7話 泣かないで
朝、目が覚めた。
覚えているのは、酷い喪失感に襲われて眠った夜明けのこと。そして、アリス、ミーナの死、“彼”。
謎が多い“彼”に対してだけは、特別なんの興味も関心も持たない。ただ、感謝だけはしている。アリスを助けてくれたことに対しての感謝。
「.........」
横向きになった体を動かそうとするが、動かない。何かに固定された様な感覚だ。
妙に思い、下を向くと。
目が捉えたのは、涙を流して自身の腕の中、胸の中に顔を埋めるアリスの姿。
「......アリス?」
彼女の心配をするあまり、無駄に猫なで声になった。
胸に顔を埋めて泣いているアリスは、まだ夢の中にいるようで、その声は耳には入らない。泣きじゃくりながら寝言を言っている。
「レヴィ君...ごめんなさい...うっ...ごめんなさい」
そうやって何度もごめんなさいを繰り返すアリスに、レヴィは何かの違和感を感じる。
だがその違和感は何か分からなくて、
「アリス」
「ごめ......ん......れ、レヴィ君!?」
化粧をしていて、それが涙で崩れたというわけでもなさそうなのに、彼女は胸元を離れ、涙で濡れた顔をゴシゴシと擦る。
「アリス...どうしたの?」
「...ごめんなさい」
夢から覚めたはずなのに、同じ言葉を繰り返すアリスは、人形のように美しく佇む。
「何で謝ってるの?」
ごめんなさいの意を問う。
それは、レヴィに向けての言葉なのか、それとも昨晩亡くなった傭兵達への言葉なのか。
「...私が...」
「アリスが?」
「私が...回復魔法、使えた...のに...」
その時、レヴィの中で全てが繋がった気がした。さっきの違和感の原因も、昨晩開けられた風穴が何故塞がっていたのかも。
最も、風穴が塞がっていた理由は既に知ってはいたが。
回復魔法は、高度な魔法を使える魔法使いなら誰でも使用出来る魔法の一つなのだ。
魔女と呼ばれる程高度な魔法技術を持った女の子が回復魔法を使えないわけがないのだ。
「...つまり、アリスが回復魔法を使えたのにミーナを連れて行ったからミーナは死んだ...それに対して謝ってるってこと...か?」
アリスはまたポロポロと大粒の涙を流し、黙って首肯した。
なるほどアリスが責任から、自責の念から逃れられない理由が解明した。
「私が...もっと真面目にやっていれば...」
彼女なりに自責の念を根深く持っているようで、それをレヴィに取り除けるかは分からなかった。だが、彼は行動をとった。
「アリス、聞いて」
またしても黙って控えめな首肯。
「アリスがたまに不真面目で、ふざけた行動をとることはある」
涙の量と勢いが加速する。
「でも、それは僕にとってはいいことだ。勿論、今回だけは僕もアリスの意見に賛同する。結果的に人が死んだんだからね」
レヴィはアリスの膝元にある手を優しく引き、こちらへ引き寄せる。頭の裏側に手をやり、抱き寄せる。
肩の向こう側でアリスの息遣いが伝わってくる。
「当たり前のこととして、彼女達の弔いはしなきゃいけないし、自責の念も少しは持たないとだめだ。...けど、回復魔法で勝負したら...多分ミーナが勝つんだろ?」
肩に伝わるコクンという振動。
それが分かれば、彼女を宥めるのも難しくはない。
「なら、アリスはただ回復魔法が効率良く使える人を征伐戦に参加させただけだ。悪いことなんて何もない」
言い終わると、彼女が背中に腕を回す。
半正座と言えるような状態のアリスの足。その足がゆっくりと伸び、抱きついたレヴィを押し倒す。
仰向けになったレヴィの胸に顔を埋め、顔を見せないアリス。
「レヴィ君...」
「何?」
埋めていた顔を上げ、四つん這いになってレヴィの上に覆い被さるアリス。
「...」
ゆっくりと、彼女の唇が近づく。
「...」
だが、触れたのは頬。
全くそういうことを期待していないレヴィは、この状況で役得だと思える程図々しい神経はしていない。
「アリス」
「ダメです」
いやらしいことを考えてると思われたのか。レヴィにはそんなつもりはなかった。
ただ、この状況に耐えられないからもう退いてくれと言いたいだけなのだ。
「何が?」
「そういう関係は...もっと後に...してください...」
目を伏せて顔を赤らめるアリス。
見当違いの妄想でここまで可愛くなれるのか、とレヴィはレヴィで感心する。
「そんなこと考えてないよ?」
笑いを含ませて言うレヴィに、アリスは驚いた様子で、叫ぶ。
「目、目が!猛獣の目をしてましたもん!」
あぁ、いつものアリス、アリシアだ。
...僕が守りたかったアリシア。
...“彼”が守ってくれたアリシア。
彼女が生きていてくれていることに心底安心する。
「れ、レヴィ君!」
「は、はい!」
大きな声で叫ぶものだから、思わず反射的に大きな声を出してしまう。
「昨日はありがとう...ございました」
その時、レヴィの心に花が咲いた。
純白の花が。
後にくすんで枯れるかもしれない大きな花が。
だが、“彼”はそれを許さない。
自身もそれを許さない。
だから、
「守るって言っただろ?」
「...はい!」
止まっていたはずの涙。涙腺が決壊し、再び涙が溢れる。
その姿は誰よりも美しく、誰よりも高潔だった。