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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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番外編 トリック・オア――

「ハロウィン? あぁ、例の収穫祝いでしたっけ? 昔からあるんでしょう?」


 ハロウィン。秋の収穫を祝う祭典であり、それと同時に悪霊退散の祭典でもあるらしい。後者の意思を強く継いでいるのか、『仮装』なんていう面白そうなこともあるらしい。傍から見ればただの変装にしか見えないが、城下町に賑わう人達の表情を見るに、そんなことすらも楽しそうだ。


「そうそう。なんかさ、街では仮装とかして、人の家に乗り込んで『トリックオアトリート』とか言うらしいよ?」


 そんな楽しい行事に、この国の頂点である王が参加出来ない訳もなく、逆に参加しなくてはいけない理由もない。後者の理由がある中で、レヴィがハロウィンに参加したいと願う理由。それは簡単だ。――単純にハロウィンに参加したい。ただそれだけだった。


「乗り込むって人聞き悪いですね……お菓子を貰いたいんですか?」


「うぬっ……いや、そういう行事に、王として、参加したい訳だよ」


 あくまで『王の務めとして』浮かれていてはならない。こうして浮かれていたら、またアリスに揶揄われるし、失敗する。だから敢えて、『王の務めとして』だ。頑なに、それは曲げない。


「……素直じゃないんですから。いいですよ。別に私もリリィさんも、レイラさんも予定は特にありませんから。ただ、三人も使用人が減ると、他の使用人達が大変なことになりますが」


 百数人いる使用人の中で、たった三人が減ることがそれ程痛手なのだろうか、現王であるレヴィには理解し得ない。

 それとも、その三人がよっぽど出来る使用人で、彼女らがいないと使用人達のお務めが機能しない程に――それはない。アリスは除いても、リリィとレイラだけは、絶対にそれはない。

 何せレヴィと同じ類の、所謂『ポンコツ』だからだ。


「それは……よし! 今日だけは使用人の仕事を免除する! お給料そのまま! これでどうだ!」


 盛大にサムズアップし、アリスへとキメ顔を見せつける。が、


「――はい?」


「もっと好感触が欲しかった」


 渾身の一言を、その一言で片付けてしまうアリス。彼女には今、失望の感情以外を向けることは出来ない。


「振り回しすぎですよ王様。流石にそれは辛いでしょうに」


「じゃあ、皆で行く代わりに、帰ったら皆で掃除とかしよう。それでいいでしょ? 僕もやるからさ!」


 あまりレヴィの提案に乗り気ではないアリスに、彼は子供のような無邪気さで押し寄る。希望に満ちた笑顔に押され、流石のアリスも根負けしたのかため息をつき、


「はぁ……仕方ないですね。じゃあ皆さんに伝えてくるので……え? 皆で行くんですか?」


「ん?そうだけど……」


 レヴィは当たり前だといった表情で、そう答えた。少なくとも、ハロウィンに参加はしなくても休日にさえなれば、使用人達が喜ぶだろうと思ったのだ。


 しかしアリスは変な勘違いをしたらしく、


「……レヴィ君が引き連れる人数が凄いことになりそう……少なくとも百人は……」


 想像が出来てしまうのが、レヴィの詰まった脳だ。レヴィの後に続く大量の使用人達。彼女らは皆、何故か暗い表情をしている。使用人の職業病か何かで、仕事をしていた方が気が紛れたりするのかもしれない。暇や退屈は生き物全体の敵だという見方があるが、まさにその通りで、使用人達も暇を持て余したくないのかもしれない――以上が、レヴィの脳内で再生された『ただの妄想』だ。


「別に皆を僕が引き連れる訳じゃないよ? 友達と遊ぶ約束してるんだったら、その人と行ってもいいし」


 元々、レヴィはそのつもりだった。今日一日でも休日になれば、一日は羽を伸ばせるし、家が近い者なら帰省も出来るはずだ。


「急なお休みで友達と約束してる使用人なんていますかね……普通年中無休ですよ」


「も、もう! うるさいな! 僕はただ、今日くらい皆に休まって欲しいなと思っただけで……」


 的確な指摘を頂いた。その通りである。まず、使用人に友達などいるはずがなく、いたとしてもそれは同僚である同じ使用人である可能性が高い。後者ならば、お互いに暇を持て余す為に遊ぶことが出来るのかもしれない。


「ふふっ、優しいですね」


「う、うるさい!」


 思惑の中心をぶち抜かれた。久しぶりにアリスのニマニマ顔が顕現する。その表情に安堵の息を漏らすと、アリスはそれを合図にしたかのように一礼し、


「じゃあ、後程」


 スタスタと、その場を去っていった。

 笑顔で彼女の背中を見つめるレヴィを置き去って。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 大量の星屑が空に瞬く夜。

