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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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71話 零れて

「この戦い、負けられねぇッ!」


 あの時と同じだ。風の鎌鼬が空から降り注ぎ、それと混じり合いながら爆発のような暴風がレヴィ達を近付けまいと唸る。

 その暴風をクロウで裂きながら、レヴィとヴェリュルスは前へ前へと進んだ。


 相変わらず、黒鴉の目線の冷たさは変わらない。よもや、これから自分が劣勢に立たされて負けるなど、思っていない表情だろう。だが、そんな余裕を見せる黒鴉も手加減はしなかった。身体中から噴出した暴風や鎌鼬に加え、大量の黒い触手を振り回す。その一薙一薙は拙いものだったが、下手な鉄砲数打ちゃ当たるで、それなりにレヴィの顔を掠めたり、クロウを持つ手に物凄い振動を与えたりと、彼を苦戦させる。


「クソッ!めんどくっせぇなぁッ!」


「ヴェリュルス。落ち着いて殺ろう」


 二人の息が重なり合い、渾身の一突きが黒鴉に向かって放たれる。が、黒鴉はその威力を暴風で抑制しただけでなく、五十本はあるだろうかその大量の触手を一纏めにして、クロウ目掛けて振り下ろした。


「がッ!」


「こりゃあ……つえぇな」


 最早、下手な鉄砲では無い。ただの自然災害とも思える。土砂崩れに、咄嗟の判断で人間が反応出来るわけがないが、それと同じ原理で――つまりは力負け。


 黒鴉の一振りを防いだクロウが、ミシミシと軋む。


「き……いたぜ。この、クロウは……お前の体の素材から作ったんだってなぁッ!」


 超重量の触手をクロウで払い除け、叫んだ。“unknown”相手に“unknown”から作り出した武器を用いる。それがどれ程勝利に貢献するのかは分からないが、少なくとも多少なりは“unknown”の攻撃を耐えることが出来たりと、そんなことが出来るのかもしれない。


 触手を弾かれた黒鴉は、その反動で蹌踉めき、その場で倒れ伏した。血の一粒も流していない黒鴉が、死んだかのように目を瞑り、呼吸を浅くする。――瀕死か、それとも罠か。


「どうするヴェリュルス」


「……殺す」


 クロウの剣先を、倒れた黒鴉の頭蓋に宛てがう。

 その単純な行動一つで、勝ちを悟れる程レヴィは。ヴェリュルスもまた、落ちぶれていない。恐らくこれは罠で、こうして勝利を掲げた様子を見計らって後ろから奇襲をかける。そんなところだろうか。


 宛てがったクロウを頭蓋に押し込む。バリバリという骨が割れてそこから刃物が差し込まれていく音と、肉と血が混じったものを掻き混ぜるような音が鳴る。目からもう片側の目を貫き、更には権能で作り出した剣を一本、脳があろう場所に差し込み、完了だ。まぁ、“unknown”に脳などは無いはずだが。


 流れを止めること無く流れる血が、レヴィの戦闘靴の爪先にまで達した。微動だにせずに、まるで本当に絶命したかのように横たわる黒鴉。起きる様子など、微塵もない。

 念の為に一歩後退るが、それに釣られてそれが動き出すことはなかった。


「死ん……だのか?」


「そんな簡単な訳がないだろ。お前は一回こいつに負けてる。それなのに二回戦でこんなに軽く倒せると思うか? それに気付かないのか」


 ヴェリュルスがレヴィの体の意識を乗っ取った。頭蓋に差し込んだクロウと、もう一本の剣を抜き取り、首を一刀両断に。そのスピードは決して速いものではなかったが、一般人からすれば避けられない程のスピードだ。


