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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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64話 破壊とX

 ――曇天。雲が長く、大きく流れる。曇天の名の通り、空は紺に近い黒一色だ。ポツリポツリと雨が降り注ぎ、風まで出てきた。

 窓をガタガタと揺らし、稲光が轟く。


 そんなある日、レヴィは傘も刺さずに街を歩いていた。全身に頻りに降り注ぐ雨粒が、痛い程勢い良く飛び込んでくる。

 だが、これでいい。あのまま屋敷にいては、また病んでしまう。アリスとは話が拗れるし、リリィと一緒にいれば窒息死の道は免れない。五姉妹はいつも通り遊んで尽くしだし、スティラはご飯を食べようとはしない。

 何もかもが思い通りにいかないのだ。

 結果、有耶無耶としたレヴィは外へと飛び出した。屋敷の面子とは今は会わない方が得策で、更にこの雨で心も全て流しきってしまおうという魂胆で、外へと出た。


「人はやっぱりいないよな……」


 辺りを見渡すも、こんな豪雨の中傘を刺しても外へと出る馬鹿はいるまい。いたとしても、店が暴風で潰れかねないからと補強の工事をしている工事の人くらいであろう。


 だが、今日はその工事すらやっていない。誰もが誰も、今日は家に閉じこもって何やらをしているのだ。こんな日に外に出ているのが帝国を治める王だと知ったら、民衆はどう思うだろうか。

 そんなことを考え、ふっと笑う。


 結局、アリスとは話さず終いだった。

 何とかして彼女と仲直り――否、自分はまだ諦めていないんだということを表明しようと思い立ったが、その気も失せた。それもこれも、全部が全部雨の所為だ。


「誰かを……救う、か」


 誰かを救うことが、小さい頃からの夢であり、憧れであり、幼きレヴィの全てだった。だが、現実はそうレヴィに甘くない。

 再会したとはいえ、一度はリリィと離れ離れになって彼女を傷付けたし、ミーナだって自分の努力不足で失った。リイラとレイラに限っては、もう自らが手を下しているために弁明は出来ない。一度は救った命を、自分がもう一度葬り去ってしまった。


 ツイてない。という言葉だけで表せるはずがない。そんな言葉で、レヴィの心の傷が埋まるはずがないし、リイラとレイラが今すぐ戻ってくるわけでもない。

 いつまでもうじうじしているのは良くないことだと、レヴィ自身思うが、それでもやるせない気持ちはどこにも行けない。


 今頃何をやったって、遅いものは遅い。罪は消えない。

 透けたガラス瓶みたいになれたらよかったものの、彼が成り下がったのは磨りガラスのガラス瓶。中身が何も見えず、内側からも何も見えない。正体不明の心境だ。


 ヴェリュルスに話しかけたって、彼も余程疲れているのか返事をしない。どうせ、彼に頼った所で愚痴愚痴と文句を言われるだけだから、話しかけない方が幾分か無難なのかもしれない。だが、自分一人で抱え込むのも大いに危険、という事実。

 一人で冷静に考えられずにいると、考えはいつか迷走してしまう。


「もう……終わりなのかも」


 世界の終焉のように静まり返った街に、レヴィはそんな言葉をぽつりと零す。それは強ち間違いではなく、それの元凶となる存在が間違いなくこの帝都に忍び寄っていた――。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 雨音に窓が揺れる昼下がり、ガタガタと揺らした雨粒は、カーマインとプリルの心とは正反対にさらさらと流れていく。


 心にこびり付いた焦げのような何かは、どれだけ浄化しようとしてもこびり付いたままだ。癒着したものは取れない。それが癒着というものの本当の意味であり――。


「プリル、何か……嫌な予感がする」


「き、急に何よ?」


 突然のカーマインの言葉に、プリルは肩を震わせる。いつもは仕事場では話さないカーマインだからこそ、そのギャップ故の驚きだ。


「何よじゃないよ。プリルは気付かないの? 風向きが変わったし、何より……不穏な空気が……」


 風向きに一々触覚を生やすような人間じゃないし、不穏な空気なんてものは個人の感覚でしかない。その為、プリルにカーマインが感じる全てを理解しろというのは多少無理がある。


 にも関わらず、カーマインは真剣な眼差しで窓の外を眺めている。大体、そんなことをして、外の雰囲気が変わったからといって何をそこまで焦ることがあるのだろうか、とプリルは思う。

