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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第四章 異世界の星
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80話 死霊術師

「くっ……!」


 青白い閃光が、雷のように轟いた。それはまるで、アリスの電撃魔法を彷彿とさせるような――。


 いつの間にか、カオルはリリィの前に立っていた。背中から生えた異形のそれは、触手のような、しかし硬い盾のようなものだった。

 咄嗟の判断でリリィを守ろうとした結果、無意識にこれが発現してしまったらしい。


 禍々しいものではなく、これまた青白い仄かな光を発する、蔓が集まって出来たようなものだった。


 雷撃を盾で分散させると、その盾は空気に溶けるように小さな粒となって消えていった。


「……ふん、精霊か」


「精……霊?」


 カオルの故郷で言う精霊といえば、エルフとかいう民族と共に過ごし、ふわふわとそこら辺を浮遊しているイメージだ。

 だが、さっきのヤツはどうだ。まるで体内から突然噴出したような、そんな感じだ。


 精霊の本質に目を見開くカオルだが、周りの目は、精霊の本質へ向けての驚きではなく、カオルが精霊を体内から発現させたことへの驚きを映し出していた。

 何せ精霊なんてものは、純なものはほとんどない。逆に、穢れている精霊はいくらでもいる。そういった精霊は空気と同類に扱われる。反対に、穢れすぎて逆に極潤の悪を吸い込んだ精霊のことを――邪精霊と呼んだ。


「精霊なんか脆いもんだよ。もう一発放ったらそれで砕けておしまいさ。どうする? まだやる?」


「……なんで、禁呪をしようとしないんですか? 何か……失敗でもしたんで――」


 言いかけたカオルの頬を、雷撃が掠める。じんわりと滲む血が、集まって頬を伝う。

 これ以上詮索するなという意の表れなのか。


「――そんなことをしても、私達は下がれません。どうしても、取り返さなきゃいけない人がいるから……」


 リリィは心の中で皆の顔を思い浮かべる。

 レヴィの優しい笑顔。アリスの無邪気な笑い声。レイラの、少女らしいコロコロとした笑い声。リイラの姉御肌が垣間見える微笑み。

 皆が皆、いい笑顔でこちらを向いている。


 ――何としても取り返す。


「……じゃあ他の人に頼めば? 少なくともアタシはもう禁呪はやらない。やりたくない。さっさと失せて」


「――どうしても! あなたの力が必要だから……」


 心からの叫びを魔術師にぶつける。

 これは屋敷の存続どころの問題ではない。

 レヴィが戻ってこなければ、もう王家は血筋が消えるのだ。

 そうなれば、この国の危機――皆で笑い合うことすらままならなくなってしまう。


「アタシに何かメリットがあるなら考えてやらないことはないけど」


「メリット……スティラさんが元に戻るかも……」


 魔術師は鼻を鳴らし、リリィを横目に流す。自分の事情など全く知らないくせにといった表情を浮かべる魔術師。


「分かってるの? スティラはアタシを捨てたんだ。貴族のお偉いさん方も言ってたよ。あの子は捨てて正解だったって。それに、アタシは……禁呪で失敗してるんだ。もう誰も殺したくないよ。アタシを殺人鬼にしないでくれ……」


「――その禁呪、魂があれば問題ねぇんだよな」


 声がしたのは、扉の向こう側から。

 家の中へと足を踏み込むその声の主は、見覚えがある――いや、他でもない。


「お……兄ちゃん!」


 ――カオルの兄、トオルの姿だった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 この二日間で痩せた様子もなく、まるで先の奇襲の傷など最初から無かったくらいに生き生きとしているトオルの姿が、そこにあった。


