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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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72話 輪廻の終焉

 対峙。その前に、一つの対話があった。それはかつての主人への、裏切りへの憤りを表すものであり、それと同時に彼に戻ってきて欲しいという希望でもあった。

 だが、眼光を見るに、彼はもう完全に邪精霊に取り込まれてしまっている。最早、元の常人に戻ることすら叶わない状況だ。


「リビル・レレモード……貴様は一体何者だ? レヴィ君の父親、国の王でありながら仰望師団のリーダーなんて」


「さぁな。私自身、分からないよ。ただ一つ、言えることは……私だって、真面目に生きたかったさ」


 顔に手を当て、リビルは言う。その言葉に説得力の無さも甚だしいが、彼の苦悶は常にアリスに伝わっている。本当なら、彼もその言葉の通りに生きたかったのだろう。だが、その理解とは別に、レヴィを裏切ったことへの。国民全員を敵に回したことへの憤りで、心がいっぱいだった。


「真面目に生きたいと願ってそれか。それならば貴様は王に相応しくない」


「そんなこと、言われなくても分かっていたさ。それでも私は……私は、真面目に生きたかった」


 彼の心からの悲痛な言葉に、アリスの心がふっと緩む。それは敵を妥協してしまう原因であり、彼を理解してしまうという恐ろしい結末にもなりかねないものだった。

 だが、それは杞憂だったようだ。彼の表情は確かに『リビルのもの』ではなく、『イヴァンのもの』だったからだ。


 邪精霊と心内で戦っているのか、冷や汗を流す。ぜぇぜぇと息を荒げる。彼の苦しみは本物と見て間違いないらしい。


「……ならなんで邪精霊を宿したんですか。貴方がとてもいい人だってことは、誰もが知ってます……なのに、なんで……」


 まだ使用人として未成熟だったアリスに、一つずつしっかりと物事の順番ややり方を教えてくれたこと。少し足らない頭を補う為に、彼直々に勉強を教わったこと。剣の荒さが目立つからと言って、剣の相手をしてくれたこと。全てがアリスの頭を駆け回り、イヴァンがそんな悪い人じゃないと断定しようとする。


 イヴァンも同じようにアリスとの思い出を回想させた。全て、良い思い出だった。彼女を裏切ったことを、本気で。心の底から悪かったと反省しているのだ。だが、反省をいくらした所で、心に巣食う邪精霊を追い払うことも出来なければ、それに打ち勝つことすら叶わなかった。


「さぁ……見当も付かないな…………私は、レヴィを愛していた。初めての息子で、私の王権を継ぐ息子だ。それはもう……お前達のおかげで素晴らしい子に育ったさ。でも……なんで……なんで私なんだ……」


 何故、こんなに恵まれた環境に置かれた自分が苦しまないといけないのか、とイヴァンは問う。恵まれた環境に育ったことへの副作用なのか、それとも彼が戦で殺してきた死人の呪いか何かか。


「今なら……貴方を救える、かもしれません。ただそれには、希薄な可能性に賭けるしかありませんが」


 アリスが提案したのは、リイラやレイラを取り戻す時に彼も一緒に生き返らせようというものだった。だが、まず彼女らが無事に生き返るという保証はないし、まずそれを叶えるには今ここでイヴァンを倒さなくてはならない。


 突然、イヴァンの容態が急変した。荒らげていた息が、更に荒くなり、汗が滝のように吹き出す。最早、正気を保っていられるのが奇跡のような、そんな状態だ。


「もう……自我を保っていることすら難しいんだ。そろそろ……ダメだ……収まれ……」


「イヴァン様……」


 アリスは哀れみと悲しみの視線を彼に注ぐ。

 それに、辛い表情で愛想笑いをしてみせたイヴァンは、顔に手を当てながら一言、言った。


「一つ……教えておこう。私の自我が飛ぶ前に」


「……何ですか?」


「私が死んでも、また別の誰かに邪精霊は乗り移る。そしてまたその別の人間が、また仰望師団のトップを担う。それの繰り返しだ。邪精霊は、乗り移った人間の心で勝たない限り無くならない……つまり、レヴィのような、自分に打ち勝てる人間に邪精霊が乗り移らない限り、『終わり』はない」


 エンドレスリピート。その言葉を、アリスは脳内で反芻させた。レヴィのような、邪精霊に打ち勝てる人間が帝都にどれ程いるだろうか。いたとしてもごく少量、数えられる程しかない。

