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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第一章 帝覚
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8話 クズが選ぶ

「王城ですか?」


 気品を取り戻した声で落ち着いて言うのは、レヴィの従者、アリシア・スパークス。

 丁度今さっきまで、自分のしたことに対しての自責の念に囚われ、取り乱していたところだった。


「あぁ、質疑応答傍聴会があるらしい」


 質疑応答傍聴会。出席したことこそないが、父イヴァンの言い様だと、あまり良い雰囲気のものではないらしい。

 その証拠に、彼の証言と体力の浪費が見受けられる。


「質疑応答...今回の征伐戦、及び“unknown”に対してのですか?」


「そうだ。未だ謎の多過ぎる“unknown”の素性を少しでも民衆に伝えなくちゃいけない」


 今回の質疑応答傍聴会の開催目的は大きく分けて二つあるらしい。

 一つは“unknown”の素性を知るためのレヴィの証言を聞きたいから。

 二つ目は未だ彼らには知らされていない。


「そうですね。それにしても二つ目の理由が謎なのは解せませんね」


「まぁそう言うなよ。向こうの人達も知りたいことはいっぱいあるだろうしさ」


 何も心配はいらない、はず。

 そう信じているのはレヴィだけなのか、アリスはここ数時間の間、ずっとそれについて話している。


「私は見たことをそのまま吐くだけでいいんですか?」


「そう。二人分の証拠があれば、あの人達も信じざるを得ないからね」


 そう、二人分の証拠があれば、それは揺るがない事実となるのがこの帝都だ。

 元々人口の少ない帝都は、ひとりひとりの意見が重要視される。


「赴くのは午後二時。父さんはまだ王城にいるはずだから、今日は外出の報告はしなくていいよ」


「分かりました」


 そう言って、スカートの裾を摘んで律儀にお辞儀する姿からは、取り乱した乙女の姿は想像できない。


「質疑応答...傍聴会...か」


 大抵の質問には正直に話すことが出来ても、“unknown”を退けられた理由を問われると、そこは全く記憶がない。

 ただ、“彼”に意識を譲ったこと以外は。

 そこに触れられれば、正直に話すしかない。しかし、そんな話を誰も信じるはずがない。

 どうすれば分かってくれるだろうか。


「ん......分からん!」


 後は向こうに着いてから考えることにするとしよう。でなければ、もう頭が回らない。

 昨日から体力が限界なのだ。

 アリスの頬へのキスで少しは癒された気分だが。


「キス...か.........ダメだ」


 妄想の類も出来ないほど疲弊した頭と体。

 彼は、それらを休める為に寝るという選択肢をとった。

 ベッドに足から入り、体を覆う羽毛布団。

 朝も寝たはずなのに、と考えているうちに、彼の意識は夢に吸い込まれていった。


 だが、その選択肢の果て。

 彼が目を覚ましたのは出発の十分前で。


「レヴィ君!もう出発しますよ!」


 アリスの怒号が響くまで、それも耳元で響くまで、彼は夢の中を彷徨い続けていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「もっと早く起こしてくれてもよかったんじゃないか?」