 首がゴロリと落ちると、ヴェリュルスは容赦なく体を刻んでいく。羽を落とし、足を千切り、尻尾の骨を折りまくり――。

 無残な黒の塊に成り果てた黒鴉は、まるで肉屋に売られている巨大なチキンのように。


「はぁ……はぁ……ッ!?」


「なんっ――!」


 突然の出来事だった。

 水飛沫――大量の水が風に押されてレヴィ達に押し寄せる。それと同時に、大量の触手、棘、魔法がその水飛沫の間から飛び出し――。


「ぐあっ!」


 吹き飛ばされた。風の魔法を正面に受け、まるで風に舞う塵のようにふわふわと。しかし人間だから物凄いスピードで、放物線を描いて地面に叩き付けられた。


 まともに食らったのが風の魔法だけだから良かったものの、それが棘や触手、鎌鼬ならば、彼はまた腹に大きな風穴を開けてしまうことになる。幸いにもそれを回避したレヴィだが、風に吹き飛ばされたレヴィはある異変に気付く。


 ――体が、動かない?


「――ッ!」


 体が動かないだけではない。瞬き一つ。言葉一つ発せない。

 どうやらあまりの衝撃の強さ故、脳にダメージが及んだらしい。俗に言う、脳震盪だ。脳震盪ではっきりとしない眼下の景色。それは微妙に赤みがかっている。血、だろうか。桃色の水が、血と混ざり合い、仰向けになったレヴィの背を赤に染める。


 脳震盪の所為か、痛みはそれ程感じない。それが戦闘中に起きた不幸中の幸いであるが、一概に幸運だとは言い難い。だって何しろ、黒鴉は冷厳な目でレヴィを射抜く。第三次“unknown”征伐戦始まって以来の焦りが、レヴィとヴェリュルス。二人の心を鷲掴みにする。


 二人の目に映ったのは、もう鴉の原型を留めていない異形の存在だった。

 口も目も付いていないような顔面には、深々と刺さった剣の数々。身体中から伸びた触手は、昆虫の脚のように体全体を支えている。数十本はあるだろうか。まるで百足のようだ。翼は広げると五メートルを優に超える大きさで、そこから除く棘の数々がギラリと輝く。


 ――治れよ。


 ――治れ治れ治れ治れッ!


 いくら心の中で叫んでも、脳震盪のダメージは大きすぎたようで言う事を聞かない。寧ろ、感覚が更に鈍くなってきているような感じもする。


 どうにかして、首だけでも回らないかと首を動かした時、彼は衝撃に呑まれた。


 レヴィの首が、胴体とかけ離れた場所にあったのだ。横を向いた時に映ったのは、その胴体。首が千切れ、四肢ももがれた、他の誰でもない自分の胴体だった。


「――ァ」


 その言葉を筆頭に、身体中――脳内の中での葛藤がまた、始まった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 白世界にこびり付いた赤い血が、段々と剥がれ落ちていく。それはペンキを塗った壁からそれが剥がれ落ちるように、しかしそれはもっと簡単に剥がれるようだった。


 ベンチの前に立つヴェリュルスは、レヴィを見つめる。温かくも、冷たくもない視線がレヴィを射抜いた。


「こりゃあ……お手上げ状態だな」


「何がこの戦い負けられねぇだよ。カッコつけて結局はこうなるんだろ?」


 苛立ちを隠せないレヴィ。だが、その苛立ちはヴェリュルスに向けてでも、将又その傷を追わせた黒鴉でもなかった。それは自分に対して。完璧に避けることが出来なかった、自分の無力さに対しての苛立ちだった。


「そうですよ。私もそう思います」


 不意に、二人の会話に口を挟んだ人物。銀髪で長い髪をした、見たこともない女性がそこには立っていた。だが、顔だけでいえば見たことがある。レヴィやヴェリュルスの顔――。


