62話 罪と罰
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レヴィが邪精霊に乗っ取られた件から数日後、事態は目まぐるしく発展しようとしていた。それは何と言っても起こしてはいけないことで、それに触れることすら禁じられている禁忌。それに今、彼らは触れようとしていた。
禁忌といえば、まず思い浮かぶのは死者蘇生であり、彼らがしようとしていることもまさしくその通り、死者蘇生だった。
死者蘇生とは、その名の通り死者を蘇らせることであり、その標的となるのは、レイラ、リイラ、ミーナの三人であった。本来ならば第一次“unknown”征伐で亡くなった傭兵達も取り戻したいものだが、今回蘇生出来るのは何故か丁度三人であった為、優先順位的に彼女ら三人になったのである。
禁忌に触れるとは言っても、それをしたからどうこうなるというわけではないらしい。死者蘇生に関する文献を見つけたアリスによると、死者蘇生をするに当たってのリスクなどは殆ど書いておらず、書いてあったのは、「記憶や成長度合い以外はリセットされる」といったものだった。それはつまり、仰望師団から抜けられないでいたレイラとリイラの二人も、晴れて普通の人間に戻ってこれ、更に記憶はそのままだという、何とも素晴らしいことであった。
だが、記憶がそのままだというのは、レヴィだけにとっては少々気がかりなものだった。実際に彼女らを殺したこと。それが、彼女らを蘇生させることを阻止しようとしていた。
だが、死者を蘇らせることに対しては何の反論もない為、アリスやリリィに言いくるめられて今はちょこんと正座座りである。
「で、簡単に言うとやり方はどうなんだ?やっぱり、魔法か何かで……いや、魔術か何かで蘇生させるのか?」
「蘇生」という文字だけで言えば、それは死者の体に魂をもう一度引き戻す。という意味になるが、生憎彼女らの死体はここにはない。蘇生なんか出来るとは思っていなかった為、レイラとリイラはちゃんと火葬に。ミーナは土葬した。
火葬と土葬の区別が付くのは、死者の家柄が大まかに二つに分けられるからだ。ミーナは一人暮らしで、どうしていいか分からない為に土葬という決断を下したが、レイラやリイラの家系。ラファティー家は、旧いルーナ帝国の血筋な為、火葬という形を取っている。
話を戻すと、死者の体がないと、本来の「死者蘇生」は出来ないはずなのである。だが、アリスの持ってきた文献によると、そんなのは関係なく蘇生出来るという──。
それはつまり、魂を体に戻す。というやり方ではなく、単純に「体をもう一つ作り出す」という方法になるわけである。
体をもう一つ作り出すという程までに強大な力が働くのであれば、それはきっと魔法か魔術のどちらかであろう。
「ええ、魔術です。魔法の……昔バージョンみたいなものですね。文献によれば……」
「文献によれば?」
アリスを囲む七人が、声を揃えて尋ねる。
全てアリス、そして文献頼みなのは少々気落ちするが、それでもやれることはやるべきだという正義感が、レヴィの中で渦巻いた。
「“神域”にその魔術師はいるそうです。魔術師の名は、ハーク・ユヴィ」
神域。それは森の奥地に潜む、掘っ建て小屋のようなもので、傍から見ればどこが神域だとツッコミたくなる程のものだが、中身は驚く程に広く、まるで書庫のように本棚が立ち並んでいる──らしい。
部屋の真ん中には大きく拓けた床があり、そこで魔術の錬成を行う──そうだ。
全てが文献頼り。そして、解読するのもアリスのみの為、全てにおいて「らしい」や「そうだ」が付くのは歯痒い気持ちだが、ここは抑えないといけない。
そんな神域の内情よりも、レヴィには気がかりな点が一つあった。
「ハーク・ユヴィ……どこかで聞いた名前だな」
「レヴィ君、知って?」
ハーク。昔、あのスティラに良く、付いて回っていた少女だ。よく覚えている。何せ、彼女によく振り回されもしたものだ。スティラは昔から貴族の家柄だった為、お付きがいるのだ。そのお付きがハークであり、スティラがこの屋敷に、イヴァンに仕えていた時、レヴィの面倒を見るという名目で、彼女をこの屋敷に幾年か住まわせた覚えがある。しかし、レヴィがハークの面倒を逆に見ていたというのがこの話の顛末だ。
