82話 狂ったマリオネット
「――レヴィさ……ま……」
「……おはよう、リリィ」
辺りは沈黙した。
目覚めたレヴィを、まじまじと眺めるいくつかの目線。
帝国の王が、目覚めた。
「れ……れ……っ!」
「り、リリィ?」
突然、レヴィに抱きつくリリィ。咄嗟の行動に、レヴィは対応しきれず、彼女の勢いに負けて後ろへと転がる。
静寂を破る衝撃音。それだけが、ハークのボロ家に響き渡る。
「――っ! あなたが! あなたがいないからリリィは!」
「……」
感動の再開――とは恐らく呼べないのだろう。生き返ったレヴィもレヴィだが、リリィだって言いたいことが山々なのは致し方ない。
レヴィを、力なく叩くリリィの表情は、喜びと悲しみ、そして怒りが交わった、複雑な表情だった。
「あなたがいない間に! あなたがいないから! 何が起きたか……! アリスだって死んじゃうし! ララちゃんも死んじゃうし! 屋敷は……こわ……されるし……えぐっ……」
涙をポロポロと零し、涙と怒りで顔をくしゃくしゃにするリリィは、レヴィの感情などいざ知れずにものすごい剣幕で捲し立てる。
レヴィは押され、ただ唖然とした表情でリリィの叫びを聞くことしか出来ず、あまりの自責の念に目を伏せた。
「……ごめん」
「ごめ……ごめんじゃ……ないんですよ……! なんであの時リリィだけ……うっ……置いていったんですか!」
あれは仕方なかった。どうしてもリリィだけには生きてほしかった――なんて、建前やこの場で思いつく嘘ならいくらでも言える。
だが、リリィはそれを望んでいない。欲していない。
ここで嘘をついてはいけない。どこからか、そんな言葉が聞こえてくる気もした。
「……あれは……」
「リリィが……役立たずだからレヴィ様は……」
「ち、違う! あの戦力比なら、僕はリリィを守りきれない! アリスだって、多分そうだ……だから……リリィには生きてほしかった」
――嘘じゃ、ない。そう、何度も自分に言い聞かせた。
リリィには本気で生きて帰って、笑顔で自分の帰りを待ってもらうだけでよかった。
結果、こうしてリリィに危険を犯させて、レヴィはむざむざと蘇った。男として――いや、人として失格だ。
「生きて……ほしかった……? だからってあんなこと……しないでいいじゃないですか……」
「リリィ……僕は――」
「はい、ストップ〜。ちょっと俺も生き返らせて話したい相手いるから、話なら外でしてくれ。後が詰まってる」
レヴィの話の途中で、トオルが険悪な雰囲気を破り捨てた。
見たことのない面子に、レヴィが言葉を詰まらせ、リリィはその言葉に何かを悟った様子で、レヴィの腕を掴んで家の外へと彼を引っ張り出した。
「お兄ちゃん、それは……」
「……もうちょっと感動の再開だったら、俺も黙って見てるけどよ、生き返って早々軽い喧嘩なんかされたら、こっちサイドも気分悪くなるだろ。それに、俺だって……」
トオルの言い分はごもっともだ。
最初の蘇生者がこの有様だと、後に続く蘇生者も、こちら側にいる面子も皆、居心地が悪くなる。
トオルの最後の一言の悲痛さ、そしてその中に垣間見える期待感、焦りに気付いたカオルは、言葉を潜めた。
「じゃあ、次は誰にする? これから失敗ってことはないだろうけど、今のところひとつ失敗してるからね。アタシも驚きさ」
「――」
ハークが唯一認めた失敗。それは、本当なら復活させるはずだった7人の新しい体のうち、ひとりの体を生成出来なかったことだ。
魔女と畏れられ、その素性が全て闇の中に葬りさられた少女。その名も――。
「アリシア・スパークス。彼女だけは、蘇らせることが出来ない」
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辺りは再び満潮で水浸しになっていた。
