「ヴェリュルス。変わらないね。君も僕も」
一ヶ月ぶりの。そして、生と死を超えた先の再会だった。
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「うっせぇな……寝てるレヴィが起きちまうだろうが!」
「あー、そんなの気にしちゃ負け負け〜! もっと戦いを楽しまないと!」
大きな咆哮。それがマングローブ全体に響き渡ると、ミーナはそう言った。
きちんと対峙するのはこれが初めて。得体の知れない化け物に、トオルは震えた。
“unknown”だなんて、そうそう対峙するものではないと、甘い考えを持っていた過去の自分を殴り飛ばしたい気分だ。
かっこいい見た目に相反し、その素性は荒々しくて獰猛なものらしい。化け物の唸り声で全てを感じ取った。
「トオル、ここは私がいくわ。あなたたちはレヴィくんを連れて逃げなさい」
「おお!? ここでいきなり死亡フラグ立てんなよクソッ! あぁでも一応言っとくぜ! 屋敷で待ってるからさっさと帰ってこいよこの馬鹿リルムッ!」
どこかで聞いた。
この手の死亡フラグの後に、「生きて帰ってこい」などと付け加えると、生存率が少し上がると――そんなまやかしのようなものに縋るしかないが、それでもトオルは藁に縋った。
リルムが“unknown”の注意を引いている間に、トオルはレヴィを背中に背負い、即座に退散。少し気がかりだが、リルムを横目に一言、「頼むから勝てよ!」と叫び、その場を後にした。
復活してから間もないレイラ、リイラ、ララもまた、リリに手を引かれて、そのおぼつかない足取りでリルムの元を後にした。
残るはハークとカオル、リリィだ。
彼女らも即座に退散しようと、足を一歩踏み出した瞬間――。
「うふふ、ミーナちゃん頑張ってるわね。私も参戦しちゃうわ」
目の前に、凶星が降り注いだ。
その風貌は、暴力的な美しさで満ち溢れていた。綺麗な艶を持った黒髪と、白い肌のコントラストがまた素晴らしい、と、賛美の感想を送れるほどだ。
背の低い彼女は、平凡に可愛らしいカオルと違い、表情に色気がある。
そして、誰かに似ているような感覚。――そんな鑑賞タイムも、彼女の一蹴によって直ちに掻き消される。
「あなたも永遠に美しくなりなさい」
「永遠」を司る女。仰望師団の長が、戦場へと躍り出た。
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「あなたは……」
「名乗るほどの者じゃないわ。まぁでも、キャラが被っちゃうから先に言うけど、アルストロメリアと呼びなさい。そこのお嬢ちゃん、私の真似はやめなさい」
アルストロメリア。そう名乗った低身長、黒いドレス、黒髪の女――まさしくゴスロリと呼ぶべき彼女は、可愛らしくも色気のあるその声で言った。
リルムは彼女の目をしっかりと見つめ、言い返す。
「お嬢ちゃん扱いしてくれて嬉しいわ。実年齢より歳上に見られるから、この顔あんまり好きじゃなかったんだけど、そう呼んでくれるなら好きになれそう」
「あら、あなたとは仲良くなれそうね。ミーナ、私のものにしなさい」
「私のものにする」。意味のわからないその呼びかけに、さっきまで饒舌で、狂気に満ちていたミーナが、まるで操り人形のように瞳の生の気を失くした。
瞳は暗くなり、生き生きとしていた彼女はまるで――。
「承知……」
死んだ死神のように。
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防戦一方だ。反撃しようとするも、その暇がない。
トオルはちゃんと逃げられただろうか。そんなことばかり、脳内で反響する。
アルストロメリア本人は、何も危害を加えなかった。ただ、ミーナの無自覚に溢れ出した憎悪と、忠誠心。それらが彼女の心を無にし、壊し、操っている。
とめどない斬撃と魔法の衝撃に、リルムの障壁が悲鳴を上げる。キュルキュルと、攻撃を受け止める障壁が掠れた声を出すのは限界の証だ。
それを聞き取ったミーナ。目に宿る赤が更に濃くなり、最後の猛襲を繰り広げる。
「――ッ! ああっ!」
右左、と、左右にブレて切ったかと思えば、今度はありえない角度からの切り上げ。
そこまで剣同士の戦闘に慣れていないリルムは、障壁をありとあらゆる所に張り、それが破られたらまた張り直す。その繰り返しでカオルたちを守ることしか出来ない。
「ォソイ……」
ミーナが、溢れんばかりの魔力を両手に集中させ、剣でリルムの障壁を貫いた。
破れた障壁は空中に霧散し、ミーナが勢いを付けて突いたその剣はリルムの左目を穿った。
「くっ……ぁ……」
左目にしか刺さっていないはずなのに、視界は両方共に最悪だ。正直、何も見えない。
こういった怪我に慣れていれば、痛みにも耐えられたのだろうが、生憎リルムにはその経験があまりなかった。
「リルムさん!」
「よくやったわね、ミーナ。残りの女の子もやってしまって」
何が目的で、何の恨みがあってこんなことをするのか。そんなことを問う時間も暇もなく、ミーナはゆらりと動いた。
構え、貫く体勢。予備動作も十分にあった。だが、あのリルムが負けたことで、自信という概念が、リリィにはなかった。障壁を張る隙も、逆にこちら側からも何か攻撃が出来たはずだ。ただ、両腕をしっかりと掴む二人の少女、彼女らだけは命に替えても守り抜いてみせると、そう誓った。
ミーナの無機質な感情を乗せた剣が今、リリィの脳天を――。
「――…………ぇ」
リリィの頭蓋を貫くはずだったその剣が、綺麗な弧を描いてアルストロメリアの足元に刺さった。
「やめてくれ、ミーナ、母さん」
黒髪の青年。レヴィが、リリィの前に立っていた。




