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最後の夜明けは最愛のキミと  作者: れる
第三章 戦骸
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61話 過去は棄てる

 心地よい朝。清々しい風。それらがアリスの体を包み込み、浮遊感のような何かを催す。実際はそこはレヴィの膝の上であり、確かに心地よいには心地よいが、それは単にレヴィが好きだから、というだけのことなのかもしれない。


 朝、覚醒までにかかる時間は一般的に長いものだ。だが、朝のお務めを早々と始めなくてはならないメイド勢にとっては、その覚醒までの時間が命取りとなる。

 今でさえ、たまにリリィが寝坊などすると、メイド全体の息が揃わなくなり、朝のお務めが上手くいかなかったりする。まぁ、そんなことでは微塵も怒らないのがレヴィであるが。


 長いまつ毛がぴくぴくと震え、瞼が押し上がる。外界の情景が目に入る。最初に飛び込んだのは、笑顔でアリスの顔を覗き込むレヴィの顔だ。


「……レヴィ君」


「アリス、起きた?」


 俗にいう、イケメンボイスなのだろうか。レヴィの声は心に染み込み、ここ二、三日の疲れを浄化するように体を駆け巡っていく。いや、イケメンボイスとは少し違う気がする。これもまた、相思相愛故の浄化効果なのだろう。


「ぅ……起きました。ここは……あれ?私、竜と出会って……」


 記憶に残っているのは、レヴィと再開し、本来の彼を取り戻したこと。そして、竜型の“unknown”と出会し、レヴィと共闘したこと。戦闘中の記憶はあるものの、決定打に至るまでの記憶がすっぽりと抜け落ちている。まさかとは思うが、レヴィがトドメを刺したのか。


「あの“unknown”、僕が倒しちゃった。衝撃が凄すぎて皆飛ばされちゃったみたいだけど」


「私が……気を失う程の衝撃?」


 ところがアリスの疑問の根に引っかかったのは、「あの」レヴィが“unknown”にとどめを刺したことではなく、彼が人を吹き飛ばす程の威力の攻撃を繰り出せるようになったことに対してだった。

 常人では成し得ないはずのそれは、アリスでもギリギリの線を踏んでいる。それを一夕一朝で手に入れたレヴィ。やはりまだ、レイラの言う通り「仰望師団の力」とやらが残っているのだろう。


「それは……アリスの気絶耐性は分からないけど、僕も吹き飛んだんだよ」


「そう……ですか。どうやってここまで?」


「辛うじて気を保ってたルルと一緒に皆を荷車に乗せたんだ。皆軽かったから助かったよ、ははっ」


 軽い、という言葉に女の子は弱いらしい。そんな都市伝説並の小さな噂すらも聞いたことがないレヴィは、軽々しく「軽い」と言って見せた。アリスは俯き、赤面した顔を見せないように考慮しながら、小さく呟いた。


「軽い……そうですか」


「どうしたの?暗いけど……」


 だがレヴィはそれを気分が落ち込んでいるものだとばかり勘違いし、心配そうに、アリスの手に手を重ねた。

 全く、一々行動がキザなのだ。もっと健全な男子っぽく振舞ってもよいものではと、アリスは心中で唸っていた。


「え、え?暗かったですか?あぁ、ご、ごめんなさい!別に深い意味は……」


「そう?」


「は、はい……それよりも、リリィさん達は?」


 やはり自分のことよりも他人のことを心配してあげる彼女は優しい。

 リリィだけでなく、五姉妹中四人も吹き飛び、吹き飛ばされても尚意識を保っていたルルでさえ、戦闘からの疲れにより、今はぐっすり眠っている最中だ。


「向こうの部屋で寝かせてあるよ。後で見てくる。でもまず、アリスだから」


「わ、私ですか?」


 ──な、何で私なの?だって……リリィさんは許嫁で、あの五姉妹は私達よりもずっと年少で……。


 なんてことを考えるも、それに対するレヴィの答えはたった一つしかない。


「そうだよ。初恋の人じゃないけど、それでも今一番大事な人だから」


「は、恥ずかしいこと言わないでくださいよ!」


 トマトでキムチな顔。鼻が膨らみ、興奮度も大体分かる。バレないとでも思っているのか。何年一緒に過ごしてきてると思ってるのか。少なくとも五年は一緒にいるのだから、それくらいはとうに分かっている。


「恥ずかしい?」


「恥ずかしいですよ!」


 恥ずかしさに、レヴィの太ももに顔を埋め、ぐりぐりと押し付けるアリス。


「恥ずかしい顔も……可愛いよ」


「っ──!」


 レヴィの太ももから飛び退き、ベッドの端まで飛んでいったアリス。ベッドのシーツに包まり、じたばたと足を動かしている。

 数秒後、その心の波が収まったのか、アリスはゆっくりとベッドの奥から這い出て、レヴィの前にちょこんと座った。

 話を聞く準備が出来た証だ。でもまだ、彼女の顔は赤い。


「まぁ、何にせよ。……終わったんだ」


「レヴィ君……何で、というのは野暮かもしれませんが、邪精霊が体に宿ったんですか?」


 今回の騒動の問題の中心はそこだ。レヴィが邪精霊に押し負けてさえいなければ、こんな惨事にはならなかったはずなのだ。

 ようやくのことで踏み止まり、一般人を殺した人数は一人で留まったものの、その一人はとてつもなく重い命で、そしてレヴィの罪はとても重い。これが無罪になるなんて思わない。例え帝国の王になったとしても、それはひっくり返らない唯一の罪だ。