 それによって人が死ぬような事があれば、彼女の予想は大当たりだったことになるが――。


「何変なことを言ってるのよ。大体、不穏な空気って何よ? 何が起きるっていうの?」


「――厄災」


 外の景色を見て、カーマインは静かにそう言った。彼女の視線に釣られてプリルが見た景色は、この世の終わりのような。そんな景色だった。


 建物は九割方崩れ去り、街全体が訳が分からない程に赤く染まっている。街に住む人の血だろうか、それは黒い何かの這いずり回った跡を残していた。

 雨が更に激しく降り注ぎ、轟雷が鳴り響く。その瞬間、空がぱっくりと斬られたように裂け、その裂け目は広がっていく。街全体。否、帝国全体を包み込むような快晴が、街を暖かい光で冷たく見下ろしていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 廊下に鳴り響く大きな足音。

 革靴のその音は、扉を持つ部屋全体を響かせ、ある扉の前で止まる。その瞬間にその扉は大きく軋み、バゴっという音と共にひしゃげた。


 部屋の持ち主はリリィ。レヴィといい、アリスといい、今日はドッキリのオンパレードだ。

 顔を真っ青にし、部屋に乗り込んできたアリスはリリィの肩を掴んだ。肩で息をし、膝に手を付いたアリスはぜぇぜぇと喘ぎながらリリィに尋ねた。


「リリィさん! レヴィ君は!?」


「れ、レヴィ様? 知りませんけど……」


 先程彼女の部屋を出て行ったところだ。とは言っても、数時間前。その後は、スティラの部屋に行ってご飯を食べさせてくると言っていた。その他、彼の言動の行方は知らない。

 その事実に、アリスは顔を歪ませて大声で言った。


「屋敷のどこにもいないんです! どこに行ったのかも分からず終いで……」


「お、落ち着いて、アリス。何かあったんですか?」


 宥めようとリリィが手でアリスを制すが、彼女はそれを手で払い除け、リリィを睨み付けた。苦虫を噛み潰したような顔をし、必死で怒りを抑えながらアリスは叫んだ。


「巨大な“unknown”が街を破壊しようとしているんです! 見えないんですか!?」


「……街を……破壊?」


 アリスが指差す方向を見ると、そこには世界の終焉とも思しき光景が広がっていた。

 崩壊しきって、もう鉄筋の跡形もない建物と、それらに飛び散った鮮血の赤。所々に散らばった体の部位と思われる肌色の破片。


 リリィは頭をフル回転させ、考えた。レヴィが屋敷にいない。そして街はあの状況。つまり、レヴィもあの惨劇に巻き込まれている可能性があるのだ。仰望師団の力がまだ残っているならあるいはと思うが、望み薄だ。


「だから! レヴィ君が街に降りているなら早く助けに行かないと!」


「……」


 惨劇に目を奪われたリリィは何も言えずに立ち尽くす。目を見開き、瞳孔が狭まる。

 ――さっきまでレヴィに触れていた温もりが、急速に体から抜けていくような気がする。急に、レヴィが自分から遠のいていった気がした。前回の騒動の時は考えもしなかった、レヴィがいなくなるかもしれないという不安。それに駆られ、リリィは何も言葉を発せなかった。


「魔石だけ持って行ってください! 何が起きるか分かりません。念の為に、死ぬ覚悟もしておいてください」


 冷たい表情と声で言うアリスだが、その声には微かに感情がこもっている。それはリリィと同類の不安であり、自分如きが彼を。街を救えるのかという疑心だった。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ――気が、付いた。


 雨が止み、空から降り注ぐ陽光が眩しい。


 目を細め、何故今ここで自分が仰向けに寝転がっているのか、自問自答する。


 だが、いくら思い出そうとしても記憶には何も残っていない。辛うじて残っているのは、大きな鴉のような生き物が建物を崩し始め、しかもその鴉がただの大きな鴉ではなかったことだった。


 ――痛い。


 意識ではなく、体全体にそれを張り巡らせると、体に激痛――否、鈍痛が走る。

 痛みの根源は腹と腕。片腹痛いとはこのことではないだろうが、まさにその言葉が似合う状況であろう。


 顔に一粒降り注いだ雨粒を拭おうと右腕を動かそうとするも、それに反応したのは片腹と同じような痛みだけだった。


 ふと顔を右に向け、腕を見ると、そこにあるはずの腕はなく、見えたのは遠くに千切れた右腕だった。


 左腕は動く。指すらもきちんと動く。手のひらをぐーぱーするが、それに伴う痛みのようなものは無かった。


 片腹の痛みの正体を暴く為に、左腕を左腹に近付ける。左手の指が触れたのは、油のようにさらさらで、しかし泥のように粘っこい液体だった。


 手のひらを目の前に翳すと、見えたのは血。かつてこの帝国で、戦争以外でここまで血を流したものがいるだろうか。


 思えば、貧血のような症状も出て来ている気もする。頭が重く、体も重い。


 突如目に入ったのは、鴉の目だった。


 ――そろそろ、終わりなのかな。


 レヴィは静かに目を瞑った。

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