 レヴィ一向の姿はその下にあった。仮装こそはしていないものの、それなりにオシャレをした格好で出向いていた。


 いつもは『ザ、魔女っ子』の服装、もしくはメイド服、もしくは男性使用人の服装なのに、今夜だけに限ってはなんと言うか――ガーリーな服装だ。肩は出てるし、スカートも短い。寒くないのかなんて、女子に聞いても録な答えは返ってこない。それよりも、驚いたのはアリスがそういう服を持っていたことだ。


 ハロウィンのくせに一丁前に降る雪が、レヴィ達の視界を、軽く白に染めている。

 雪、星屑の光、そして街に煌々と光る灯りが、幻想的な世界をよりファンタジー色に染めていた。その景観を見て、レヴィは感嘆を零す。


「すっげぇ……街が……夜なのに……語彙力!」


「確かに言葉を失いますね。綺麗です」


 語彙力を失ったレヴィを他所に、アリスは空を軽く見上げて呟く。彼女の言う通り、言葉を失う。息を呑むとはこういう状態を言うのだろう。


「リリィも、こんなに活気付いてる街を見るのは久しぶりです。とても……綺麗です」


 続いて帝都の街並みに足を踏み入れたリリィも、景観に言葉を零す。続いてラリルレロ五姉妹が足音を盛大に鳴らしながら帝都へと足を踏み入れるが、彼女らははしゃぎすぎてすぐに散り散りになってしまった。まぁ、魔力適性はかなりのものだから心配する必要はないだろう。


 続いて最後に帝都に踏み込んだレイラもまた、あまりの景色の良さに言葉を飲み、そして言った。だが、彼女が発した言葉は少し他の娘達とは違うもので、


「ボクも……綺麗」


「ん? ボクも綺麗?」


「レヴィ君、あれ見てください。とりっく……おあとりーと? レヴィ君が言ってたやつですね」


 レヴィが揚げ足を取るが、アリスはそれに反応はしなかった。ただ、アリスは家から家へと、二階程の高さに吊り掛けられた『トリック・オア・トリート』と書かれた飾りを見て言った。所々にラメや豆電球をはめ込んでおり、それはピカピカと輝く。


「『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って意味らしいよ。付け焼き刃の知識だから何故かは知らないけど……」


 お菓子をくれないと悪戯をする――何ともメリットデメリットの関係が成り立っていない気がする。それよか、モラルの概念がないその言葉に、何故か底知れぬ探究心を掴まれてしまう。どうにかせねば。


「ねぇ、ボク、あそこの家に行ってきていい? 『お菓子あげます』って書いてあるし!」


 レイラが目の前にある家に立て掛けた、その看板を指差して言う。そこには確かにその言葉通りの文字が書いてあったし、そこに向かう子供達の姿も疎らに見える。心配は無さそうだ。


「ん? 本当だ。いいよ」


「やたーっ!」


 レイラが飛び出し――権能でも使ったのだろうか、瞬間移動をした。並んでいる子供達の順番をこれでもかという程抜かし、一番前へと躍り出ると言った。「家にあるお菓子全部くれないと家燃やしちゃうぞ!」


 ――末恐ろしい少女だ。


 そんな天真爛漫なレイラを見つめる青年少女三人。その内の一人の目が、キラキラと輝いている。『誰かを羨ましがる時』の顔だ。リリィがもじもじと体をくねらせ、レヴィに目で訴える。


