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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第四章 異世界の星
81/205

75話 畏怖

前回からだいぶ時間が空いてしまいました。すみません!

 迂闊だった。


 何もかもが。


「────」


 異世界に飛ばされてからというもの、少し浮かれすぎていたのかもしれない。

 今目の前に広がる惨状に目を伏せるも、トオルの自責の念がそれを妨げようとする。


 血こそ飛び散らなかったものの、あちこちに倒れ伏すメイド達の悲痛に歪む死に顔が、彼の心を抉る。


「何がどうなって……」


 彼方此方に倒れ伏した彼女達は、体の色々な部位を逆に曲げられ、ありもしない形に仕立て上げられている。


 膝、腕、首、全てが逆向きに曲がっており、目はくり抜かれ――。


「酷い……惨状ですね」


「惨状どころじゃ……ねぇぞ。誰がこんな……」


 言葉を失うトオルと同じく、顔を蒼白にしたララが漏れる息と共に言葉を吐き出す。

 トオルは額に冷や汗を一筋流し、一足、一足踏み出すごとに加速する鼓動を押さえつける。


 メイドたちが倒れている方向、場所には、一定の決まりがあるように思えた。

 一列に並んでいるというわけではないが、それなりに皆が同じ方向――頭を同じ方向に向けて横たわっているのだ。


「この先にこれの犯人が……?」


 メイドたちが殺されたことへの強い憤りを覚える以前に、彼の精神状態は不安定もいいところ、極めつけに入っていた。

 実際、そこらのメイドたちとはそこまで親交がなかったおかげで、彼女らの死に顔を見てもそこまで心が乱れることはなかった。


「けどそれが、ここまで俺の心を乱すとはな……」


 早まる鼓動は収まることを知らない。

 この先に、彼女らを殺害した犯人がいるのだとしたら、それは間違いなく手練れ。

 喧嘩こそまともにしたことがないトオルには、その勝敗の結末は分かりきっていた。


 ララとその姉妹が、落ち着きを無くした様子でトオルの後に続く。

 足音は響かない。

 ただ、自然に荒くなってしまう呼吸音だけが、静かな夜の廊下に谺響する。


「ララ、この先か」


「……ええ、恐らくは」


 いつもはぺらぺらと饒舌になるララだが、今回ばかりはそうはいかない。

 何しろ、人が殺されているのを見るのはララたちにとっても初めてのことだ。

 彼女らもまた、トオルと同じように胸を押さえつけながら息を潜めて歩く。


 ――大体、この惨事に気付けなかったのは何故なのか。

 その答えは全て、トオルの我儘にあった。


 仕事が終わり、リリィやスティラの世話も終わったあとのこと。

 不意に書庫へと向かったのだ。

 この世界のことをもっと知るべきだと、そうメイドの一人に言われたことが一番のきっかけだった。


 ただ、そうアドバイスしてくれたメイドの一人――確かネスと言ったか彼女も、今は誰かも分からないような形になって地面に這い蹲っている。


「俺が……俺がお前らさえ連れていかなければ……」


「今回ばかりはあなたの所為じゃありません。気を確かに持ってください」


 あの時トオルは、書庫へと案内しろと言った。

 心が純なララたち五姉妹は、それを拒否することなく、気概良く案内を開始したのだ。

 あの時、魔法が使える数人を屋敷の主要箇所に置いておけば――なんて考えるのは、後の祭りだ。


「――この、先か」


 トオルが足を止めた場所。

 そこでは、先程の廊下とは打って変わった光景が広がっていた。

 血塗れの死体らと、その血が飛び散った扉、そして――。


「────」


 ――個室だ。

 ひとつの、個室。


 ――リリィの、部屋だった。


「――り……リリィっ!」


 頭から血を流して、唖然とした表情でベッドの上に座り込んでいたリリィ。

 彼女は腕をだらんと下ろし、その無気力な顔をトオルの方へと向ける。


