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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第四章 異世界の星
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74話 食吐

 碧眼の双眸が開かれる。一筋の黒が入った銀髪が昼過ぎの陽光に照らされている。うっとりと眺めるトオルのその目は、生の気を失ったように暗く、しかしその中にはやるせない思いが沢山詰まっていた。


「――……トオルさん」


 不意に名前を呼ばれ、トオルは虚ろになっていた脳を叩き起こす。目の前には、白いベッドに横たわる白い少女。肌はきめ細やかで、艶々と輝いているし、髪の質感だって、まるでアニメに出てくるような程。そんな元気そうな見た目とは相反し、彼女の心境はぐちゃぐちゃに崩れていた。


「起きたか。起き上がるならゆっくりな。無理して起きようとしなくていいから」


 蹌踉めく体を、細い腕で支えながら起き上がるその姿は病人そのものだ。無理をするなと言っても彼女は聞く耳を持たない。それは十分承知の上でそう言ったが、やはり彼女は自我を通すようで――。


「いえ、人と話をする時はちゃんと礼儀正しくしなくては……」


「いいから! ゆっくりしとけって……」


 ふらふらになりながら、人と話をする態度に切り替えようと努める彼女の肩を支えながら、トオルは抑えた小声で叫んだ。

 リリィはその小さな叫びにトオルの心内を感じ取ったのか、大人しくベッドに横たわって言った。


「……はい、正直疲れてるので」


「包み隠さず言うんだな」


 何の躊躇も躊躇いもない淡白な返事を耳に入れ、トオルはリリィに布団を掛けた。


 流石は王家の屋敷といったところだろうか。庶民の生活しかしてこなかったトオルでも分かるくらい触り心地の良い羽毛布団。それがその掛け布団だった。嘸かしこのリリィのベッドに入れば気持ちいいんだろうなという下劣な想像は他所にしても、客室にもこれと同じベッドを用意してほしいものだ。


「ええ、隠す必要も……ない……んですから……」


「おい、大丈夫か?」


 途切れ途切れになるリリィの言葉。彼女の限界が近いことを知らせる体からの合図だ。リリィはやっと諦めがついたようで、ベッドに横たわったまま大きくため息をついて言った。


「ふふ……レヴィ様と同じくらい優しい方ですね。まぁ、それでも揺らいだりはしませんが」


「別に揺らぐ必要はねぇよ。ただ、お前には元気でいてもらう必要がある」


 実際、揺らいでほしいとは思ったことはある。だが、それは死者――レヴィへの冒涜のような気がした。リリィをこちら側へと引き込み、まるで最初から自分の彼女のように接する。そういった結末もあっただろう。だが、トオルの我は強かった。

 自分の欲よりも、人の気持ちを大切にする心――まさに和の心である。


「何故ですか?」


「俺の身の安全が保証されるからだ」


「何を言っているのか、さっぱりですが」


 否、半分程は分かっている。自分の立場が分かっているからこその理解力。そうでもなければ、馬鹿で頭の回らないリリィはそんなこと想像もつかないだろう。


 トオルがこの屋敷に来て数日。自分やスティラの看病をしてくれること以外にも、この屋敷にはいてもらう需要がある。――主に皿洗い、洗濯物、掃除等々が挙げられる。

 まぁ、それらを無しにしても、王権の継承者の候補として立候補させれば、顔見知りがそうなることに越したことはない。顔も知りもしない輩が、レヴィの後の王権継承者なんて、考えたくもない。


「なんでだよ。この屋敷にずっといれば、俺は一生暮らしには困らねぇ。その為のお前への世話だ」


 一切合切を曝け出して、トオルはサムズアップした。

 リリィはそんな自信満々なトオルの様子を見て、呆れたようにため息を一つつく。


「面と向かって胸の内を曝け出されると、リリィも困ってしまいますね。特にこの憎悪の行き先に」


 憎悪丸出しといった様子で、リリィはぎろりとトオルを睨む。が、トオルはそんなこと百も承知とばかりに輝く笑顔で受け流し、その平凡な顔つきのまま、リリィにツッコミを入れた。


「憎悪が湧くのかよ、こえぇな。まぁなんでもいいや。まだ曝け出してないことは沢山あるし、まだ全部を語ったわけじゃねぇ。まだ、まだだ」


「何カッコつけてんですか」


 いつか見た夢で、『冥界の龍との契約』が刻まれた右腕を、必死に左手で止めるといったものがあったのだが、今この時にそれを使うことになるとは――。


 さらりと受け流されたトオルの言葉は、いとも簡単に空気に溶けて消えていった。リリィは冷たい視線を彼に送り、ただ一つの言葉を彼に投げかけて、もたげていた頭を枕に下ろした。


「俺の気持ち分かって言ってるよね?」


「それはともかく、なんで貴方なんですか? カオルさんはどこへ?」


 今日は本当に受け流されることが多い。不平不満が一方的に溜まりに溜まっていくトオルを他所に、リリィは嫌そうな表情を浮かべ、トオルを見つめる。冷たい目線でないことがせめてもの救いだ。


「カオルと交代したんだよ。あいつも寝不足だったからさ」


「あいつも、ということは貴方もなんですね」


 少し気配りの入った言葉が、ズタボロにされたトオルの心に染み渡っていく。傷つけたのも本人なのだが。


 リリィの言う通り、夜な夜なスティラやリリィが魘されるため、トオルとカオルの二人は寝ることが出来ない。彼女らのベッドの横の椅子に腰掛け、うとうととしたのも束の間、またすぐに魘されて彼女らの様子を見なければならない。正直辛いのは山々だ。だからといって、成長期で伸び盛りな幼女ら五人に二人の世話を任せるわけにはいかず――結果、トオルとカオルは日に日に体力を削られている。