 どう頑張っても、邪精霊が乗り移る先を指定出来たりなんかはしない。つまり、ランダムだ。


「終わりが……ない」


「あァ。そろソろ、だめだ……キみを殺して、シマオウ」


 言葉にあやふやな部分が増え、アリスはレーベンを構えた。剣先をイヴァンに向け――ず、俯き、小さな声で呟いた。


「イヴァン様……今から、情けなく邪精霊に負けた貴方を救います」


「ばァァァァァァァァァァァァあッ!この頓痴気がァッ!」


 イヴァンが飛び込む。アリスの目の前に足を踏み入れたイヴァンは、瞬時に剣を抜き取り、低姿勢から剣を振り翳した。

 だが、アリスの方が一足速かった。手に握ったレーベンを下に振り下ろすと、イヴァンの背中はひしゃげて――。


「ぶァうッ!」


「去ね。そしてイヴァン様、戻ってきてください」


 塩湖に響き渡る、悲劇のその先の悲鳴。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 淡い桃色塩湖の中を、銀髪の少女は走っていた。その銀髪の中に一筋揺れる黒髪をたなびかせ、彼女は全速力で走った。

 竜車の中にただ一人残され、しかも残された自分は優雅に熟睡していたなんて、末代まで語り継がれる醜態だ。レヴィに仕える身として、失格だ。無能で、無力で、非力で、不甲斐ない。大事な時に、いつも彼の傍にいてやれない存在。それがリリィ、彼女だった。


「はぁ、はぁ」


 走る。

 不甲斐ない自分を、今すぐにでも腰に付けたレイピアで刺し殺してしまえたら、なんて言葉が、ずっと頭をループする。

 彼らが未だ、戦っていたら彼女の心配や自責の念は杞憂だったことになるが、その可能性がほぼ無いのが今の状況だ。何せ今は夕方。夕焼けが空に蔓延り、空をオレンジに照らしている。


「はぁ、はぁ」


 オレンジに染まった夕焼けを、そっくりそのまま映す塩湖。だが、塩湖がリリィに見せた景観は、夕焼けを全て桃色がからせたそれだった。まるで、二人にいつまでも追い付くことが出来ない彼女自身をそっくり表しているような。


 人影が見える。薄く伸ばされた塩湖の水面に、仰向けで倒れる二人の人影。一人は少女で、もう一人は――。


「イヴァン様……?」


 他の誰でもない、彼自身だった。胸に突き刺さった氷の剣。いつか、アリスが此れ見よがしに見せつけてきたü:レーベンだった。剣に纏わり付いた氷が、パキパキと音を立ててゆっくりと溶け出す。


 イヴァンの奥には、同じように仰向けに倒れ、胸に剣が突き刺さったアリスの姿があった。白と黒が混じったような灰色の髪と、彼女の耳程まで浸かっている塩湖の桃色がコントラストを生み出し――見惚れる程、美しい景色を作り出した。


「――」


 息を呑んだ。本来ならば、感動などはしてはいけないはずなのに、何故か彼女は心を掴まれた。

 だがそれも束の間、ふと我に返ったリリィはアリスに駆け寄った。水飛沫をバシャバシャと上げながら。周りに潜んでいるかもしれない敵の心配など、皆無な様子で。


「アリス!」


 アリスは返事をしない。唇は、今も生きているかのように潤っているし、息だってしている。なのに、彼女は苦しそうに喘いでいる。


「アリス! ど、どうして? なんで貴女が……」


 考えられる可能性は一つしかない。元々、再生能力が備わっているアリスなら、『普通ならば』こうやって意識を失うことはほぼない。にも関わらず、生きたまま、それも息をした状態でこうして苦しんでいるのなら、イヴァン――この敵の男が何かしらの工作を、剣に施したか否か――。


 こうしてはいられない。すぐに剣を抜いて魔法で治療するべきだ。


「……」


 ――まさか、自分でもここで魔が差すとは思わなかった。

 こんなチャンスは二度とない。ここで彼女を見殺しにすれば、レヴィの心も体も、全てはリリィ一択になるはずだ。亡きものにずっと心を引き摺られる程、レヴィも愚かではないだろう。ならば、ここで何の対処もせずに――。