「あぁ、スティラさんのお付きの女の子で、よく遊んだよ」
「昔から女遊びが好きだったんですね」
「まだ子供だったよ!?」
酷い言われようだ。子供だったというのに、女遊びなんて──。
アリスは冷たい目線をレヴィへと向ける。つい先日まであんなにレヴィを愛しく思っていたはずが、こんなたった一言でその気持ちは薄れてしまう。
何にせよ、そのハークが死者蘇生の鍵となると言われると、それはそれで驚きを隠せない。あんなに幼く、自由奔放だったハークが規律と秩序を守る魔術師になっていたとは。
幼き日々は、遠い昔に置いてきてしまった気がする。ついさっきまで、彼女のことなどなかったように過ごしていたのだから。
「……スティラさんも連れて行ったら、事が上手く運びそうだね」
「スティラさんを?まぁ、問題はないと思いますけど」
スティラ。幼い頃から貴族として育ち、英才教育を受けてきた秀才の一人である。アリスがこの屋敷に来るまでは、メイド長を務めており、レヴィの世話もしていた。勉強を教えることなどは、彼女の大得意分野であり、レヴィが秀才である要因の一つは間違いなく彼女である。世話好きなスティラはレヴィをよく育て、同じくレヴィも育ててくれたスティラのことを慕っていた。それも一番に。
──アリスが来るまでは。
アリスが屋敷に派遣されて以降、スティラの出番は殆どなくなり、他のメイド達と並ぶ程までに落ちぶれた。それを心配したレヴィが声をかけたりしたが、彼女は平静を装い、しかし心の裏側では涙を流していた。
アリスにメイド長の座を。レヴィの世話係を奪われた。だが、それを彼女が恨んだりすることはなく、普通のメイドとして、精進に努めた。
リイラとは幼馴染であり、彼女が帰ってきた時は号泣もいいところだった。そんな彼女をいつも遠くから見てきたレヴィは──。
「じゃあスティラさんをこの蘇生計画に入れるのは確定だね。早速呼んでこよう」
「その必要はありませんよ。そこにいるのでしょう?」
そうアリスが言うと、扉がガチャリと開き、紺色の長い髪の女性が姿を現した。いつにもなく瞼が腫れぼったく、この二、三日でだいぶ痩せた気がする。頬の骨が出て、何より体がふらふらと不安定だ。
「バレましたか」
「スティラさん、大丈夫ですか?」
レヴィが即座に立ち上がり、スティラの肩を支える。その行動にスティラは、まるでお婆ちゃんのような笑顔を向け、声にならないようなか細い声で言った。
「やっぱり、レヴィ様は優しいですね。アリシア様の教育が良かったのでしょうか」
「皮肉ですか?」
「違うよ!アリス、虐めちゃダメだよ。スティラさん、ご飯は?食べてないの?」
まるで病弱な母親を労るような優しい声で、レヴィはスティラに問う。スティラはもう、立っていることすらしんどいらしく、力なく床に膝から崩れ落ちた。
慌ててスティラの脇を抱えて勢いを抑えるレヴィ。もうその脇を抱える動作だけで気付いてしまう。彼女が今陥っている病的な何かに。
「私……やっぱり、貴女がいないと生きていけないわ……リイラ……」
虚ろな目でどこかを眺めるスティラ。まだ三十代にもなっていないのに、その容姿はもう四十代後半のように見えてしまう。
腰の浮き出た骨が、まるで老猫のように曲がっている。
彼女に朗報だと伝えたら、どんな反応をするだろうか。飛んで喜ぶだろうか。それとも、静かに涙を流して喜ぶのだろうか。彼女の喜ぶ顔を期待して、レヴィはスティラに優しく語りかけた。
「スティラさん、聞いて。リイラさんが戻ってくるんだよ。スティラさんの昔のお付きの人が、取り戻してくれるんだよ」
「あの子は、そんなことしませんよ。絶対に」
スティラの表情が急変し、再び顔が俯いた。ハークのことをよく知っている人間だからこそ言えた言葉。その言葉には、信憑性というものが大いに含まれており、彼女の言葉を無視するのは、少々難しい状況だ。
喜ぶ顔を期待していたレヴィは、まるで地面に突然叩き付けられた鳥のようなショックを覚えた。
だが、諦めるのはまだ早い。いつも付いていたスティラの願いならば、少々無理を言っても叶えてくれるかもしれない──なんて、希薄の可能性を信じることにした。