 リリィとスティラが起きていて、本等を読んでいる時が、唯一の休息時間だ。少し彼女らから目を離して、各々の部屋に戻って二時間程の睡眠を取り、そしてまた夕方になるとリリィ達の世話をする。

 その繰り返しなものだから、トオルもカオルも、表情には表さないもののくたくただ。


 だが、いくら疲れているからといって、二人にそれを悟られる訳にはいかない。さっきのは言葉の綾――単なるボンミスだ。それを機に、疲れていることを彼女らに知られれば彼女らは決まって無理をするだろう。それだけは避けねばならない。


「うるせぇ。さっさと食え。ほら」


「いらない……です」


 日本の病人飯と名高いお粥を掬い、リリィの口元に持っていくが、彼女はそれを頑なに拒む。慣れない日本の食べ物を見て、気分が悪くなったのか、それとも単に食欲が湧かないだけなのか。どちらにしても、彼女なは生きてもらわねばならない。理由は――。


「主……好きな人を失って凹むのは分かるけどさ、そうやって体に支障が出てくると俺も大変なんだよ……」


「例えば?」


「終いには下の世話も――ぐへぃっ!」


 顔が、大きく歪曲した気がした。数秒遅れで風を伴ったそのビンタは、トオルの首を九十度以上に曲げた。想像を絶するその速さと痛さには、流石の男のトオルも涙目にならざるをえなかった。


「下劣な」


「お前それ病人のビンタじゃねぇだろ!?」


 強烈なビンタに、最高潮にノッたツッコミを入れたが、リリィはそれに応じず、ただ俯いた。青白い顔のまま、息を荒くして。


「……別に……下心が少しあったくらいで……リリィは……」


「……疲れるなら動くなよ。ほら、寝てろ」


 リリィが丁度頭を置ける位置に枕を移動させ、リリィが横になると掛け布団を被せた。荒らげていた息を少し落ち着かせ、平静を取り戻したリリィは、不意に口を開いた。


「少し、お話をしませんか?」


「ダメだ。もうお前は瀕死状態なんだよ。自分でも理解してんだろ?」


「心が、ですか?」


 トオルの質問に、リリィは聞き返す。

 瀕死、その言葉が最も彼女の今の状態に相応しいかもしれない。レヴィを亡くし、最大のライバルすら失ったその心境は、トオルには計り知れない。だが、気持ちがどの方向に向いているのかくらいは分かる。どう考えても負の気持ち。


「あぁ。もう立ち上がれねぇだろ」


「そんなことは……ないですけど」


 すぐに分かってしまう。妹、カオルが同じような性格だからこそ。彼女も、一人で全てを抱え込み、全てを自分一人で解決しようとする。そして、悩みが人に知れそうになった時は、「何にもないよ」と元気を装う。

 何年も見慣れた表情だ。だからトオルは敢えて、リリィがそうしていることには触れなかった。


「いいから飯食え。んで寝てろ。元気になったらまたレヴィ拝めるんだからよ」


 スプーンに掬ったお粥を冷まし、リリィの口元に近付ける。

 相変わらず口を噤んだままの彼女は、目をぎゅっと閉じて、何かを堪えているようにも見えた。


「ぃま……」


「え?」


「今じゃないとダメなんですよ……リリィの心の支えが……今いないと……リリィは……」


 そんなことを言ったって、レヴィはもういない。彼を取り戻せるのは少し先の話だし、逆にそうと決まればそれまで元気でいようというのが普通の思考回路であろう。

 だが、彼女は違った。裕福な家庭に生まれ、育った所為もあるかもしれない。何に関しても、「今」、そして「これじゃないと嫌だ」。トオルの出身地でも稀に見る、幼児気質な彼らと同じだ。


「それがレヴィにしか出来ないと?」


「そんなの……知りませんよ」


 リリィは眉間に皺を寄せ、顔を手で覆って言った。


「俺じゃあ……ダメなのか」


「……知り……ません」


 本心を交えて言葉を放った。が、情緒不安定のリリィにはその言葉は欠片も届かない。ただ単に、「俺はお前の力になれないのか」と聞かれたも同然のことだった。


 ここに至っては諦めるしかない。取り敢えず食事をし、健康的な体に戻ってもらわなければ。


「まぁなんでもいいけどよ。とにかく、食え。吐いてもいいから食え」


「吐くんじゃあ……食べる意味が……ないじゃないですか」


 拒食症の人が元の体重に戻るには、吐く癖を無くすことが重要だと、トオルは聞いたことがあった。今は逆だ。吐き癖をつけてもいいから、とにかく食べろと。まず、リリィは吐き癖がそう頻繁に出る体質ではない。不幸中の幸いと言えようか、彼女は食べれば食べられるのだ。自分の意思で食べないだけ。体が食事を拒んでいる訳ではない。証拠に、今もきちんとお腹が鳴っている。


「そうやってちょっとずつ体を慣らしていくんだよ」


「……」


 黙りこくり、顔を覆っていた手を外したリリィ。トオルの方を向くこともせず、ただ猫背になって下を向くだけ。恐らく喋ることも辛いのだろう。


「喋れねぇなら喋らなくていい。ただ、食え」


「強要されるのは……好きじゃ……ないんですけどね」


 少し、リリィの顔がこちらを向いた。


 ――この雰囲気、なんだか……レヴィ様に似ているような……。


「じゃあ俺の為に食べてくれ。な? 人助けだと思って」


「ぅ……」


 渋々、仕方なく、人助けだから。そんな感情が漏れ出す程に複雑な表情をしたリリィが、小さな口を開けた。

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