 カオルは瞠目し、開いた口が塞がらない。

 まさか死んだとは思っていなかったが、それなりに「これから二度と会えない」ことを覚悟したりはした。

 その覚悟が無駄だったと確認できた瞬間、カオルの瞳から涙がはらりと零れ落ちる。


「カオル、迷惑かけてごめんな」


「お兄……っ! お兄ちゃんのバカぁっ!」


「ぐほぇっ!」


 トオルのカッコつけたヒーロー気取りの顔が、瞬間的に苦痛に歪む。

 カオルがしなやかな体で、彼の鳩尾にアッパーパンチを食らわせたのだ。


 唾を撒き散らし、地べたにうずくまるトオル。腹に走る激痛にくねくねと身を捩る。

 あまりにカオルのアッパーが強すぎたのか、30秒経った今でもトオルは起き上がろうとしない。


「お、お兄ちゃん、ごめん! 痛かった? ごめん!」


「い、いや……大丈、げほっ! あぁいってぇ!」


 大丈夫ではないほど、鼻血を流して立ち上がるトオル。

 ――腹を殴られて鼻血が出るというのは、なかなかどうして不思議な体質だ。


「トオル、早く本題に入りなさいよ。私も待ちくたびれるわ」


 痺れを切らして家に足を踏み入れた声もまた、聞き覚えのある声だった。

 その声の主の顔を見るや否や、リリとカオルは背筋が凍る思い。


「何よ、そんな表情で見て。大体、あの衝撃波も何もかも、あのドラゴン娘がやったことじゃない。私は……まぁ、トオルの肋骨折ったのは私だけど……」


 ――ガヴェイン代表。リルムだ。

 奇襲を仕掛け、見えない力で屋敷の人間を圧倒し、ララを殺してトオルを連れ去った女。それが今、トオルと共にこの場所にいた。


 リルムが口を止めると、リリとカオルに向き合う。

 薄く伸びた唇が下卑た笑みを作り出し、更にリリとカオルの背筋を凍らせる。


「怒ってる? そりゃそうよね。あんたらの一番お姉ちゃんを殺して、そこの子猫ちゃんのお兄ちゃんまで連れ去ったんだからね」


「リルム、ここからは俺が話すからいいよ。あんたも辛いだろ」


「それよりもあなた、鼻血凄いわよ。ゾンビみたい」


 こう見えて、リルムは案外メンタルが脆い。時に役目で死体を見た時だって、すぐに戻してしまう。

 こうやってべらべらと話している時も、心の中はいつも自責の念で満ちている。


「うるへー。まぁ……なんだ、こいつは俺らの味方だ。俺をいたぶったりララを殺したりしたけど、それも大丈夫だ」


「何が……大丈夫なの? この魔術師さんは禁呪をしてくれない。だからレヴィ君も、ララちゃんだって……」


 魔術師は禁呪を拒んでいる。それは、誰がなんと言おうと、どれだけ人質を使おうと変わらないだろう。

 どれだけの人質が殺されても、自分が殺す苦しみに比べればまだまだ軽いものだからだ。


「まぁ見とけカオル。よぉ、ハークさんよ。お前の怖がってる禁呪ってのは、死者の体と魂、そして精神を作り上げるっていう、めっちゃ難しい仕事だ。そうだよな?」


「……そうだけど?」


 そう、トオルの言う通り、禁呪というのはその三つを新しくコピーする、難しい業だ。

 ハークと呼ばれた魔術師は、トオルを細目で睨む。


「そう睨むなよ。俺が聞きたいのは、魂とか精神さえあれば――つまり、体だけを作ってくれって言ったら楽な作業になるかっていうのを聞きたいんだが」


「? そりゃ、体なんて水と炭素で出来てるようなもんなんだから。簡単」


 キタコレ! と言わんばかりのガッツポーズを天に掲げて、トオルは叫ぶ。

 叫ぶ――奇声を発した。


「うおっしゃぁっ!! リルム、話はついたな!」


「出来る魔術師さんで助かったわ」


 先程まで悪役そのものの笑顔を浮かべていたリルムだが、今となっては微笑むお姉様の表情だ。


 そんなリルムの表情に、何か勘づいた様子のハーク。

 目を見開き、トオルとリルムとを交互に見る。しかしその行動もつかの間、全てに納得したかのように目を瞑ると、呟いた。


「ネクロマンサーか……」


 リルムの頬が緩んだ。

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