「な、何を!?なんでモーニングコールまで私がしなくちゃいけないんですか!」


 そう言いながらも、アリスが世話好きなのをレヴィは知っている。


「だってアリスの声で起きる方が気持ちいいじゃん」


「―ッ!」


 もう、彼女の落とし方は目に見えて分かる。

 押すだけ。ただそれだけで、彼女は赤面する。それだけ、レヴィに心を囚われてしまったのだ。

 が、鈍感なレヴィはそれを感じ取ることができない。その仕打ちは、今までの悪戯のただのお返し程度にしか思っていなかった。


「それにしても、王城が近くてよかったな」


 とは言っても、質疑応答傍聴会が開かれる二分前に王城に飛び込んだのだ。

 周りの人達の目は冷たく、冷徹な意思を宿している。


「何か...目線を凄く感じるんですけど。私この席外したいです」


 そう言いながらも、席に着いたアリス。

 その目線の先には、厳格な表情で腕を組むイヴァンの姿がある。


「あ......父さんも怒ってる」


 軽く言っているが、勿論レヴィも責任を感じている。

 一般傭兵よりも力でも技術でも劣る王子が、彼らを皆殺しな状況下で生き残れるのか。

 冷徹な目線を放つ民衆は、皆がそう思っていた。


「レヴィ君...まさか自分の責任だと?」


「そう考えない理由はないだろ?次期王として、皆を率いて帰ってくるべきだった。いや、そうしないといけなかったんだ。でも僕は...僕は...」


 風の噂は恐るべき早さで街中に伝わる。

 まだ帰還から数時間も経っていないのに、新聞社は号外を出し、レヴィの無能さを語っていた。


「レヴィ君は悪くありません。ミーナさんの件については、私が責任を感じます。けど、傭兵達の死は必然でした。貴方が責任を感じる必要は...」


【次期王、レヴィ・ルーナ様、どうぞ前へ】


 アリスの言葉を最後まで聞く前に、傍聴会がスタートする。

 レヴィを呼び、前へと誘うのは、王の右腕である国家統員だ。


「じゃあ、行ってくるよ」


 それだけ告げて、レヴィは演台へ向かう。

 不完全燃焼した目で、何か言いたげなアリスは敢えて言葉を繋がない。


【それでは、まず最初に事実を述べてもらいます】


「事実?」


【はい。“unknown”に遭遇する直前からそれを退けた経緯、それから傭兵達について...】


「傭兵...」


 このやり取りに、アリスは本能的に危険を感じ取った。

 特に、傭兵という言葉に体を震わせる。


【どうかなさいましたか?】


 冷厳な統員の声が、拡声魔法によって室内に響く。

 その声は、レヴィを気遣ってなどいない。本気で彼を思っているのは、この場ではアリスのみだ。


「いえ......僕は、僕達征伐隊は、イアル街の崩落した教会へ向かう途中、突如“unknown”の奇襲を受けました」


 ここまでは、征伐戦の誰にも非がなく、それを理解しているらしい民衆。ふむふむと頷き、口を開くことはなかった。


「そして...僕が気が付いたのは奇襲を受けてから約...三十分程後です」


【その三十分の間に、彼らは命を落としたと?】


「はい」


 誰も、彼を責める気分にはならないらしい。

 彼らにも、良心は備わっており、非の打てない相手を甚振る程肝の据わった人間はいなかった。


「そしてその後、アリス...アリシア・スパークス。僕の従者であり、“魔女”と呼ばれる彼女が蛇型の“unknown”と交戦」


「一人で戦わせたのですか?」


 冷厳な統員の声ではない、しゃがれた声。

 声を発したのは腰の曲がり、眉毛で目が見えなくなった老人だ。


「...最初は。彼女は僕に逃げろと言いました」


 その言葉が、民衆の導火線に火を着けた。

 話を最後まで聞こうとしない彼らは、怒号をあげた。


「王たる者が逃げた!」

「それも従者に一人で戦わせて!」


 口々に言葉を発する彼らは、勢いの消沈を知らない。ただ喚くだけの一般民衆に過ぎない。

 だから、彼は言い返そうとした。

 「僕が、“unknown”を退けた」と。

 だが、それは叶わない。


「......」


 黙りこくったレヴィに、更に非難の声があがる。

 それもそう。退けたのは“僕”ではなく、“彼”である。

 また、この話を続けていけば、必ずそこに論点がズレてしまう。

 事実を、話せない。


【レヴィ様】


 再び冷厳の声がレヴィの心を抉る。

 真実を、言って信じて貰えるだろうか。


「あぁ...アリスだけなら...」


「?」


 小さな声で呟いたそれは、拡声魔法を通さずに消失する。

 アリスだけなら、彼女だけは信じてくれる。そう、信じている。

 ならばどうする。

 “彼”の尊厳を踏み躙り、自身の立場を守り抜く。最低な選択である。


「......」


【レヴィ様、証言を】


「最初は、アリスだけが“unknown”と交戦。でも、退けたのは...僕だ」


 その言葉に、民衆はざわめく。

 話を最後まで聞かなかった所為で、話の転換具合についていけない様子。


【...その経緯を】


「はい、信じられないとは思いますけど...僕に...“何か”が乗り移りました」


 会場がざわめきを止め、全員が言葉を失う。

 その中、見えない場所でレヴィの手は、震えていた。

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