「リリィ! な、何が……」


「とお……るさん……」


 覇気のない声が、微かにトオルの耳に入るが、それは掻き消されるように彼の頭の中から消えていった。

 彼女の返答があったなら、それはもう破棄していい事実だ。

 早急に彼女を――。


「リリィ、何があった?」


「とおる……さん……」


「トオルさん、一旦彼女はレレとロロが面倒を見ます。ララたちと一緒に来てくれますか?」


 リリィはただトオルの名前を呼ぶだけで、事情を話すことが出来ない様子だ。


 大量に吹き出す脂汗を袖で拭い、ララの提案への返答を考える。

 どうするべきなのか。

 トオルがこの惨状を引き起こした輩と絡んだって、負けは確定事項だ。

 だからといって、魔法が使えるララたちの指揮を執るというのも、トオルは初体験だし、出来っこない。


「……」


「トオルさん、決めかねますか」


 そう簡単に判断できる案件ではないことは、ララにだって分かっている。

 だが、今まで培ってきた彼への信頼が、彼を死の淵へと誘い込もうとしている。


「……レレ、ロロ、あとは任せた。俺はララたちと行くよ」


「……ありがとうございます」


 ララは静かな感謝を述べ、トオルもまた、後ろ髪を引かれる思いでリリィの部屋を後にした。


 扉を抜けた先は、負の感情だけに満ちた世界。

 ここをどうにかプラスに考えようとしても、出来ないのはトオルだけではあるまい。


「ララ、俺魔法使えねぇんだけど」


「……知ってますよ」


 『魔法が使えない』というのは少し語弊がある。

 実際、彼の魔力放出に関する体内機構――所謂『ゲート』と呼ばれるものは、彼の体の中できっちり働いている。


「魔法が使えない、序に剣も振れない。そんな俺に何をしろって?」


「あなたはただ……」


「ただ?」


 ララは大きくため息を、否、深呼吸して言った。


「ララたちの後ろで見ているだけでいいんです。それがあなたの役目……あなたの全うすべき仕事です」


「……分かったよ。まぁ、俺が前に出れば死ぬのは目に見えてるからな。存分に高みの見物させてもらうぜ」


 軽口を叩きながらも、トオルは自身の言動に恐怖を覚えざるをえなかった。

 これほどまでに人が死に、その悲惨な表情を見てきているのに、段々と心の中で薄れていく恐怖。

 頭から血を流していた、息も絶え絶えなリリィでさえ、彼の心には響かない。


 ――ここまで冷静に人の死を、怪我を見つめたことはない。

 焦燥感さえ、今はない。


「……行くぞ」


 ドアノブに掛ける手が無意識に強ばって、握る力が強くなってしまう。

 これ以上あるかと言うほどの緊張の中で、トオルは荘厳な造りの扉をゆっくりと押し開けた。


 扉の向こうには――。


「……見たことねぇ面でよかった。仮にそうだとしたら――ッ!!」


 極度の緊張状態を緩和せざるを得なかったのだ。

 ほっとし、拳に入れる力が緩まったその瞬間に、投げつけられた――否、打ち付けられたようにナイフがトオルの顔を掠める。


 掠った頬に血が滲む。

 再び緊張状態に陥ったためか、痛みはさほど感じない。にも関わらず、彼の口は軽口を放つように軽快だ。


「いきなりナイフかよ。あぶねえぞ」


「あの表情でそんなこと言われてもねぇ……? ねぇ、リーフェンス」


「あぁ、全くだ。」


 自分がどんな顔をしているのかは分からない。が、異常に強ばっているのは無意識にも分かってしまう。


 どうやらトオルにナイフを投げつけたのは、向かって右側に佇む白色の装束に身を包んだ女だ。

 彼女は、切れ長で冷たい目をトオルに向けた。

 そのあと、ララたちを一瞥すると。


「君が件のレヴィかい?」


 大広間の机に腰掛けた女は、トオルへとその視線を戻すと、言った。


「だとしたら、返してもらいましょうか。レンを」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 事態は急速に発展した。