マングローブの全容を初めて見たレヴィは、今までの話の内容が忘れるほど見入った。
だが、そんな呑気な感情も、すぐにリリィによって引き戻される。
彼女の表情は、先ほどと比べるといくらか怒りが減ったようにも思えるが、その分辛さが増したような表情だ。
「……ひとつ、言っておくよ。ごめん。僕とアリスの。いや、僕の独断専行で、リリィを竜車に置き去りにしたんだ。本当に、ごめん」
「……まぁ、あなたが生き返って、こうやって感情を持って話せるようになったから別に、いいんです。ちょっとさっきはカッとなっちゃって……リリィの方こそ、すみませんでした」
お互いに、自分の犯した間違いを認め、相手のことを受け入れた。
そうすると、自然とリリィの顔にも、レヴィの顔にも笑顔が生まれてくるものだ。
「僕がいない間に何かあった?」
「ええ、それはとっても」
そう、リリィには話さなくてはならないことが。この国を治める王であるレヴィに、しっかりと伝えないといけないことが沢山あるのだ。
それは良いことであったり、時に悪いことであったり。全体的に見ると、悪い出来事の方が多かったような気もする。
「王権を狙って気持ち悪い男は沢山来るし、さっきのトオルさんとカオルはリリィのお世話をしてくれましたし、五姉妹はきっちりと仕事をこなすようになって……でも、屋敷が奇襲にあって……なんかもう、ごちゃごちゃでしたよこの一ヶ月」
「そう……」
もう言っている間に生き返るから忘れるべきなのだが、ララが死んだことへのショックを、未だ隠せないリリィ。
彼女の死に際に立ち会わせてはいなかったが、彼女のことを思い出すと、凄く胸が痛く、苦しくなる。
レヴィもそれを察し、自分の胸に手を当てる。じんわりと冷たい何かが、胸の奥から迫り上げてくる感覚が、いつになく気持ち悪い。
「レヴィ様、リリィに隠してることはもう……ないですか?」
「隠してること? それはどういう……」
あまり隠し事をしないタイプのレヴィは、物事を隠し通すことが得意ではない。むしろ苦手だ。
ただ、超常的な隠し事でない限り、だ。
彼女の言葉が鍵となり、ふと思い出す彼のこと。
胸の奥に、頭の片隅に、心の真ん中に寄り添ってくれていたあの青年の存在が、今更じんわりと輪郭を帯びて――。
「ヴェリュルス――」
「ぇ……」
呼びかけた。心の中で、何度も反芻する。
――ヴェリュルス。ヴェリュルス。ヴェリュルス。ヴェリュルス。
だが、一向に返事はない。
ただ、心の中で虚しく声が反響するだけで、次第にその声は薄れて、消えた。
「ぁ……」
「レヴィ様!?」
立つ力を失くしたレヴィは、膝から崩れ落ち、自然と溢れ出た涙を地面に零す。
どこから、これほど涙が現れるのかというほどに溢れるそれは、地面に水溜りができそうなほど。
「ヴェ……ぁ……もう、いないのか?」
「レヴィ様、どうしたんですか……」
ヴェリュルスのこと。彼との思い出を思い出すほどに、もうひとりの輪郭が、再び輪郭を帯びてそこに顕現する。
アリシア。アリスだ。
「あ。り、す……」
目に見えない、恐らく幻覚であろうそれを掴もうと、手を握ろうと、抱き寄せて貰おうと手を伸ばし、上体を傾ける。
だが、彼が掴んだものはリリィの手のひら。そしてリリィに倒れかかった。
――違和感だ。アリスと違う、異物感。たまらなくこみ上げてくる吐き気と、この世の全てに対する拒絶反応。それらが混ざり合い、胃の中でごちゃごちゃになり、脳みそが絡まり、腕がほつれ、足がもげる感覚。
まるで操り人形になったかのように、レヴィの脳内はゼロで満たされていた。
「レヴィ様っ! 誰か! 来てください!」
「あぅ……」
瞳が上を向き、視界に何も入らなくなる。
綺麗だったレヴィの顔立ちが、段々と悪魔のような表情に変貌して――。
彼の意識は無に落ちた。