「り……」


「……リリィも行きたいの?」


「ふ、ふぁいっ!」


 名前を呼ばれた部下のように、背筋を伸ばして敬礼をするリリィ。

 彼女に少しの笑みを零しながら、


「ふふっ、行っていいよ」


「は、はい! 行ってくるであります!」


 再び敬礼を正し、彼女もまた、戦闘では役に立たないであろうスピードで人々の間を通り抜け、レイラの次に並んだ。

 見れば、レイラが脅迫した家の家主は、家を燃やされるんじゃないかと、わなわなとしながら彼女に家の全お菓子を渡している。

 それを見たリリィは叫喚し、自分にもくれと喚き散らしている。――お菓子なら屋敷に大量にあるだろうに。


 レヴィはアリスに振り向き、アリスはそれに反応してレヴィの隣に並んだ。


「ね?来てよかったでしょ?」


「そうかもですね。私達はいいですけど……貴方に着いてくる使用人が一人もいないとなると……レヴィ君、嫌われてるんじゃないですか?」


 自分のした行いが悪いこととは思えない。それどころか、休暇を与えてやったのだ。少しくらい、自分に感謝する人間はいないものか。


「そんな嫌われるようなことした覚えはないんだけどな……」


 セクハラをしたこともなければ、彼女らに迷惑をかけたこともない――はずだ。


「嘘ですよ。皆、今日くらいは家に帰りたいって言ってました。家族との時間を大事にしたいんでしょう」


 レヴィの最初の思惑通り、彼女らは皆帰省したようだ。まぁ、一年に一度くらいしか休みがない彼女らにしてみれば、家に帰るということがどれ程重要なものなのかは、レヴィにも理解出来る。そりゃあ、『レヴィに感謝をしていたとしても、彼にお礼の一つもいう人がいない』訳だ。


「そっか……たまには休みを作ってあげなきゃね。考えておくよ」


 そうすれば、もう少し彼に対する気持ちも変わるだろう。


「はい……」


「? どうしたの? アリスも行きたい?」


 アリスの俯き、口を噤んだ表情を見るからに、彼女もまたハロウィン病にかかっているのかもしれない。まさか、あの冷静沈着なアリスがこの場の雰囲気に押し負けてお菓子を貰いに行くことなど――。


「いえ? 貴方と一緒にいられればそれでいいです」


 あるはずがなかった。


 アリスはそう言うと、レヴィの腕を組んで歩いた。豊満な胸が、レヴィの腕を時たま圧迫する。


「あ、あんまりくっついて歩かないで……」


「……リリィさん、レイラさんも。お菓子をあんなに貰って……そんなに楽しかったのなら、レヴィ君の行いは良かったと見て取れますね」


「そう? へへ、ありがと」


 自分の行いが良いものだと褒められ、それで嫌な気持ちになる人間などいるものか。レヴィは心からのデレを全面に押し出し、アリスに言った。


「レヴィ君」


「ん?」


 不意に、アリスが立ち止まる。釣られて立ち止まったレヴィの腕を、というよりかは彼の袖を掴んで、


「……っく……と」


「え? なんて?」


 小さくて聞こえなかった。周りの騒音が彼女の言葉を遮音して、彼に到達するのを防いだのだ。レヴィを掴んだアリスの指先。そこを通る沢山の人影。いつの間にか、レヴィとアリスは人の群れに分断されていた。


 人の流れが落ち着くと、レヴィとアリスはお互いに目の前に立っていた。レヴィが、先程の彼女の言葉に首を傾げる。


「何でも……ないです」


「おい! 何で私だけ置いて行くんだよ!? おい、アリシア、聞いてんのか!?」


 不意に静寂を破った、張りのいい、しかし女らしい声。いつしか、レヴィ達の屋敷に招き入れられていた女性、リイラだ。赤髪の長い前髪をボサボサに下ろし、息を荒らげている。


 アリスは、先程の意味ありげな表情をどこかに消し飛ばし、冷静な顔付きでリイラに言ってみせた。


「だって心地良さそうに寝てるんですもの。起こすのは悪いかと思いまして」


「だ、だからって……私が……」


 またまた遮音だ。騒ぎ立てる子供達の喚き声が、どうしても皆の言葉の語尾を聞き辛くしている。


「え?」


「んぃや! 何でもね! 王サマよ! ちょっと私と回ろうぜ」


 リイラが前髪を掻き上げ、レヴィの腕を掴む。その握力、恐らく数字にすると六十超え。女の人にしては恐ろしい握力だ。正直、痛い。


「リイラさん? ちょ、ちょっと!? ……どこ行くの?」


「いいから来いって! あそこら辺、めっちゃ沢山お菓子貰えるんだぞ! 王サマも行ってみろよ」


「い、いや……僕はいいよ……」


 流石に、十九歳間近の青年が「トリック・オア・トリート」なんて言っていられないだろう。

 だが、彼よりも明らかに歳上なリイラは、そんなことを全く気にする様子はなく、手に握ったお菓子をレヴィの手のひらに押し付けて、


「ほれ、クッキーだ」


「ん……あ、ありがと……」


 握力が強すぎたのか、手のひらに押し付けられたクッキーはボロボロに崩れている。袋に入っていたのが唯一の救いだ。これが袋に入っていなかったらと考えると――そこまでリイラも馬鹿ではない。


「礼なんていらねぇからさっさと行こうって!」


 大人気なくはしゃぎ回り、レヴィの手を引くリイラ。彼女に追い付くことすら、まず追いかけることすらせずに、ただじめっとした目付きで彼女を見つめるアリスが、ゆっくりと降り積もる雪の中に立っていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 レヴィは途方に暮れていた。