 誰も死なずにここまで辿り着いたわけではないが、彼女らなりに手加減はしてくれていたようだ。

 あれが本気を出せば――と言うよりも、思うままに動けば、この屋敷の人など全て。


 異世界に飛ばされる=何らかの特殊能力を得られるということだとばかり思っていたトオルからすれば、この状況はそれを確認するのにいい機会だ。

 が、それがもし期待外れな結果に終われば彼の命は。魂さえ、危うい。


 未だに冷たい、蛇のような瞳でトオルを見つめるのは、自分をレヴィだと思っているからなのか否か。

 もし後者なのなら、トオルの命の灯火はもうすぐ消える。


「あ、生憎、俺はレヴィじゃないし、そのレンってやつも知らない。お前らからすれば残念かもしれないけど、お前らの目的の物はここにはない。帰ってくれ」


「……足を震わせながらよく言ったわね。もう失禁しそうなんじゃない? それにしてもよく喋る男の子。リーフェンス、あの子も連れ帰りましょうか」


 怒気を孕んだトオルの言葉を目一杯に浴びるも、白装束の女は怖気付くなど素知らぬ顔で話を続け、リーフェンスと呼ばれた隣の黒装束の女に顔を向けた。


「やめておけリルム。あれはここのものじゃない。汚い血だよ」


「あらそ、穢れた血だったのね。まぁ帝国ではよくあることよ。何にせよ、レヴィじゃないのならなぜここに男の子がいるのかしら?」


 冷たいながらも、リルムの表情が緩む。

 それはまるで自分の母親のような、そんな優しい笑顔だ。

 だが、笑っている彼女の目の奥に宿る光は邪だ。

 気を抜いてはならないと、自身に言い聞かせる。


「たまたまだよ。あと、言っておくけどレヴィは死んだ。もうお前らの望むものは何もない。だから帰ってくれ」


「ん〜……私にそういう上から目線で話すのは感心しないわね。別に取って食うつもりはないけど……来なさい」


「――は?」


 実に流麗な足の運びだった。

 それは自分が意図して動かしたのではなく、自然と。というより操られているような感覚だ。

 無意識にトオルの足が、リルムの前まで彼を運ぶ。


「トオルさ――ッ!!」


「グズは黙ってなさい」


 ララの服に引っかかり、そのまま彼女を壁へと引き摺り固定したナイフ。

 それを見るなり、この場にいる全員が勘づいた。『無理だ』と。


 トオルはなんとか逃げ出そうともがこうとするが、リルムの魔法にかかった以上、体の機能全てが失われたように力が入らない。

 瞼さえ、瞳さえ、指先でさえ動かすことが出来ない。

 金縛りよりも酷いこの状況に、トオルは諦めざるを得なかった。


「うふ、驚いた? これでも私、上級魔法の使い手なのよ」


「上級魔法!? トオルさん! 逃げてください! ララたちでも勝ち目はないです!」


 上級魔法。

 いつかララに教わったはずだ。

 確か、下級、中級、上級の三段階に別れていた。

 その内、上級魔法が使える者は殆どいない。いたとしたら、それはアリスなどのごく希な、一握りの人材だけ。


 上級魔法に勝ち目がないと分かったララは声を荒らげるが、トオルはそれに応じない。

 否、応じることが出来ないのだ。


 リルムは怒ったように眉間にしわを寄せると、ララ目掛けてナイフを投げつけた。

 秒もかからない程のあっという間の殺人だった。


「――っ、ララ!」


 首に刺さった鋭利なナイフは、冷たいその身を血で濡らし、温かい刃物に成り代わる。


 ――即死だった。

 ここまで残酷な終わり方があっただろうか。

 まだそこらに散らばっていたメイドたちの死体よりかは幾分かマシだが、幼女が死ぬにはあまりに残酷なものだった。


「ら……ら」


 辛うじて動かせた口から零れ落ちる、もう一人の妹のような存在の名前。

 会って日にちは浅いが、それなりに築けたはずの信頼関係。さっきだって、彼女はトオルを信頼してくれて。


 涙が零れるが、それを拭う力も、気力もない。それ以上に愕然とした。

 ララの壮絶な死に様を、リルムは『さぁ見ろ』と言わんばかりに笑顔で、死神のような笑顔でトオルを見つめる。


「る……す」


「私はただ、君と仲良くしたいだけなのよ。あの子が邪魔さえしなければ、あの子は死ななかった。それだけの話よ。邪魔をするから殺す。友好的な態度を取れば殺さない。それが私の考え方なの」