「な、何考えてるの! ……アリス、貴女が死んだら、他でもないレヴィ様が悲しむんだから……」


 剣の柄を掴み、ぐっと引き抜く。心臓に刺さった剣がズルズルと引き抜かれ、その鈍い感触が手のひらに伝わる。


 ここで剣を抜かない愚かな選択など、純粋なリリィには無理な話だった。もう少し、彼女の心が汚れていればそうしていたかもしれないが。


「ぅ……」


「アリス! 起きた! よ、よかった……」


 アリスは仰向けの状態で目を開き、ゆっくりと立ち上がった。リリィが彼女の顔に目線を向け、次に胸の傷跡を見やると、既にその傷口は塞がっていた。敗れた戦闘服から覗くのは、アリスの白くきめ細やかな肌。その肌に、傷一つ。凸凹一つすらない。


 暫くの間、虚ろな目付きでリリィを見つめていたアリスだが、ふと何かを思い出したようにリリィに近付くと、胸ぐらを掴む勢いで。穴が開くんじゃないかという程の眼力で睨み付け、言った。


「レヴィ君は!」


「ぇ……れ、レヴィ様は……まだ……」


「くっ!」


 強く掴んだリリィを押し退け、アリスは走りに走った。塩湖の水を巻き上げ、ただ自分の主人であるレヴィのことを。自分を作り出してくれたレヴィのことだけを思って――。


「レヴィ君! ヴェル! 生きて! 生きて!」


 ――いつの間にか、右も左も分からない場所に到着していた。そこは塩湖の中でも、特に夕日が綺麗に見られると有名な場所だ。そこに佇む、一人の影と、一つの鴉の影。

 レヴィと黒鴉だった。彼らは互いに背を向け――レヴィが倒れた。黒鴉も同じように、最後の断末魔も無しに倒れた。


「レヴィ……君?」


 歩み寄る。


 頭蓋が半分に割れたレヴィの姿が、目に入った。


 ――現実から目を背けてはいけない。


 ――そうだ。彼は邪精霊の力で再生出来て。


 どくどくと割れた頭蓋から流れ出す血と、大きく開いた瞳孔。手は千切れそうな程、神経だろうか細い糸で繋がれており、それはもう腕のしての役目は全うしていない様子だった。


「レヴィ君……一つ、言わなきゃいけないことがありましたね」


 レヴィは答えない。ただ、塩湖の水に顔を埋めて。


「私を……」


 レヴィが。


「生み出してくれて、ありがとう」


 涙を流し、息をしないレヴィに告げた。


 やっと、言えた。


「――」


 ────。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「醜態を晒したな」


「本当だよ。勝てる、なんて思ってた」


「大体、こいつの所為で」


「俺が、殺されて。僕が、生きた。あの時と、一緒だ」


「僕はそうは思わない。人の所為にするのは悪いことだよ」


「何言ってんだよ。もう死に際なのにそんなこと言ってられねぇだろうが、違います?」


「そんで、唯一神ってのはどうお思いで?」


「俺は知らないよ。君が知る余地も、俺が知る余地もないさ」


「僕が、もう戻れねぇってのかよ」


「俺は戻りたいよ。でも、唯一神様の機嫌による。それは前も言ったでしょう?」


「沢山の輪廻の中の一つだからって調子に乗りやがって。僕はそんなこと、望んじゃいない」


「君が望まなくたって、運命は俺達を導くんだよ。俺だって、望んでいないさ」


「アリスは?」


「そうだよ、アイラ……アズリエル、アズリサイア、あの子がまだ生きてる」


「忘れたのかよ。生きてる訳がねぇだろ」


「え?」


「僕は覚えてる。思い出した。……さっさとそいつ殺せよ」


「この子の所為で」


「僕の心が弱ぇから」


「どう頑張ったって」


「報われない」


「それが」


「僕だった」

「俺だった」


「……」


「……」


「さよなら、の時間みたいだね、俺」


「そうだな、そろそろお別れの時間だ、僕」


「それじゃあ……」


「またね、レヴィ」

「またな、ヴェリュルス」


二人の輪廻が、幕を閉じた。

最後の方、セリフだけのシーンがありますが、別に忘れている訳ではないのでご安心ください。それと、これにて三章 戦骸の終わりです。戦骸の詳細については、この章では触れませんでしたが……。

何にせよ、ここまで読んでくれてありがとうございます。これからもご愛読、お願いします。

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