81話 最醒の帝
ネクロマンサー。別名死霊術師とも呼ばれるその生業は、死者の魂を管理し、色んな用途に使う――簡単に言うと、魂の管理者。
そのネクロマンサー――リルムは、薄い唇を伸ばしてハークに向き直る。
「魂さえあれば簡単よね? 魔術師さん」
「ふっ、そうね。体を作り出すだけなら五秒で出来る。容易い仕事よ」
まさか、こんなに簡単にことが進むとは思っていなかった。
いつの間にか口をぽかんと開けていたカオルは、そのだらしない唇を噤んだ。
兄であるトオルの運の良さと呼べるだろうかそれに感心しながらも、カオルは心底不満だった。
ここまで用意周到に準備してきて、それでもハークは応じてくれなかった。なのに、トオルという存在がいるだけで、これだけ事態が急進した。
自分が役立たずだと再確認すると同時に、トオルへの尊敬の念が深まる。
「やっぱりお兄ちゃんは凄いや」なんて、勘違いを起こすほどに。だって何せ、ここまで事態が変化したのは、トオルのおかげもあるが、ほとんどはリルムの功績がほとんどだ。
トオルに尊敬の眼差しを向けるのは間違いなのかもしれない。
「……? どしたカオル?」
「ふぇ? いや、何もないよ……」
いつの間にかトオルを凝視していたことに気付き、カオルは慌てて手を振り振り、誤解を解こうとする。
トオルはそんなこと、何も気にしていないといった様子でカオルから目をそらすと、再びハークに言った。
「それで、体を作り出すだけなら失敗はしねぇのか? 人数が増えただけに、ここで全員巻き込まれると流石にたまったもんじゃない。巻き込まない確証があるなら、どうか頼むよ」
「ぷっ!」
慎重に慎重を重ねるトオルの姿勢に吹き出し、笑い声を上げながら悶絶するハーク。
「あははっ! 似通ったものに見えて……ぷっ……くくっ……全くの別モンだよ……くくっ……」
「そ、そうか……」
何がそんなに面白かったのかと聞きたくなるほどに笑い転げるハークに、トオルは哀れみの目を向けることしか出来ない。
そもそも、魔術師のことなんか知らないし。そもそも、異世界召喚されてからまだ一ヶ月ちょっとだし。そもそも、兄妹で異世界召喚なんてありえるのか――と、全ての問題の原点へと回帰する思考回路。が、考えても無駄なことだ。
今考えるべきことは皆無に近い。
ほとんどのことを、主要人物であるリルムとハークがやってくれる。
「それで? 魂はあるの?」
「ここにあるわよ」
リルムが羽織っていたコートのボタンを外し、大きく広げる。
そこに見えたのは、沢山の虫篭のような小さな檻と、その中に蠢く紫だった。蠢くその小さな紫は、見たところ蛍のようにも見える。ただ色が違うだけのようなそれに、目を奪われてしまう。
「……これまた、純なものばっかり集めやがって……」
「これでも私、魂マニアなのよ? 純なものしか選んでないわ。見くびらないでくれる?」
魂マニアとはどういったものか。そんなこと、聞く気にもならない。
未だネクロマンサーという言葉にしっくりときていないカオルだけが、この場から取り残される。
「あっそ、で、何人の体を作ればいいの?」
「――」
――ここでその答えを持っているのは、カオルでもなければリリでもなかった。
そう、レヴィから直々に話を聞いているリリィだけなのだ。
自分へと向けられた視線に耐えきれないリリィは、目を伏せて言った。
「とにかく、取り戻さなくちゃいけない人は6人です」
「6? 5じゃ……?」
リリィの言葉に、リリの言葉が飛ぶ。
全ての人物を挙げると、レヴィ、アリス、ララ、レイラ、リイラのはずだ。
だが、これは間違い。リリィはレヴィから直接言葉を聞き取っていた。
「レヴィ様が、ミーナも生き返らせてやってくれ……って」
「ミーナ? 誰です、その人は?」
「――第一次“unknown”征伐戦で命を落とした、女の子です」
「命を落とした」という文にこの場の全員が息を詰まらせる。
今のところ、“unknown”と対峙したことがあるのはリリィとリリだけだ。
カオルやトオル、リルムも、彼らに出会ったことはあるものの、しっかりと対峙したことはない。
対峙経験があるリリからすれば、“unknown”がどれほど脅威で、それも「第一次」という彼らの恐ろしさが全く知れない状況で命を落とすのは仕方の無いことだと思える。
むしろ、生きて帰ってこれたと言われているレヴィとアリスの話が嘘なんじゃないかと思えるほどに。
「まぁ、とにかく生き返らせればいいんでしょ? さっさと始めるよ」
静寂を破って、機嫌の良くなったハークは言葉を連ねる。
体を作り出すことが簡単に出来てしまう彼女にとっては、死者の死に方や境遇などどうでも良いのだ。
ただ、今はとにかく彼らをこの家から追い出したい。その気持ちでいっぱいだった。
「おう、じゃあ頼むぜ」
「はいよ」
そんな気持ちも知らずに、希望だけを胸に抱いたトオルは、ただハークの行いを見守っていた。
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「――ほいよ、出来たよ。これでいいだろ? 何か不都合があるなら言えば?」
「まだわかんねぇだろ!? ちゃんと見ねぇと……」
そこに倒れた6人の体は、一度死んだとは思えないほど綺麗な顔立ちだ。
そりゃあ、作り直した体なのだから当たり前かもしれない、とは思うが。
「一応服も作って着せておいたよ。早く文句があるなら言えば!?」
「なんだよお前さっきから!? 簡単に言っとくよありがとうっ!」
なぜハークがここまでひねくれているのかわからないが、彼女の勢いにつられてトオルと早口で捲し立てる。
と、言っている間に、早くもリルムが檻から魂をひとつつまみ出した。
「これがレヴィくんのやつよ。誰か、彼を生き返らせたい人はいる? 我こそはって人は……聞くまでも無さそうね」
「ぇ……リリィ……?」
リルムが言葉を放つや否や、再び視線が一気にリリィに向く。
「だってあなた、レヴィくんの許嫁でしょ? あなたが生き返らせるべきじゃない?」
魂を体に吹き込み、彼が生き返る――それが「生き返らせる」ということになるのなら、リリィは迷わずしたのかもしれない。
しかし、それは些か齟齬があるはずだ。
体を作り出したのはハーク。魂を管理し、それをここまで運んできたのはリルム。
最後の一作業に手を施しただけで、それは果てさて生き返らせたと言えるのだろうか。
「い……やります」
だが、敢えて彼女は彼に手を加える。
これは好きだという気持ちに押し負けた結果だ。
リルムはリリィの決意を聞き入れると、つまんだ魂を彼女の手のひらに乗せた。
手のひらに直接触れていないのか、手のひらに感覚はない。それとも、魂とは気持ちのようなもので、輪郭こそ見えど存在としてはあやふやなものなのかもしれない。
「にしても、聞いてた通りレヴィ……イケメンだな……」
つまんだ魂をレヴィの胸の上に置き、それを上からそっと押し込む。まるで剣を胸に差し込むかのような感覚に、変な違和感を覚えるものの、そのまま押し込む。
「――ぅ」
「――れ……」
黒い瞳が開き、目の前に映るリリィの瞳をしっかりと見つめる。
「――……おはよう」
――帝覚。