「こ……ろす……」


 リルムの長々とした話を他所に、トオルはただただ殺意に駆られていた。

 今まで抱いたことのない程の殺意、怒り、悲しみ。


「殺すですって? アハハっ。魔法の使えない穢れた血でしょう? どうやって殺すの? ふふっ」


「穢れた……血?」


「あら、知らないの? ……あなた、名前は?」


 狂気にも、怒気も。欠片すら見えない彼女の笑顔に、思わず気が緩んでしまう。

 魔性というのかなんというのか――まさに死神の名が相応しい。


 何故か、彼女の表情から連想されるのは無意識に母の顔。

 少しの垂みもない、整った顔はカオルによく似ている。


 ――なんで、最後に母さんを思い浮かべるのかな。


 ――俺が、親不孝者だからか。それとも、死が近付いてるからかな。


「トオル、だ」


 体の緊張がなくなり、だらんとした体から放たれるのは、その一音のみ。

 名前を今更名乗ったところで、行き着く先は必ずや死だ。


 そう思った時、ふっとリルムの表情から冷たさが消えた。


 彼女はトオルに手を差し伸べ、言った。


「トオル、ね。いい名前じゃない。付いてきなさい。いいものをあげるわ」


 何もかもが解き放たれた気がした。

 魔法で束縛されていたはずの体から、何やら邪なものが抜けていくような気がして、彼はいつしか口を動かし、応えていた。


「……分かったよ」


「トオルさんっ!」


 トオルの言葉を最後に静寂が訪れた瞬間、若い、幼い声がその静寂を切り開く。

 赤髪が、窓から流れ込んだ風にふわりと揺れる。

 ――ルルだ。


「喋るな。もう、いいだろ。ララみたいになりたくないなら黙ってた方がいい」


「黙りません! 絶対に。あなたは……あなただけはここから出て行ってはいけない存在です!」


 血相を変えて髪を振り乱しながら、必死にトオルを引き留めようとする彼女の様子は幼子そのものだ。

 トオルはその言葉に全く感化されず、大きく一息をついて言った。


「ルル、そんな喋り方が出来たんだな」


 正直意外だった。

 こんな死の瀬戸際まで来ているのに、彼女の些細な変化に気付くなんて、自分の神経の太さに感嘆を零してしまう。


「ちゃ、茶化してる場合じゃ――」


「リリも、髪飾り変えたんだな。似合ってていいぞ」


「っ……」


 黒髪に揺れる、リボン形の髪飾り。

 リリはまるで寝起きをひっぱたかれたように目を見開き、その瞳を涙で潤ませている。


「トオル、行くわよ」


「……その前に、一つだけ約束してくれないか?」


「何を?」


 どうしてもしなくてはならない。

 この約束無しには、ここは出て行けない。

 屋敷に残された数少ない少女たちの為に、トオルは大きく息を吸い込んで言った。


「この屋敷にだけは……手を出さないでくれ……もう、これ以上は」


 『守る為に行く』。その言葉がこれ以上に説得力を持ったことが、今まであっただろうか。


 この屋敷には、守らなければならないものが多すぎる。

 一人欠けてしまった五姉妹、リリィ。何より実妹であるカオル。


 カオルの安否を確認出来ないまま、ここから出て行くのは少し後ろ髪を引かれる思いだが、ここまで来てしまってはもう遅い。


「……分かったわ。手は出さない。じゃあ行きましょうか――」


「――お兄ちゃんっ!」


 実妹、カオルがここに顔を出したりしない限りは。

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