「……チッ、また湧いてきやがった。今は出来ねぇぞ、掃除」


 とは言いつつも、腰から剣を抜いたヴェリュルス。好戦的な彼に、レヴィはゆっくりと歩み寄り、言った。


「危害が及ばなければいいんじゃないかな」


「呑気なもんだな。人格の中に新しい人格が出来て、しかもそれが女ときたもんだ。黒鴉に勝ったとしても、まともに暮らせる気がしねぇ」


 自分の中に人格が生まれる感覚も、それをした覚えすらないレヴィは首を傾げる。だが、それが明らかにレヴィにとって害悪な存在であることは言うまでもない。何故なら、終始問わず彼女は嗤っているのだ。


 狂気的な笑みを浮かべ、レヴィ達をニマニマと見つめる少女。彼女の顔はいつしか、見たことのない程悍ましい顔に変貌していた。


「ならここで……多過ぎるな」


 仰望師団のような表情を浮かべてレヴィ達を見つめる少女は、いつの間にか、男女問わず増えていた。その総数、数え切れない程。白世界を埋め尽くす白に、ヴェリュルスはため息をついて言った。


「俺への負担過多。却下だ。黒鴉戦が終わったら、んでアイラんとこ行ったのを確認してからだな」


「どうしてッ! ここで勝てると思うのか!? 僕は私は! 首をもがれて!」


 突然少年少女が叫び出す。

 心做しか、その叫びはかつてのレヴィのものと似ているような気もする。

 だが何にせよ、彼らに意識を引っ張られている場合ではない。


「あぁうっせぇなぁ」


「ほんとだよ。少し黙っててもらえる?」


 苛立ちを隠せない二人の前に、一人の少年が立ちはばかった。長い前髪の所為で顔がよく見えないが――。


「うばぁばぁうああっ!」


「……口にガムテープでも貼ってやろうか」


 あまりに苛立ちが過ぎたのだろう。ヴェリュルスは剣を一振りした。一刀両断にされた少年は、「あ」もいう暇なく、真っ二つに引き裂かれた。


「……それはそうと、ここから巻き返せる根拠はある? 僕は正直……諦めかけてる」


 それもそうだ。首が千切れ、胴体も離れ離れになっている状態からあの黒鴉に立ち向かえるはずがない。出来たとしても目線だけで訴える命乞いだろう。そんなことをしても、意識を持たない“unknown”が見過ごしてくれるとは微塵も思わないが。


「諦めるだぁ? 馬鹿言うなよ。あれ忘れたのか? あの……ユリ畑だっけ?」


「畑っていうよりかは花園だったけどね。生の呪いのこと? まぁ、確かにそれと僕の邪精霊の再生能力を組み合わせたら首くらいすぐに元通りかもしれないけど……」


 生の呪いの効力は、「一度死んだ時のみ」効果が現れる。つまり、二度目は無いのだ。この一戦に命を賭けるなんて言っておきながら、無様に敗北を飾った。――ただ、それは一回戦の結果に過ぎない。二回戦、三回戦は必ず――。


「でも次は無いぞ。首は再生能力だけじゃ治らない」


「その通りだね……」


 白世界が崩れゆく。


「じゃあどうする」


「避ける。絶対に受けない」


 避けられる根拠なんて、どこにもない。ただの口先だけにならないように動く他ないのだ。


 体の感覚が戻ってくるのを感じた。


「出来るか?」


 ヴェリュルスが、レヴィを試すかのように。しかし彼を嘲笑うような笑みではない。彼に本気で自身の命を託すかのような、彼に本気で期待を委ねているような、そんな笑顔でレヴィを見つめ、問うた。


 ――そんな顔をされれば、答えは一択だ。


「最後まで戦い抜いてみせる」


 白世界は崩れゆく。


 大量の白の破片をボロボロと崩し、そしてその上に乗っていた少年少女を次々に落とし――。


 遂にレヴィとヴェリュルスが立っていた白ベンチにも、崩壊の時が訪れる――はずだった。


 一人の少女がベンチに飛び付いた。


 崩壊が、止まった。


 白世界が、自らを乖離させ、崩れるのを止めたように何もかもがストップする。


 ヴェリュルスは振り返った。自分が未だ消えていないのを確認すると――。

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