 リイラの暴れっぷりに恥ずかしくなり、彼女の強力な握力を振り切って走ってきたレヴィ。元々アリスといた場所に彼女はおらず、辺りを見回す。

 街灯、『トリック・オア・トリート』、『ハロウィン』、雪、星屑。どこを見渡しても、彼女はいなかった。


「はぁ、はぁ……アリス……どこだ――ッ!?」


 不意に、冷たく細い指先がレヴィの視界を塞いだ。それはまるで雪そのもののように、綺麗で甘やかな感覚。このまま眠りたいと思える程に、心地良い時間だ。


「だーれだ」


 冷たい指先の主が言う。


「え? その声は……え? 誰?」


 声の質が、アリスとリリィで似ている所為もあり、誰だかを正確に判断するのは難しい。だからといって、間違えれば二人共猛烈に怒り狂う。こうやって誤魔化すのが一番的確な判断だ。


「私ですよ! わ・た・し!」


 するりと瞼から雪の指が剥がれ落ち、目の前には雪原と化した街が広がる。灯りを灯した『ハロウィン』達が、チカチカと輝く。

 突然、アリスが彼の背後から前へと移動する。


「あ、あぁ、アリスか……脅かすなよ」


「リイラさんとのデートはいかがでしたか?」


「で、デートじゃ……」


 不貞腐れた顔でぷんすかと怒るアリスの機嫌を取りながら、レヴィはゆっくりと歩く。もうだいぶ見て回った家々が並んでいる。

 家々を回り、リイラと『トリック・オア・トリート』した結果、貰えたのは馬車や竜車に積める程のお菓子。今頃、レヴィに振りほどかれたショックでやけお菓子に走っているのだろう。――そうでもしなければ、持って帰れない。


 そんなことを考えながら歩いていると、アリスが不意に袖を掴んだ。今度はぎゅっと、しっかり掴んでいる。


「……私とも歩いてくれますよね?」


「まぁ……こんな綺麗な街だったらデートには向いてるかもね」


 そう言って顔を背けるレヴィ。こうでもしなければ、彼女の上目遣いと言動に焼き殺されてしまうからだ。


「そうですね。だから回りましょう?」


「うん」


 歩き、歩き、歩く。結構見て回ったと思い込んでいた家々だが、道を外れてまた違う道に入ると、そこにもまた住宅街は並んでいて、レヴィが回った家々とは違うものも、沢山見れた。

 例えば、ジャック・オ・ランタンと呼ばれるカボチャをくり抜いて作った作品だったり、本格的な仮装をした男女も沢山。


 暫く歩くと、いつの間にか元いた帝都の入口に踏みとどまっていた。

 アリスは掴んでいた袖を離すと、レヴィの目の前に回り込んだ。


「皆さん、楽しんでましたね」


「それはもう、はしゃぎまくりだよ。特にリイラさんは……腕組まれて腕が痛かった」


 今でもズキンズキンと痛む肘の裏側。握力だけでなく、腕力も中々のものらしい。


「ふふっ、リイラさんらしいですね」


「アリスも似たようなものだけどね」


 地雷を踏んだ。そう、思った。


「は?」


「すみません」


 それは間違いではなく、確かにアリスの声のトーンが変わったのを聞き取ると、彼は直ちに謝罪した。もう一度彼女が「は?」と言えば、それはもう土下座からでんぐり返ししてしまうんじゃないかという程に。


 アリスはそんな緊迫した顔付きのレヴィにため息をつくと、少し――顔を赤らめて言った。


「皆さんに各々言いたいことはありますが、レヴィ君には特に、今日は言わなきゃいけないことが一つありましたね」


「言わなきゃいけないこと? いや、ごめんって……」


 だがその変化に気付かないレヴィは、再び謝罪を述べようとする。確かに、アリスは怒っていたし、それについての謝罪も欲しかった。だが、その謝罪は「行動」でしてくれ、というのがアリスの考えの魂胆だった。


 レヴィに一歩、アリスが近付く。


「私を怒らせた罰です。……トリック・オア・トリート……いえ」


「……え?」


 顔を伏せ、しかしもう一度一歩踏み出す。

 レヴィの胸元に手を当て、彼を見上げる。

 艶やかな唇が、その言葉を刻む。


「――トリック・オア・キス」


「――?」


 ――アリスが背伸びをし、


「キスしてくれないと、悪戯しちゃうぞ」


 静かにそっと、口付けを交わした。


 ――雪の静かに降る夜、静かに愛が刻まれた。

ハロウィンということで、番外編を書かせて頂きました。ハロウィンの雰囲気っていいですよね〜!

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