 だがそれが不可抗力だとしたら。統合失調症の人間が罪を犯した時に、少しだけ罪状が軽くなるようなもので、「邪精霊の所為」だといえば多少は──なんて考えるクズのレヴィがいる。


「……フレイ君が……僕の中に邪精霊を入れたんだ。その時、僕が許容してしまったから……だから、ごめん」


「謝らなくていいですよ。謝って戻ってくる存在でもありませんし……」


 その通りだ。戻ってくる存在じゃないし、取り戻せる存在でもない。死んだものは死んだのだ。


「それでも、僕はレイラやリイラさんを殺した。それは変わりない事実なんだ」


「アブセルト……様……」


「え?」


 ポロっと零れた一言に、レヴィが反応する。「アブセルト」聞いたことのある名前だったのもあるし、実際に会ったことのある人だったからだ。


「あ、ああいや!……その……昔私を育ててくれたのはア……リイラさんだったみたいで、それをつい今朝思い出したんです」


「アブセルトさんが、アリスを……?」


 レヴィがアブセルトのことを知っていたとは思いもしなかったのだろう。アリスは驚愕に目を見開き、口をパクパクさせた後、我に帰って空咳をした。


「はい、だから、何としても取り返しましょう」


「……気持ちは同じだけど、死人は戻ってこないよ……少し、いや、だいぶだね。遅すぎた」


 遅すぎた。死人は取り返すことは出来ない。それがこの残酷な世界の秩序で、破ってはいけない禁忌だった。


「遅すぎることなんてないですよ。今からでも十分間に合います」


「間に合う……かな?間に合っても僕が殺したのには変わりないけど……」


 事実を曲げること。それも叶わないこと。それも、触れてはならない禁忌であり──。

 どうしても、この世界には叶わないことが多すぎる。昔人は魔法を使うことさえも叶わなかったらしいが、それは叶った。だが、他はどうだろう。死者蘇生が出来れば、誰も死を怖がる人なんていなくなる。事実を曲げることが叶うのなら、犯罪者が増える一方だ。そんなふうに、世界は出来ている。


「自分を責めないでください。貴方はいつも一人で抱えて一人で消沈していく。そんな可哀想なの、もう見たくないんです」


「……前向きに、生きろと?」


 そんなことが簡単に口に出すだけで叶うのなら、苦労はしない。だが、今アリスの言葉だけで心が揺れ動こうとしている自分もいる。矛盾を抱えて生きてしまっている。

 その感覚に多少の不快感を覚えながら、アリスに再び向き合った。


「そうです。やり直しはいくらだって出来ます。私とレヴィ君の関係が捩れて、また戻ったみたいに」


「良い例だね。……そうだ、後ろ向きになっちゃいけない。前を向いて歩かないと」


 いつだって、幸せでいたい。そう願うのなら、考え方を変えるしかない。例えば、「マイナス思考からプラス思考に変える」。──アブセルトの言葉だ。

 昔、軍の報告か何かで屋敷に来たことがあった。その際、幼かったレヴィにかけた一言だった。その一言を、再びアリスに投げかけられているような気がして、レヴィは深呼吸をした。


「そうですよ。貴方は私の……」


「……」


「ご主人様……なん……ですから……」


 ──違う。


「ど、どうしたの?」


「あれ?お、おかしいですね……何で涙が……」


 ──分かってる。何で涙が出るのか。


「……おいで」


「ぐす……いいです。寄り掛かると、寄り掛かったままになってしまいます」


 ──寄り掛かりたい。心から、寄り掛かりたい。何で涙が出るのか。そんなの簡単。もう貴方は私のご主人様という存在ではないから。貴方は私の。


「いいよ。寄り掛かっても」


「私なんかの為に……何で……何で私にそんなに優しいんですか」


 正直な気持ちを言葉にしたい。もっと優しくして。もっと愛情を注いで。もっと私を愛して。等など、言葉で並べ立てるだけならいくらだって叶う。だが、アリスが本当に欲しているのはそういうものじゃなかった。


「何でだろうね。簡単に言えばあれだよ、ほら……好きだから」


「っ!……なん……で」


 ──何で!?何でレヴィ君はこんなに私の気持ちを分かってくれるの……。


 アリスが欲したものは、「欲さずとも与えられる愛情」だった。


「いや、好きじゃない。愛してる」


 すました顔で。しかしとびきりの笑顔で、レヴィは言って見せた。その言葉の重みは計り知れず、アリスの心にドンと響く。

 しかし、そう簡単に納得は出来ない。好きなところを三つでも言えたら、納得してあげないことはない。


「ど……どこがいいのか言ってみてくださいよ!そんなに好かれる人間じゃないんですよ私──」


「いつも適当なふりして、真面目に考える。そこが好き」


「ぇ……」


 言葉を遮り、すらりと流れ出した言葉にアリスは呆気に取られる。聞き取れなかったわけではないが、もう一度聞きたいくらいに流麗に口から流れ出した言葉だった。

 レヴィは続けて言う。


「顔も可愛いし、何より優しいんだ。軽口ばっかり叩くけど、それも愛の裏返しだと、最近気付いた」


 軽口、悪口も、好きのうちだった。それに気付かせてくれたのは、他でもないアリスで、また、それを自覚しているアリスも、彼に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「……そ、そうですよ!でも!絶対!……絶対絶対絶対!私の方が!あなたの事が!好きですよ!」


 そう言うと、アリスはレヴィの背中に手を回し、ぎゅっと抱き締めた。あまりの強さに嗚咽感を催すが、それもまた、「好き」のうちだと思えば軽いものに思えた。

 二人はいつまでも抱き合い、愛を確かめ合い、リリィ達が部屋にやってくるまで気付かずに時を過ごした。

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