「……どうして〜?」
ルルが、いつもの伸ばし文句でスティラに尋ねる。そんな変わらないルルの様子にスティラはふふっと笑みを零し、そして言った。
「してはいけないことだからですよ」
「してはいけない?」
そりゃそうだ。人を蘇らせることが叶うのなら、この世界の秩序が乱れる。魔術師というのは本来、秩序、掟を重んじる役職であり、死者蘇生など以ての外。
スティラはそういったことをスラスラと流麗に、分かり易く言葉に示し、五姉妹とリリィに伝えた。
「まず掟についてですが、魔術師にとっての掟は命よりも大切だと言われています」
「命よりも……」れ
命というのは体にとって最重要なものであり、それよりも重い、大切なものとなると、それはもう触れることすら、見ることすら畏れ多いものなのだろう。
「掟」の内訳がどんなものなのかを知らない彼らにとって、事情を伝えた時にハークが取る行動を予測することは不可能だ。
「えぇ、ですから、それを破るわけにはいかないのです」
「破ったらどうなるの〜?」
ルルが尋ねる。
事の重要さを理解しているのかいないのか分からないその無気力な言葉の流し方は、いささか自覚に欠けるといった面もあるようだ。まぁ、それでレヴィが怒ったりはしないのだが。
「魔術師達の、月一度の会合で処刑されます」
「……それは穏やかじゃないですね」
アリスはそう簡単に穏やかじゃないと言うが、穏やかじゃないどころではない。処刑といっても幾つか種類があるだろうし、たぶん刑が重ければ重いほど苦しい罰が待ち受けるのだろう。
刑が軽い重いに関係なく、ほぼ無関係のハークをこの事案に巻き込むのは少し気が引ける、いや、恐らくしてはいけないことだ。
「じゃあどうすれば……」
「希望は……あるんですけど」
俯き、亡くなった彼女らを取り戻す方法はもうないのかと絶望するレヴィの肩に手を当て、スティラは言う。
だがそのスティラの言葉、表情、体の動きなど、全てから見てもその希望は薄すぎるようだった。
「何かあるなら、それに賭けるしかないよ」
「でも、“その日”が来るのは来年の話で……」
その場の誰もが、スティラの絶望顔の意味を理解した。いつもは、こんな時でも呑気そうに鼻歌を歌っているルルでさえ、口をあんぐり開けてあの表情だ。
来年。それまでスティラの体力が持つかが鍵になってくるが、それはレヴィ達が看病すれば何とかなると思える。問題なのは、彼女の心がなくなってしまうかもしれないということ。鬱病の被害はこのルーナ帝国では少ない。が、その分、症状が悪化しやすいのがこのルーナ帝国国民達だった──。
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「どうします?」
アリスに連れて来られたのは、彼女の部屋。風通しが良く、日差しも良いその部屋で、アリスはレヴィに語りかけた。
「どうするったって……まずスティラさんをどうにかしないと、彼女が動けなくなったらどうにもこうにも動けないよ」
キーパーソンである彼女を除けば、この死者蘇生計画に必要となってくる人材はないに等しい。連れて行く数人だって、神域に辿り着くまでに皆が皆の命を守る寄せ集めの、付け焼き刃でしかない。
実際は戦闘力も群を抜いて高く、そんじょそこらの軍兵と比べては比べ物にならない程に強かった。だが、今回の狙いに必要なのは戦闘力ではなく、単純にキーパーソン。鍵を握る人物である為、最重要人物はつまりスティラということになる。
「そうですね……あの人、幽霊みたいでしたよ?大丈夫なんですか?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら大丈夫じゃないね。まぁ、僕がお世話するよ。今までの分、ちゃんとお礼しなきゃね」
今まで育ててくれた分のお礼は、忘れるわけにはいかない。忘れてはいけない。
彼女が戻してしまえば、それは手で掬って処理するし、彼女が食事をしたくないと言えば無理矢理にでも食べさせる。そうでもしなければ、冗談じゃなく死んでしまうのが人間だ。
心の病は何かをきっかけに治癒し始めるが、体のそれはなかなか言うことを聞かない。つまり、優先すべきは身体の回復だ。
「そうですか。じゃあ次の問題に移りましょう」
「──まだあるの?」
正直、アリスの部屋にまで連れて来られてする話といえば、こんなもので済むはずがない。彼女の本心を探るのなら、もう少し自分を省みる必要があるようだ。
「まだまだですよ。まず貴方が犯した罪を償わなければなりません」
「罪か。そりゃそうだ……どんな公開処刑かな」
色々と想像が出来る。こういう時に限って、それはそれはリアルで、時には本当の痛みや苦しみさえも想像出来る妄想をしてしまうのだ。
我に返り、体をふるりと震わせると、アリスは狂気的にニヤニヤとした顔でレヴィを見つめ、その言葉を吐き出した。
「一人で屋敷の周りの草むしり。そしてミーナさんの豚に餌やり。あとは五姉妹に勉強を教える。ですね」
「軽過ぎるよ!そんなんじゃ罪は償ったって言えないよ!」
軽い。軽過ぎる。それに何故怒ったのかは後程考えるとして、二人も。否、三人も殺害した殺人犯がここにいるのに、その判決は余りにも冗談が過ぎていた。
だって、とレヴィは心内で顧みる。それくらいの罰、小さい頃に花瓶を割った時レベルの罰の程度の低さだ。
「何を言ってるんですか?」
「だから!そんなんじゃ罪は償え──むぐっ!」
アリスは急にレヴィの目の前に歩み寄り、彼の唇に人差し指を押し当てた。そしてレヴィが黙ったのを確認すると、その指を離してニマニマ笑顔になり、軽口を叩くような感じで言った。
「もしかして、レイラさんとリイラさんに対しての贖罪だと?」
「……違うの?」
アリスのきょとんとした顔を見ると、レヴィの考えはまるで違ったらしい。
「違いますよ。よく考えてください。私とスティラさんが育てた立派な頭で」
皮肉のような、褒め言葉のような、何やら気持ちの悪い決め文句を挟み、アリスは言った。
考えられることは、殺人罪への贖罪ではなく、他のことに対してだということ。今回、騒動で被害に遭ったのはリイラとレイラ。そして見ず知らずの男性。それ以外に何か被害を与えていたとすれば──。
「……もしかして?」
「そのもしかしては言わないと分かりませんよ」
言われてみてハッと気付く。
アリスは心底不安そうな顔でレヴィを見つめているが、その目の奥では何かしらを楽しんでいるように見える。
全く、何を考えているのやらちんぷんかんぷんだ。
「死に対しての罪じゃなくて、皆に迷惑をかけた方の?」
「その通りです。スティラさんのお陰で……と言うより禁書のおかげで死者を取り戻すことが出来ると分かりました。つまり、貴方は人を殺していないことになる。どうです?贖罪なんて必要ないでしょ?」
殺人を犯し、死者を取り戻したから罪は無し。というのは少し道理を外れている気がする。だって、実際に殺したものは殺したのだし、殺された方だって殺される苦しみを味わった。もう一度ゼロからやり直せると言われても、殺人犯へのやるせない思いはいつか爆発するだろう。
しかも、その被害者が加害者と近くにいればいる程。
「それは……リイラさんとレイラに限っての話じゃないか……」
「あとミーナさんもです」
序のように付け足すが、彼女は直接レヴィが手を下したわけではない為、そこまで罪悪感は感じない。感じないと言えば嘘になるが、間接的な結果により命を落としたのには違いない。
「取り戻せない人だっているんだよ……」
男性だ。見ず知らず、名前も年齢も知らない誰かを、狂っていた最中、殺してしまった。あの時背中から吹き出した鮮血の色が、未だに忘れられない。
吹き飛ぶ赤、はみ出す白、何よりも彼の最期の顔が忘れられない。
「……え?」
その一言で、アリスは全てにおいて勘づいてしまったようだ。全て隠し通すよりかは全て曝け出した方がいいと思う性分な為、レヴィの心は幾分かマシだったが、それでもどこにも行けない罪悪感と、アリスへのその気持ちが右往左往して遂には爆発した。
「……ごめん」
アリスの心底悲しそうで、「何で」といった心を象ったその顔が、扉をゆっくりと閉めた後も忘れられなかった。
罪は消えない。そして、やはり死者は戻ってこない。それがレヴィの中で下した、最期の審判であった。




